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もし、今も岩戸が開かれていなかったとしたら【日月神示】

今日は日月神示 32巻 碧玉之巻 第十帖

岩戸開きの話です。

日月神示は、成田市台方にある【麻賀多神社で、岡本天明に降ろされた神示です。神代文字(ムーの時代、記号や数字)で降ろされたため、現代の文字に訳するのは困難だったようです。そのため、訳す人によって受け取り方も違っています。また、原本を本にする人の思想が入るため、私は、誰かの本ではなく、原本を読んでいます。(麻賀多神社で出逢えてた人にコピーを頂きました)

初めての方は下の日月神示をご覧下さい。


天照大神の岩戸開きの話は有名ですが、岩戸開きはまだ終わってないと言われたら驚きますよね。

日月神示には、岩戸閉めの始まりはイザナギノミコトとイザナミノミコトの時だと書いてありました。天照大神は2回目の岩戸閉めです。

初めてが、イザナギノミコトとイザナミノミコト。どうして岩戸が閉まったのかというと、夫神と妻神が別れ別れになったから、一方的に岩戸が閉められたと。この夫婦神が、『時めぐり来て、千引の岩戸をひらかれて相抱き給う時期が来たのであるぞ、うれしうれしの時代となってきたのであるぞ』とあります。

次が、天照大神。

次が素戔嗚尊(スサノオノミコト)。素戔嗚尊に総ての罪をきせてネの国に追いやった時、岩戸が閉められた。これはとても興味深いのですが、素戔嗚尊は天下を治る役の神なのに、よろずの天の神が、よく理解できずに罪の神としたことが岩戸閉めになったと。素戔嗚尊は荒ぶる神と伝わってるけど、本来は、アラフル(現生る)神ということ。アラブル神は、暴れ回り、壊し回る神ではない。これを理解しなければ開かないとか?(日月神示を正確に解読するのは難しいです)

次は、神武天皇の岩戸閉め。『御自ら人皇を名乗り給うより他に道なきまでの御動きわなされたからである』ちょっとわかりにくいのですが、神の世から人の世の移り変わりの事柄を岩戸閉めとしたようです。

大きな岩戸閉めの出来事なんですね。確かに、それ以前は天皇がいなかったのだから、すごい変わり目です。

岩戸閉めと岩戸開きは、世界(時代、歴史)の変わり目ですね。

次が仏教の伝来。『仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしていた』仏教というのが、どんな意味を含んでいるのか気になります。これは想像でしかありませんが、織田信長が比叡山を焼き討ちにした動機と似ているのかな?お金と既得権益とか、その頃の仏教は、今の政治とにていたのかもしれませんね。(私の意見)

そして、くらやみの世界となり、その後は乱れ放題、やりたい放題と。。。

『これが五回目の岩戸閉めであるぞ』

そのあとのことは?今も岩戸閉まってるの?というところです。

また、その後のこの世界について、考えるのも良いかとおもいました。

今、平和だと思っていたけど、(平和ボケ)自分だけ平和なのは魂が許さないようです。

本当はもっと愛に溢れた世界があるのかもしれない!そう思ったら、今出来ること勇気だして行動するしかない。

今、世界はイエローカードではなく、レッドカードの危機的状況です。平和的に世界が変わるように、岩戸が開くように、希望を捨てずに、勇気を持って行動しようと思いました。

※私にとってはこれを書くのもアップするのも勇気が必要でした。



次回へ続く。




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