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#36 超個人的ショートショート(2)

いつもの時間、いつもの場所を通って、僕は郵便物を配達して回る。
請求書やDMが主だけれど、手紙や小包などは送り主の気持ちが存分に詰まっているような気がして、ほんの少しだけ厳粛な気分になる。
受け取った人みんなが幸せな気分を味わってもらえたらと思う。

田舎の郵便局に転勤して3年目になった。
配達に出るときは昔から使われているいつもの赤い自転車に乗る。
前任者がよっぽど雑に扱っていたのか、赴任してきたときは錆だらけだったこの自転車も、僕が丁寧にメンテナンスをしたので今はピカピカだ。
ペダルを漕ぐ感覚が心地よい。
道行く人たちに気軽に挨拶できるのがいい。
圧倒的にお年寄りの割合が高いので、みんな僕を孫のように扱ってくれる。
いつの間にか、自転車のかごには採れたての野菜や、パックに詰めた炊き立ての五目御飯などで溢れている。
田舎生活って最高だ。
赴任当初はそれまで暮らしていた都会のルールとの違いに戸惑うこともあったが、今はもうすっかり慣れた。
郷に入っては郷に従え。
元々のんびりした性格の僕にとっては、都会のギスギスした窮屈さの中で暮らすよりも、田舎の方が性に合っているのかもしれない。
春先の畑から吹く土の香りがする風を思い切り吸い込み、僕は次の配達先に向かって両足に力を込める。

そんな中、最近気になっていることがある。
集落の端で一人暮らしをしているおばあちゃんの家の郵便受けが、どうも最近開けられた様子がないのだ。
新聞などが無造作に押し込められ、一昨日僕が配達した葉書の一片がわずかな隙間から見える。
どうしたんだろう、いつも元気なおばあちゃんなのに。
ちょっとした疑問が徐々に不安へと変換していく。
突然病気になったとか、風呂場で足を滑らせたとか。
もしかして、あるいはもう既に。
いてもたってもいられずに、僕はドアノブに手をかけた。
そっと回してみるが、鍵がかかっていて開かない。
大変だ、一人で苦しんでいるのかもしれない。
僕は力一杯ドアをノックしながら、おばあちゃんの名前を何度も呼んだ。
どうか無事でいてください。
こんな終わり方、余りにも寂しいじゃないか。
返事をしてよ、ねえ、おばあちゃん。

「郵便屋さん。いつもご苦労様」
 振り向くと、そこには程よく日焼けしたおばあちゃんの笑顔があった。
「ああ、郵便物?いつもありがとうございます」
「え?どういうこと?」
「たった今、ハワイから帰ってきたの。息子夫婦が連れてってくれてね」
「……ハワイ」
「そう。楽しかったあ」
「……」
「そうだ、はい、これあげる」

あばあちゃんが差し出してくれたのはハワイ土産の定番であるマカダミアナッツ入りのチョコレートだった。
受け取った僕は、安堵感と気恥ずかしさがごちゃ混ぜになり、思わずおばあちゃんを抱きしめた。
「ちょっと、どうしたの?」
「良かったです。ホントに良かった」
「何が?」
「おばあちゃん、長生きしてくださいね」

おばあちゃんが小さな幸せを届けてくれた。
穏やかに降り注ぐ日差しを浴びながら、僕はそう思った。

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