「身体語」の「恋」
ある日、先生がこんなことを言いだした。
「みんなー。月末に、体育の研究発表授業があるだろう? そこで、『身体語』という、身体表現と国語を融合させた授業をしたいんだ。」
? みんなの頭に、このマークが浮かぶ。リコの頭の中も同じだ。
「漢字一文字を、体で表現する授業だ。漢字はくじで決めるぞー。はい、そっちから一人ずつ、くじをひきに来てー。」
「なんだよ、身体語って。」
「それって体育って言えるのー?」
クラスからは、ブツブツと文句が聞こえてくる。
「身体表現っていうのは、中学1年生にとって、今後やることになるダンスの基礎になるんだぞ。手話みたいに、漢字一文字を、体全体で表現するんだ。来週、一度チェックするから、それまでに考えてくることー。」
えー難しいー、と生徒たち。
すると、先生が言う。
「よし、じゃあひとつ、お手本を見せよう。これは、なんの漢字でしょう?」
その瞬間、35歳男性の先生が、ぱっと変わった気がした。
背筋は伸ばしたまま、右手は上に、左手は下に。てのひらをやわらかく丸めて、まるで両手の間に、球があるようなポーズをした。中にある球を、いとおしそうに見つめる先生。
「これは、『愛』です。こんな感じでいいんだよー。動きも付けて。ま、気楽に考えてー!」
クラスのブツブツが、消えた。
先生のポーズが、本当に愛に見えたのだ。
リコは思った。これはけっこう、おもしろそうだな。
リコの漢字は、「友」だった。
あれー。なんかカンタンかもー。友だちと満面の笑みで話している様子にしよう。体育だから、体育座りにしようかなー。右見て、左見て、あとは両方肩を組んだ感じで表現しよう!
「ええー、いいなー。わたしなんて『半』だよ。どうしたらいいのか……。」
「わたしも悩んでる。『次』だもん。次どうぞ、のポーズでいいのかなー!」
アイリやヒナタが、相談してくる。
「『半』だったら、こうじゃなーい?」
「『次』はそれしかないっしょー!」
気づけばリコは、友達の相談にのっていた。
すると……。後ろに人の気配がする。
振りむく。あ、ハヤテくんだ。クラスでいちばん背が高くて、野球部でがんばってるけど、無口なんだよね。しゃべったことない。
「リコさん。相談にのってもらえませんか。」
ハヤテくんがしゃべった! え? わたし?
「相談って、なんでしょう。」
うわー、敬語! まずったか? でもハヤテくんも敬語だしいいか。
「身体語のこと、リコさんがいろんな人にアドバイスしているのを見て……。」
「はい?」
「ぼくも助けてもらえないかと……。」
助ける? え? そんな難しい漢字なの?
「なんて漢字なんですか?」
「『恋』です。」
恋。恋? 恋―? 先生、よくまあそんな漢字をくじに入れたなあ。
「ぼく、野球ばっかりやってきて、恋とかわからないんで。」
そうね。そうだよね。それは難題だわ。
「いいなーと思う女の子も、これまでいなかったんですか?」
「いいなー、の意味がわかんないんですよ。」
え、スポーツ少年ってみんなそんな感じ?
「わかりました。ご相談にのりましょう!」
気づいたら、自分から快諾していた。
放課後。野球部の練習があるから、「相談にのる」のは、18時過ぎから1時間。うちの近所の小さい公園にしてもらった。
「考えてきたのを見せてください。」
「はい。」
両手をねじって、手のひらを組む。それだけ。てのひらの恋と口で言えばわかるかもしれないが、彼がやるとストレッチにしか見えない。
「てのひらとてのひらで恋って感じはしなくもないけど。もうちょっと変化を……。とりあえず、ひざまづいてみます?」
「はい」
ハヤテくんはとっても素直だ。
彼の役に立ってあげたい。期待に応えてあげたい。うーん、何か変化を!
練習は、毎日続いた。
そして、1週間後のチェック当日が来た。
みんな、いろんな漢字を表現して、先生からチェックを受けている。
「もっと右手をこうしたほうがいいんじゃない?」
「ちょっと動きが少なすぎだね。」
みんなびくびくしている。
リコの前に、ハヤテくんの番が来た。
ポイントはメリハリよ! 緩急よ! 自分のこと以上にドキドキする。
まっすぐ立つ。そこからばっとひざまづく。
そして、両手を2回、不規則にやわらかに交差させて、最後にそおっと頭の上で、手のひらと手のひらをくっつけて、さらにそおっと組んだ。
「『恋』です。」
と、ハヤテくんが言った。
「なかなか、いいんじゃない? 細かいところで言うと……。」
と先生が言ってくれた!
やった! すごい! ハヤテくん!
先生チェックが終わって、わたしに向けてガッツポーズをしてくれた。
「リコさん、ありがとうございました! 1週間、恋のことばっかり考えていたから、恋ってどんな気持ちかわかった気がします。」
え、え、野球ばかのあなたが、恋の気持ちがわかったの?
「いいなーと思う女の子、っていう意味もわかりましたよ。」
なんか意味深に、笑いながら言う。
笑顔なんて初めて見る。なんだか、ドキドキする。
これから、漢字の「恋」以外の話をたくさんしよう。
……うん、いろんなことを話したいな。
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