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【批評】5月の長井短「喧嘩最強、インファイター長井短の成長」

うちの長井は喧嘩が強い。長井には圧倒的なスタミナと強靭な体幹がある。相手の意見や怒りの大きさなど屁でもないといった具合で、心折れることなく戦い続け、決して長井は謝らない。その様は、喧嘩という戦い自体を楽しんでいるようにすら見える。一方私は喧嘩となると、そのいたたまれない雰囲気に耐えられず、すぐに謝ってしまう。

長井が誇る謝らない心のスタミナは相当なもので、これは血の滲むような走り込みによって練り上げられたものと思われる。心の中で、人知れず、毎日毎日ランニングをしてきたのであろう。もちろん日常的な些細な事柄や、明らかに長井に非がある場合はすんなりと謝ってくれるのだが、喧嘩というのはそういうことではない。どちらかだけが正しいなんてことはなく、お互いの譲れない主張があるときに起こるのが喧嘩だ。正しさと正しさのぶつかり合い。こういう状況に長井はめっぽう強い。一歩も引かずズンズン前に出る上に守備も完璧である。ピンとこない方はマイク・タイソンをYou Tubeなどで見てほしい。夫婦喧嘩中、長井の顔にマイク・タイソンの顔タトゥーが浮かび上がるのを私は何度も確認している。

夫婦喧嘩をしたくない。だが、長く続く外出自粛のせいで、二人で過ごす時間だけが密になり、お互いの些細な事が気になってしまう。現在、世界中の夫婦の間で起きている問題が私たち夫婦の中でも起きていて、ご多分に漏れず私たちの喧嘩の原因もしょうもない。最近のトレンドは洗い物のやり方である。ここに触れた時のあまりの喧嘩発生率の高さにより、我が家では洗い物についての話題はタブー視されている。

私は一度に全てを洗わずに、何度かに分けて洗い物をしたい。というのも我が家、水切り場が著しく狭い。B5サイズほどの極小スペースにミッチミチに食器類を立て掛ける。その様はもはや立て掛けるというよりも密生させる感じで、スーパーなどで売られている豆苗が狭いプラスチック製のケースからもっさり上に伸びているイメージだ。そのため私はB5水切り場が一杯になると、鍋や油ものの皿など汚れが落ちにくい類のものを洗剤液に浸しつつ、一旦流し台をはなれる。暫くたって立て掛けた食器類から水分が落ちたころで、食器をしまい、B5水切り場を空にして、その空いたスペースに浸しておいた食器類を洗い上げ立て掛けていきたい。

一方、長井はというと一度に全てを終わらせたい派である。基本的に長井は全てにおいて手際がいい。B5サイズの狭いスペースにも曲芸のレベルで食器を積み重ねる事ができる。重さ、形状、材質の異なる多種多様な食器類を絶妙なバランス感覚で積み上げていく。あれを路上でやれば、小銭が集まる。そのため、私のちまちました洗い方にはいささか不満があるようであった。
細かくやる派の私に対して、溜めて一撃で仕留めたい長井。この傾向は洗濯にもみられ、無理なく干せる範囲で洗濯したい私と、やるとなったら洗濯カゴが空になるまで徹底的に洗濯をしたい長井。家事に対する考え方に通底した違いがある。

5月某日。
その日は、前日から放置した洗い物が流し台にひしめき、日常の怠惰が結晶化してこちらを見下してきている様に感じた。
私は少しずつ洗い物を減らし、朝食や昼食を食べ、その度また排出され増加する洗い物との一進一退の攻防を繰り広げていた。
そしてとうとう、あとワンターンで洗い物を駆逐できるという最終局面、不意に長井が流し台に向かった。

「いいよ!やるから!」

無意識に私は言葉を発していた。
思いのほかトゲのある発声になっていたことに自分でも驚いたが、それも仕方がない様に思えた。また「なんで全部洗わないの?」と言われるのではないかという恐怖があった。そんなこと言われたらもう限界である。今日一日洗い物との一進一退の攻防を繰り広げていたのは紛れもない私である。怠惰の結晶がガンつけてきてるのに、ずっと長井は目を背けていた。そんな奴に、洗い物が少しばかり残っていることをとやかく言われたくない。長井が答える。

「え、別に何も言ってなくない?」

「いやだって、いつも残しとくとうるさいから」

「は?」

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