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「固定残業代制」で残業代をごまかされるな!

前回のコラムでは、会社(雇い主)による「裁量労働制」の悪用に対抗するポイントについて解説しました。今回は、やはり、悪用されてしまえば、未払い残業代が発生する恐れのある「固定残業代制」について述べたいと思います。

「固定残業代」とは、読んで字の通り、あらかじめ固定額として設定された残業代です。労働基準法上の規定がある「裁量労働制」とはちがって、「固定残業代制」には法律上の定めがありません。なので、固定残業代制は、法律に基づく制度ではなく、雇用契約ないし就業規則や賃金規程による労使間の契約上の取り決めとなります。

固定残業代制の問題点は、裁量労働制と同じように会社に悪用されて、サービス残業が発生する温床になる可能性があることです。

実際、固定残業代制が悪用されるパターンとしておおむね次の3つが挙げられるでしょう。

①「基本給23万円(固定残業代含む)」
②「基本給18万円・固定残業代5万円の合計23万円」
③「基本給18万円・渉外手当5万円(固定残業代含む)の合計23万円」

これらは、求人票の「月給欄」や雇用契約書に書かれるはずです。それぞれ解説していきましょう。

まず、①は即アウト。不適法の可能性があると思います。それは、会社(雇い主)は、労働条件等の明示に関連して、厚労省の指針に従うことが求められるからです。

その指針とは、(むちゃくちゃ長い名前ですが・・・)『職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示、労働者の募集を行う者等の責務、労働者供給事業者の責務等に関して適切に対処するための指針』(最終改正 平成31年厚生労働省告示第 122 号、長過ぎるだろ・・・!、以下「指針」と言います)です。

そして、労働条件等の明示を定めた職業安定法第5条の3に関連して、同指針の『第三の一の(3)のハ』には、(やはりむちゃくちゃ長いですが・・・)「賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること。また、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下このハにおいて「固定残業代」という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数{以下このハにおいて「固定残業時間」という。}及び金額を明らかにするものに限る。)、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること。」(そのままのコピペ)と規定されています。

つまり、固定残業代制の雇用契約を締結する場合、基本給は基本給のみで明確に金額を示したうえで固定残業代については算出した計算方法をを明示しなければならないのです。割増賃金(残業代)を算出する計算式は第20回のコラムで説明しましたが、「割増賃金(残業代)=基礎賃金×割増率×所定外労働時間」でした。固定残業代の算出も基本的には同じ。要するに、

固定残業代 = 基礎賃金 × 割増率(=1.25)× 固定する残業時間数

です。この計算式を完全に明らかにして、固定残業代制を適用しようとしている労働者(従業員)へ事前に明示しなければなりません。ちなみに、固定残業代も残業代ですから、当然、労働基準法第37条が適用されます。なので、割増率は最低でも「1.25」となります。

というわけで、①の「基本給23万円(固定残業代含む)」は、これだけでは、いくらが基本給でいくらが固定残業代なのか全く不明です。固定する残業時間も不明。指針に従っていないことは明らかでしょう。不適法と考えられます。

次に、③の「基本給18万円・渉外手当5万円(固定残業代含む)の合計23万円」はというと、基本給は明確になっていますが、これだけでは渉外手当のうちいくらが手当(⇒基礎賃金に含まれます)で、いくらが固定残業代(⇒基礎賃金に含まれません)なのかわかりません。同じく、固定する残業時間数もわかりません。不適法と考えられます。

では、②の「基本給18万円・固定残業代5万円の合計23万円」はセーフなのか? いいえ、やはり、これもアウトです。不適法の可能性があります。確かに、基本給と固定残業代は明確に区別されています。しかし、これだけでは、固定残業代を出すにあたって固定する残業時間が不明ですし、また基礎賃金と割増率も不明です。やはり、不適法と言わざるを得ないでしょう。

そして、さらに重要なのは、指針『第三の一の(3)のハ』の最後のフレーズです。それは、「固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示する」とあります。つまり、会社(雇い主)は、固定残業代さえ正しく支給すればそれでOKということではないのです。もし固定した残業時間を超える時間外労働が発生したなら、その時間については、当然に労働基準法第37条が適用されて、追加で割増賃金(残業代)が支払われなければなりません。

固定残業代制は労使間の契約上の取り決めですので、もちろん不適法ではありません。それ自体問題はないです。もし固定残業代があらかじめ設定されていて、業務が早目に完了したら固定残業時間フルに勤務することなく早目に退勤してよい、それでも固定残業代は減額されないと契約上認められているなら、労働者はより業務を効率的に行おうとするでしょう。この場合、固定残業代制は会社にも労働者にもメリットがあります。

しかし、固定残業代さえ支給すれば後は働かせ放題というのは、違います。この点が、まさに固定残業代制がサービス残業の温床になる点、会社(雇い主)が固定残業代制を悪用しがちな点です。

労働審判ないし民事訴訟では、固定残業代制が不当に悪用されたことを主張・立証したとしても、そのことがすぐに未払い残業代の存在の認定やあなたの未払い残業代の請求が認められることに結び付くか否かは、状況次第でしょう。「裁量労働制」と同じように、重要なことは、しっかりと厚労省の指針の内容を理解して正しい知識を持ったうえで、固定残業代制をベースにした雇用契約を結ぶことです。そして、固定残業代制を会社に悪用されて、あなたに未払い残業代が発生しないように注意しておくことなのです。

今回もやはり相当な長文になってしまいました。第26回の労働者性、第27回の管理監督者性、第28回の裁量労働制、そして今回の固定残業代制は、未払い残業代を請求された会社(雇い主)が反論に使う戦術と考えてよいと思います。ぜひ理解いただければと思います。さて、次回から、やっと証拠説明書の説明に入ります。お楽しみに。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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