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10月4日(1997年)フランスワールドカップ最終予選

25年前のJリーグの最終節がこんなに早かったことは全く覚えていません。しかし、フランスワールドカップアジア最終予選がカザフスタンのアルマトイであった事ははっきり覚えています。レッズのシーズンチケットを持っていたので、最終節の駒場には家族の誰かが行ったと思いますが、歩いて数分の所なので18時には家に戻って全員で日本代表の試合を観ることができました。

この頃にはサッカーそのものに興味を持つようになった私は、この最終予選をテレビ観戦ですが、全力で応援していました。そのころはレッズの選手がいようがいまいが、あまり気になっていませんでした。

このカザフスタン戦はロスタイム(そのころにはアディショナルタイムとは言っていませんでした)に追いつかれ、1-1のドロー。その試合終了後、加茂監督が更迭され、1週間後のウズベキスタン戦から岡田武史さんが指揮を取ることになりました。これは日本サッカー史上のエポックメーキングともいうべき出来事だったと思っています。

翌日私は日曜出勤だったのですが、出勤時にスポーツ新聞を買いました。1面に加茂監督が更迭されたことがデカデカ載っている紙面を忘れることができません。

その後、11月16日に岡野がジョホールバルでVゴールを決め、初めてのワールドカップの出場権を獲得するまで、ずっと息をのむような最終予選が続きました。私の気持ちがその日本代表の戦いに集中できたというのは、Jリーグの最終節が10月4日だったからだったのですね。25年の時を経て、今日初めて納得できました。

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