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労働審判を選択するメリットとリスク

前回までのコラムで、労働審判についておおまかにはご理解いただけたでしょうか?今回は、法律や訴訟のことをあまり知らない労働者が本人訴訟を起こすにあたって、民事訴訟ではなく労働審判を選択するメリットとリスクについて書いていきます。

労働審判には民事訴訟と比較していくつかのメリットがあります。原則3回以内の期日で終わるので、解決まで時間が短い。訴訟の提起に比べて収入印紙代と郵便切手代が安いので、費用面でお得。時間とお金。確かに、これらはメリットと言ってよいでしょう。しかし、私は、次の点がとりわけ有益と考えています。

それは、労働審判官を中心とする労働審判委員会が申立人・相手方それぞれとの細かな質疑応答をとおして審理を進めていくという点です。言い換えれば、時間がなかったから、またはそもそも文章作成能力が乏しいからという理由で、満足のいく労働審判手続申立書を作成・提出することができなかった場合でも、第一回期日の質疑応答である程度は挽回できる可能性があるということです。

労働審判手続申立書のなかで申立人が直接的には答弁・記述していなくても、労働審判委員会が法律にそったポイントについて質疑応答を主導しますので、よほど酷い書面でない限り重要な争点がまるまる見逃されることはないと思います。また、申立人が主張する事実関係を裏付ける証拠(書証)に不足があれば、それを労働審判委員会が指摘してくれることもあります。申立人がその証拠(書証)を準備できるのであれば、第二回期日までに労働審判委員会へ提出すればよいのです。

民事訴訟では、大詰めになってくると人証尋問もありますが(人証尋問の申し出が出されて、それを裁判所が認めた場合に限る)、原則的には書面のやり取りのみです。裁判官から「書面には書かれていませんが、法的に重要なのはこちらの点です。なので、その点について答弁してもらえますか。」などというアドバイスは、基本的にはありません。

逆に、労働審判は民事訴訟に比べてリスクもあります。労働審判委員会は、前コラム【本人訴訟で未払い残業代を請求する(8)】で書いたように、第一回期日の前半の1時間を終える頃にはある程度心証を形成してしまっています。もし申立人が前半の質疑応答で突拍子もない主張、論理的でない主張、見当違いな主張を持ち込んでしまった場合、そしてそれを質疑応答のなかで説得力のある訂正ができなかった場合、みずからに不利な心証が形成されてしまって、もはや取り返しがつかないということも無きにしも非ずです。第一回期日は不利な立場になってしまったけど、第二回期日で挽回すればよい。そういったことは基本的にはむつかしいでしょう。

民事訴訟であれば、もしかすると、あえて突拍子もない主張を繰り出して、またはあえてのらりくらりとした主張を繰り返して、期日複数回分の時間を稼ぐ、時間を引き延ばすということもあるのかもしれません。しかし、労働審判では、第一回期日の後半には労働審判委員会によって形成された心証をもとに金額交渉に入るのですから、そのような戦略をとることは実質不可能でしょう。

低いクオリティの書面については第一回期日の前半の質疑応答を通してリカバリーできる可能性がある一方で、その質疑応答でミスをした場合はそのリカバリーは非常にむつかしくなるということです。

次回も引き続き、民事訴訟と比較しながら、労働審判の特徴について述べていきます。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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