おでん

応援ご飯

20歳くらいのときのこと。


親元をはなれ、一人暮らしを始めた。
学校を卒業して初めての就職。
印刷会社で働いた。
慣れない環境の緊張や、毎日の残業などで、私は疲れていた。

休日に、母から電話がかかってきて

「いま何してる〜?あと15分くらいでそっち着くんだけど」

両親が突然来たのだ。車で4時間くらい離れたところに住んでいる。

「は?あと15分て…なんで前もって連絡してくれないの!」

突然の訪問に小さなため息をついた。

私の部屋に到着し「ごめんごめんね〜」と、きまずそうにしながらも母は
笑っていた。
父は「おう!」と片手を上げ、笑っていた。

私は予定なんてないのに、突然来たことが照れくさいのか、なんだか無愛想な態度をとってしまった。
晩ご飯を一緒に食べ、他愛ない話をし、うちに泊まった。

次の日の朝
「わたし仕事だから。気をつけて帰ってね」
そう伝え、両親が帰る前に部屋を出た。
会社へ向かうバスの中で
「忙しいのに来てくれたんだ…昨日もっと優しくしたらよかったな」
ぼんやりと外を見ながら思った。

仕事中、時計を見ては
そろそろ帰ったころかな… と気になっていた。


また今日も残業だな、何時に帰れるだろう。
毎日そんな事を思っていた。


遅い時間に帰宅し、誰もいない部屋がいつもより静かに感じた。
真っ暗な部屋の電気をつけると
リビングのテーブルの上に手紙が置いてあった。

「おかえり!おでん作ったから、食べてね!あと冷蔵庫にお総菜もあるよ」
母の字だ。

台所におでんの入った鍋が置いてあった。

蓋を開けたら鍋いっぱい、おでんが入っていた。

「こんなに食べれないよ…
 おでんなんて時間のかかる料理…朝作ったのかな…」

冷蔵庫をあけると
買ってきたひじきの煮物や、きんぴらなど私のすきなお惣菜が3パックほど入っていた。
いつもはガランと空いてる冷蔵庫の中が
野菜やお惣菜、飲み物などでいっぱいになっていた。


私はおでんの入った鍋を暖めながら
母がこの狭いキッチンで料理してるところを想像した。

大根に卵、しらたき、ちくわ、お皿によそって
リビングのテーブルで食べた。


涙が沢山出てきた。


母の置き手紙を前にしながらおでんを食べた。
冷蔵庫のお惣菜も出して、食べた。
お腹いっぱい食べた。涙と一緒に食べた。


「明日も仕事がんばろう」


手を合わせ、いつもより丁寧なごちそうさまをした。


次の日の仕事中
「今日も帰ったらおでん食べようっと」

家に帰るのがいつもより楽しみに思った。

それから私にとっておでんは優しくてあったかい、元気の出る食べ物となった。







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