見出し画像

『悪い生活習慣病』という糖尿病物語の呪縛を解く

昨夜、糖尿病当事者とTwitter上で「生活習慣」をめぐって意見交換しました。そこで、僕の考えをまとめてみました。事の発端は僕の勤務する糖尿病教室の中で、僕が「『生活習慣病』という言葉を死語にする会」を立ち上げたいと提言したと投稿したことから始まりました。

僕はこんな風に糖尿病教室参加者に伝えました。

1996年当時の厚生省は「成人病」に代わる行政用語として「生活習慣病」という呼称を提案しました。生活因子の危険因子は多重に存在するが、医学的にコントロール可能で、しかも患者の努力によってコントロールできるものとして個人の生活習慣が導入されました(浮ヶ谷幸代『病気だけど病気ではない―糖尿病とともに生きる生活世界』より一部引用)。

そして昔の糖尿病教室を再現して見せました。

原因:糖尿病の遺伝的素因+環境要因+[    ]→糖尿病の発症

さぁ、皆さん、ここにどんな言葉が入ると思いますか? そう[悪い生活習慣]です。ですから治療はこうなります。

治療:これまでのあなたの悪い生活習慣を改めましょう!

この教室の問題点は[悪い生活習慣]が病因論のひとつとして挙げられている点です。この行政用語によって、[悪い生活習慣]が糖尿病発症の原因であるかのような意味が社会に広まって、食べ過ぎ、飲み過ぎとはほど遠い生活をしている多くの糖尿病患者を苦しめることになりました。それだけでなく、ほとんどの患者さんが糖尿病発症の原因を内在化して、「自分は不健康な生活をしてきただらしない人間である。発症の原因はひとえに自分の不摂生にある」と根強く考える人が増えたことです。

糖尿病という診断は「生活習慣病」と呼称されることによって、「スティグマ(恥辱)」という意味を獲得した。

 この呼称に対しては当時から『自己責任化』というイデオロギーが存在するという批判が社会学者から指摘されていました。米国糖尿病協会の調査によると、糖尿病という診断を、自身の性格の欠点、個人の責任感の欠如と感じている人々が多く、疎外感、恥辱、糾弾といった否定的な感情と繋がっていると言われています。1型糖尿病患者の76%、2型糖尿病の52%がスティグマを感じているとされています。

 この投稿に対して、Twitterの読者である患者さんから「そう言っても、食べ物の質も悪く運動不足だったので自業自得と思ってます」「例外はあるだろうけど糖尿病の原因って食い過ぎや食べ物の質の低下、運動不足が支配的要因だよね?」「原因をきちんと見据えないと治るものも治らんと思うのだが……」といった反応が起こりました。そこで、このような『悪い生活習慣病』という糖尿病物語の呪縛を解くことができないものだろうか?という想いが湧き上がってきました。

■美味しさを大切にしない食事指導は受け入れられない

そこで、あらためて僕自身の主張をまとめてみました。

僕の主張は、WHOの健康の定義を引き合いに出すまでもなく、幸福に繋がらない指導は意味がないということです。

そして、食事指導の中核は「美味しさ」、美味しさを大切にしない食事指導は意味がなく、美味しい食を通した健康支援をめざしたいと思っています。食生活を犠牲にして身体的な健康を優先することが悪いとは思いません。でもそれは、そうした人生を患者が望んでいれば・・の話です。

僕はすべての人が友人や愛する家族と心から食事を楽しむことができる人生を送って欲しいと思っています。食は幸福実現の大切な要素の1つです。でももちろん、そういう価値観を共有できない人もいると思います。自分が望む人生の描き方は人それぞれだからです。だからこそ「幸福実現」を中心に据えた議論が大切だと思います。

■幸福実現と専門職倫理

僕が尊敬する臨床倫理士 金城隆展さんによると、カロリー、栄養バランス、A1c値などの数値目標をガイドライン通りに教えることは専門職倫理から見れば「最低倫理」ということになるらしい。このような場合、医療専門職はガイドラインにただ従うだけで「思考停止」になっていないかどうか?(わかりやすい例を挙げるなら、家族からDNRの承諾を得ているから蘇生しないなど)に注意する必要があるのだと彼から学びました。人の幸福はそれぞれなので、何をめざして、どのように食事を伝えるか、悩みながら指導していくことが「最高倫理」だということになります。なんか幸福実現党みたいで恐縮ですが・・・(笑)。

改訂された糖尿病食事療法のガイドラインに対する期待

日本DM学会は今年、食事療法のガイドラインを大幅に改訂しました。もっとも注目すべき改正点は「目標設定」を撤廃し、患者さんと協働的に決定していくとした点です。「糖質は1食何グラムまでなら満足できる?」「スイーツはどんな風に取り入れる?」患者さんとひとつひとつ話し合って決めていく。きっととても楽しい作業になる筈です。

これまでの我が国の食事指導は「最初に目標ありき」だったから、今回の改訂は医療現場に大きな混乱を招くことになるでしょう。でも改訂された新しいガイドラインによって、患者さんが医療者が考える健康な食事を一方的に押しつけられることがなくなり、身体、精神、社会、スピリチュアルのすべてが満たされた幸福の実現を目指していく時代が来ることを祈っています。

画像の説明:今日は家内のBirthday。青山の「キル フェ ボン』でベリーのタルトを買って来ました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?