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俺とお前とあの頃。

映画「あの頃。」の感想というか、当時の思い出も混ぜて垂れ流しますが、映画のネタバレもありますので未見の方はお気を付けください。あと、この思い出話の人名は作中の登場人物名に統一してます。そこんとこよろしくお願いします。

今から17、8年ほど前、地方から這い出てきて大阪のIT企業に滑り込み、サラリーマンとして三十路になるかならないかくらいの僕は、ネット経由で知り合った趣味の話ができる友人知人との連絡用として始めたmixiで、誰かが作った意味不明なコミュニティへ入会することにハマっていた。「マレンコ兄弟のジャンパー」や「職業欄はエスパー」などの、入会してもおよそ交流など出来るはずもない、ニュアンスの分かりみだけを楽しむようなコミュニティを自身のプロフィール欄に表示させることで、同じ波長を持つ誰かに自分の存在をアピールして、刺激を与えてくれる何者かに出会いたいという思いがあった。趣味の話ができる友人はいても、くだらないことの中から面白みを汲み取れる精神的な波長が合う人は稀で、牛丼はあるが紅しょうがのストックが切れた吉野家のような物足りなさを感じていた。そんなある日、入会しようとしたコミュニティのメンバー欄に見覚えのあるアイコンが目に入った。知らない人だけど、見たことがある。自分の入会しているコミュニティを確認したら、その人物のアイコンが常にあった。居た!同じ波長の人が居た!前田日明でいうところの「無人島だと思ったら仲間がいた」だ。その人物の日記を読むと、これがまたいい感じで面白く、矢も楯もたまらずにマイミク申請を送って受理された。その人物は「あの頃。」に登場するロビさんだった。

ロビさんの日記と書き込まれたコメントを起点にナカウチさん、コズミン、西野さん、イトウさん、そして劔さんの存在を知ることになっていく。当時はまだハロプロあべの支部の頃で恋愛研究会。発足前だったと記憶している。この頃、ロビさんとナカウチさんは特殊芸人の山田ジャックさんとクイックキックJなるトークイベントを行っていて、これにはコズミンも出ていた記憶がある。こちらはアイドルの話ではなく、芸能・プロレス・特撮・漫画などがメインのサブカルトークイベントであった。そういう経験もあったからか、恋愛研究会。のイベントはアイドルイベントというよりはサブカルトークイベントの要素が濃かったと感じている。そして身内の揉め事を暴露する、揉める、仲直りするという2021年現在での感覚では露悪的かつホモソーシャルな内容で笑いを取るという構成で、そういう関係性のやり取りがまだ一般的に面白いことと認識されていた時代の話ではあるが、作中の揉め事に嫌悪感を示す方の感想もちらほらあり、これはもう今となってはそう思われても仕方ないと思うし、当時ゲラゲラと笑っていた自分も反省しないといけない部分ではあるのだが、とはいえ、劇中でこの部分を削ってしまうと恋愛研究会。の話ではなくなってしまう。そこを覆い隠して「ちょっと不器用だけどいい人」にせず、「本当に本当にどうしようもないけど憎めない人たち」とした監督やスタッフの判断は英断だったと思う。そんな、不謹慎!不穏当!上等!のスタンスでくだらない喧嘩ばかりしているどうしようもない人たちが、ことアイドルに関してはミル・マスカラスの豪邸に招かれた少年のようなキラキラとした瞳で仲睦まじく語り合う姿に、僕は何かを好きになって応援することの尊さを感じていたし、同時に、幼少からアイドルに興味を抱けず、アイドルを応援する才能に乏しい自分には得られることのないその楽しさを知る人たちを羨む気持ちも感じていた。

