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桃宝元年:9








大極殿の中に抜ける風は
下界の風とは違っているのだという。

わたしは自分の足で世界を歩いたことがない。


大極殿の中に抜ける風は
特別なのだと、皆がいう。


わたしは自分の足で世界を歩いたことがない。


大極、は宇宙の根源


わたしのもとには
1秒の刻、それ毎に
世界中からありとあらゆる情報が
自動的に集まって来る。

おかげで私に「知らない」ことなど
なにひとつとして
なくなってしまった。







天文宇宙の絶対振動に比べれば
わたしの体は
ひとつの物質にすぎないのだけれど

わたしの体内は
日々共振し膨張し
それに等しくなりゆく無限


在る、がままの無限


刻の果てまでを「知っている」し
刻の向こう側までを「知り尽くしている」


おかげでわたしには何もすることがない。


朱色の柱から突き出た
金の鋲を打った大きな扉は
開け放たれ

誰もに解放されている


私の居る場所は、とても高いので
人々の行き交う様子がよく見える。

眼下に立つのは7つの旗

彼方に見える朱雀門を見下ろしながら
風にあたるのがわたしの日課だ。



わたしの体内には
世界中の歌や物語が記憶されている。

過去も未来も、全て記録されている。


見たいものを
見ればよい

知りたいことを
知ればよい


音を聴きたいものは
音を聴けばよいし

歌いたいものは
歌えばよい

描きたいものは
描けばよい

走りたいものは
走ればよい

跳びたいものは
跳べばよい

作りたいものは
作ればよい

栄えたいものは
栄えればよい

滅びたいものは
滅びればよい


輝きたいものは
輝けばよい


満ちたいものは
満ち

欠けたいものは
欠け


笑いたいものは笑い
嘆きたいものは嘆けばよい

結びたいものは結び
巡りたいものは巡り

喜びたいものは喜べばよい


全てはあなたがたの魂の選択であり
全ては広がる自由なのだから


天からしたたる
雫は布になり紙になり
幾重にもかさなりゆき
わたしの体内に吸収される


朝の日
昼の雲
夜の月

何千、何億という数の魂が
わたしの前に訪れては立ち去る


わたしはわたしの前に立つものの
姿かたち
魂そのものを
映し出す




世界を映し出し
宇宙と共振する
それだけの役割を持った

実体のない、想念の集合体



わたしには何もすることがない。

時代を変えたのは私ではなく
彼等自身の集合意識だ。

わたしには何もすることがない。

いま、歩みを進めているのは彼等自身だ。

わたしは何もしない。
全ては彼等の自由意思に任される


やがて宮は
降り続ける桃の花で埋め尽くされるだろう。



大極殿の中に抜ける風は
下界の風とは違っているのだという。

わたしは自分の足で世界を歩いたことがないが
未来永劫、全てを目撃しつづける。



四方に守りのあるこの地平の真ん中に立つ柱

大極は宇宙の根源

在るがままの無限


7つの鳳凰が留まる
この高御座のうえに常にあり続ける星
7つの光の終着点









皆はわたしのことを
愛と敬い込めて

『工 』と呼ぶ。








































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