自著論文紹介:竹下&清水(2024)「効果的利他主義は道徳的義務なのか? --帰結主義とカント的観点からの正当化」
先日出版された我々の論文、竹下昌志&清水颯(2024)「効果的利他主義は道徳的義務なのか? --帰結主義とカント的観点からの正当化」『Contemporary and Applied Philosophy』について、論文が30ページ以上あり、長いので、簡単に紹介する。
なお、本論文のもとになった発表はYouTubeで視聴できる。動画内容は本論文のコンパクト版になっているが、本論文は当時よりかなり発展したので、ぜひ論文の方も読んでいただけると嬉しい。
論文の構造
論文の構造は以下のようになっている。
はじめに
効果的利他主義とは何か
EA の正当化:帰結主義とカント的観点
帰結主義からの正当化
帰結主義の定式化
厚生主義的・不偏的・予期的・最大化・行為帰結主義からの EA 的行為の評価
帰結主義*以外の帰結主義からの EA 的行為の評価
「最大化」から「満足化」への変更
「不偏的」から「偏頗的」への変更
「福利」から「福利以外」への変更
「帰結の善の見込み」から「実際の帰結の善」への変更
「行為」から「規則」への変更
カント的観点からの正当化
非直観的な推論と不偏性
なぜ EA 的行為はカント的な義務になりうるか
帰結主義的 EA とカント的 EA の異同
正当化の仕方の異同
寄付先の異同
GiveWell
GiveDirectly
Animal Charity Evaluators
自己犠牲の度合いの異同:寄付実践をケースとして
結論
メインパートは3章と4章である。3.1節で帰結主義からEAを正当化し、3.2節でカント的観点からEAを正当化した。
4章では、帰結主義とカント的観点の異同を、正当化の仕方、寄付先、自己犠牲の度合いの三つの観点で検討した。
本論文の最大の貢献は、功利主義と同じだと勘違いされがちな効果的利他主義を、功利主義以外の帰結主義、そして何と言ってもカント的観点から正当化を試みたことである。以下では、各章について概説する。
2. 効果的利他主義とは何か
本章では、効果的利他主義(EA)の定義と、本論文で検討対象とするEAのタイプを整理している。
EAについて、まず最も代表的な定義であるMacAskill (2018)の定義を紹介している。MacAskillのEA定義論文は、共著者の清水が翻訳してるので、そちらを参照されたい。
定義については中身を実際に見ていただくこととして、我々の論文で特徴的なのは、様々なEAを認めることである。「効果的利他主義」と言っても、その中には様々なタイプがある。特に、厚いEAと呼ばれるものは、いわゆる功利主義(厚生主義、不偏性を採用するような帰結主義)に近い。他方で薄いEAは、厚生主義や不偏性を認めないことがありうる。我々の論文では、こうした様々なEAが、帰結主義とカント的観点からどのように正当化されるかを検討した。
3. EA の正当化:帰結主義とカント的観点
本章が本論文で最も長いパートである。帰結主義とカント的観点にわけてそれぞれ紹介する。
3.1 帰結主義からの正当化
3.1節では主要な帰結主義の多くからEAが正当化されることを議論した。EA同様に、それ以上に、「帰結主義」は多様な立場を含む。本節では「帰結主義」の類型を次のように整理した。
各項目は独立してるので、全部で32通りの帰結主義を作れる(!)。日本語でここまで帰結主義を網羅してるものはないと思うので、本節の議論は帰結主義入門としても読めると思う。
もちろんすべてを検討するのは難しいので、まずデフォルトの帰結主義を各項目の1つ目を採用した帰結主義、すなわち、「厚生主義的・不偏的・予期的・最大化・行為帰結主義」として、ここから、各項目を一つだけ変えた帰結主義を検討した。このデフォルトの帰結主義がいわゆる「功利主義」である(より正確に言うなら、功利主義は「厚生主義的・不偏的・最大化帰結主義」であると思う)。
デフォルトの帰結主義を「帰結主義*」と名付け、ここからEAがどのように正当化されるかを論じている。次に、3.1.3で、この帰結主義*から各項目を一つだけ変えた帰結主義から、EAが正当化されるかどうかを議論した。結論としては、大まかには正当化されると言えるが、EAの種類や状況に依存するとなった。
3.2 カント的観点からの正当化
3.2節ではカント的観点からEAが正当化できるかどうかを検討した。ここは共著者の清水が担当したパートなので、私が十分に適切に紹介できるか怪しいが、流れとしては次のとおりである。
まず、カント的観点を定式化し、カント倫理の中でも特に、他人に対する不完全義務に注目する。この他人に対する不完全義務は、カントの著作である『道徳の形而上学』の第二部「徳論の形而上学的原理」(『徳論』)にて展開される。
カントはそこで、他人に対する不完全義務を、徳の義務の一つとして検討する。驚くなかれ、カントは徳の義務を「他人の幸福を自分の目的にすること」だと言っているのである。
これに加えて、理性的熟慮の重要性、不偏性など、EAとの相性の良さを議論し、カント的観点からEAが正当化される余地が見出される。
「いやしかし、EAは帰結を重視する一方で、カントは帰結を重視しないのではなかったか?」と思う人がいるかもしれない。たしかにそういう側面もあるが、それは正当化の話であって、それ以外においても帰結は重要じゃないということにはならない。この議論については本文を参照されたい。
カント的観点からは行為の動機づけが重要なので、EAに適う行為であっても、動機づけがダメならカント的観点からはダメな行為であるかもしれない。しかし重要なのは、カント的観点からは、EAに適う行為と、カント的観点から正当化される行為が、外延的に一致する可能性がある、ということである。本論文ではこれを示した。
4 帰結主義的 EA とカント的 EA の異同
4章では帰結主義から正当化した場合のEAと、カント的観点から正当化した場合のEAの違いを検討している。
まず4.1で、帰結主義の正当化とカント的観点の正当化の違いがあるということが議論される。
次に4.2節では、具体的な寄付先を検討することで、帰結主義的EAとカント的EAの異同を検討した。EA運動において重要な組織である、GiveWell、GiveDirectly、Animal Charity Evaluatorsをそれぞれ検討した。
GiveWellはメタチャリティー組織とも呼ばれ、慈善団体の実践を評価する組織である。GiveWellのサイトでは豊富なリソース、証拠を元に、少数のトップチャリティが推奨されている。
次にGiveDirectlyは、GiveWellと異なり、具体的な慈善団体の一つである。GiveDirectlyは無条件現金給付という実践をしており、何か物品を送るのではなく、お金を直接送付する組織である。これは被支援者の自律性を保つように見えるので、カント的観点と相性がいいかもしれない。
最後にAnimal Charity Evaluators (ACE)について、これもGiveWell同様にメタチャリティー組織であるが、ACEが評価するのは、非ヒト動物を対象とした慈善団体である。
4.3節では、自己犠牲の度合いについて検討した。帰結主義でもカント的観点でも、ある程度の自己犠牲が要求されることを論じた。
以上が本論文の概要である。長い論文なので、関心のあるところだけ読んでいただいたり、冒頭の動画だけ視聴していただけるだけでも嬉しい。
コメントや質問は私(https://researchmap.jp/m_takeshita)か清水(https://researchmap.jp/hayate-s)にまで。
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