話は戻るが、あの頃。の時代の再現度の高さが素晴らしい。アイドルに疎い自分には界隈の再現度は分からないが、恋愛研究会。メンバーの服装もグッズも当時のイベントを覚えている僕には本当に懐かしいものばかりで、あの空気、あのグダグダ感、人間関係の酷さなど、当時を知る人には納得の再現度だったのではないだろうか。細かいことを言えば、劇中のイベントではメンバーがコテコテの関西弁でトークをしていたが、実際は関西訛りはあるものの基本的に標準語の丁寧口調でやり取りをするものであったし、相手に対しては基本的に「さん」をつけて会話する距離感だった。ロビさんが少し輩っぽい距離感で表現されていたのも気になっていて、実際のロビさんは例えばとあるイベントで寺沢武一のコブラの格好で登場し、休憩時間に「そのコブラは野沢那智版ですか?松崎しげる版ですか?」とオタ丸出しの質問をした僕に「CDROMROM版の山田康夫です」と間を置かずに即答してくれる紳士だったことを書いておきたい。また、基本的に騒動を広げていく役割だったナカウチさんが純朴な良い人になってて、やらかしを暴露されて困ってる仲間を見るときのあのキュートで邪悪な笑顔が見られなかったのは残念だったし、作中におけるコズミンとアールさんの和解の時は、互いに丁寧な土下座しあってなんだかUWFの試合後のようになったシーンが見られなかったのも残念だった。あと、これは真面目な話、初対面の劔さんを連れてイトウさん宅に集まった時、ロビさんがイトウさんの持っていた貴重なグッズを次々と劔さんに手渡し持って帰っていいよと促し、イトウさんがロビさんのイタズラに憤慨するシーン。あれを見た方の「グループ内でのあの上下関係はオタクっぽくないと感じた」という感想を見かけたのだが、これはロビさんとイトウさんがそもそも先輩後輩の仲で、同じマンションの上と下の階に住むほど仲が良いから成立している二人だけで行われるじゃれ合い行為なのであるが、その関係性を知らない人にとっては個人の関係性ではなくグループの上下関係のように思われても仕方ないと思うので、メンバー間の関係性をもう少し掘り下げても良かったのではないか?と思ったりはしたのだが、そういう細かい部分を抜きにすれば、作中の設定の再現度や役者さんの人物再現度は素晴らしく、山中崇さんのロビさん、芹沢興人さんのナカウチさん、若葉竜也さんの西野さん、コカドケンタロウさんのイトウさんなど、本人を知るがゆえに鑑賞を始めた頃に感じていた違和感もいつの間にかすっかり無くなっていて、本当に驚いてしまった。特に仲野太賀さんのコズミン。誇張はされてるけど、あ、これはコズミンだ!とあのめんどくささに本当に驚きつつも懐かしく感じてしまった。松坂桃李さんの劔さんも、あの精気が抜けたどんよりとした感じが本当に良くて、作中で描かれていないとあるエピソードでトラブルになっていたころの劔さんの顔写真があんな表情だったのを思い出してしまったし、本当に月並みな感想しかできなくて恥ずかしいのだが、役者さんって凄いんだなと感動してしまった。そして、あの愛すべきどうしようもない人たちの物語を出会いと成長の物語へと昇華させた今泉力哉監督と脚本の富永昌敬さんの手腕は本当に素晴らしいし、本当に良い映画だった。

あの頃。と同じ時間軸で生きていた自分は、何者かになりたい!などというふわふわした夢も諦め、せめて社会人として結果を出そうと頑張った仕事では上司との関係性で行き詰り、彼女とも別れ、それほど飲めなかった酒に手を出し始めた頃で、恋愛研究会。のイベントの日は仕事が終わると背広姿でフェスティバルゲートに赴き、ビールを片手に恋愛研究会。イベントを見て、終電で家に帰ってを繰り返した。彼らの大阪でのイベントはほぼすべて見ていたと思う。なぜこんなにハマったのか分からなかったけど、辛い時ほど彼らのふざけてる姿を見たかった。正直、あの内輪もめにギリギリだった自分の精神は救われていたと思う。作中の物語の後、沢山の人たちとコズミンを見送ったあと、移動中の劔さんに「よかったらご飯一緒にどうですか?」と声をかけていただいたのだが、このあと用事があると嘘をついてその場を離れたことを思い出す。無論用事など無かった。ただアイドルのことも分からない自分がお別れの輪の中に居てはいけないという引け目を感じていたからだ。どこかで酒を煽り、そのまま家に帰った。それからしばらくして僕は大阪を離れ、それ以降、恋愛研究会。のイベントは見ていない。

それから時は経って、この日記よりも少しばかり前に、とある人に東京の地下アイドルシーンの話を教えてもらった。「地下アイドルの子たち、とくに自分が知っている子たちは別にメジャーを目指しているわけではなく、その場所で自分の中にある何かを表現したり、共有したりする空間を求めているし、それを応援するファンの人たちは、接触を求めてその子たちに近づきたい人たちもいるだろうけど、どちらかといえば、応援したい、見守りたい、同じ場所で同じ時間を共有したいという感じ。なんというか共犯者みたいなものなんだよ」と教えてもらった。それを聞いて、ああ、そうか、僕は恋愛研究会。の人たちと同じ場所で同じ時間を共有したかったのだなと納得できた。ちょっと形は違うけど、結局はアイドルを好きな人たちと似たようなものだったのだ。劇場のスクリーンで客席の視点から壇上の彼らを見て、当時の自分のあの頃。を思い出している。これはとても不謹慎な話なのだが、もしもこの次、誰かを見送ることがあって、もしもその帰りに劔さんにもう一度「よかったらご飯一緒にどうですか?」と声をかけてもらえたら、今度は引け目もなくご飯に行けるような気がしている。そこであの時代の共犯者として、不謹慎で不穏当なあの頃。の思い出をたくさん語りたいと思う。



コズミンを乗せた車が出発するとき、大勢の人の中でロビさんがそっと携帯を取り出し、小さい音量で曲を流していたのを覚えている。僕はアイドルのことはサッパリ分からないし、ハロープロジェクトもモーニング娘。の曲もほとんど知らないのだけど、そんな僕でも、あの頃。の最後に流れる曲がとても素敵な曲だということは知っているんだ。

おしまい。

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