放浪日記 (ベルリン)

初めまして。
2023年のテーマが「放浪:友達に会う」と決めたMachiです。
6月位にベルリン行きの片道切符を買い、
8/9からベルリンで友達の家に泊まらせてもらいながら、
まったりと過ごしています。

自分の日記という感じで、考えている事をただつらつら〜と書いている感じです〜なので、こういう人もいるんだな〜位で暇な時にゆる〜く読んでもらえるとありがたいです〜

まずは以下について今日は書きます。
1. この旅で何をしたいのか
2. 今まで何をしたか

この旅で何をしたいか

まずは6月に何でベルリンの片道切符を買ったのかをお話ししたい。

2021年から東京を離れ、日本を少し放浪し、2022年からちょっと海外も放浪し始めた。それから初めてworkawayというバックパッカーの必須ツールを使った。予算があまり無いバックパッカーは旅をしながら住み込みボランティアやバイトをする事が多い。そのバイト先やボランティア先を見つけるウェブサイトがworkawayである。ゲストハウスでボランティアをしていた時に、外国人のボランティアの人がよくworkawayと言っていたので、自分も使ってみた。

2022年のスノボシーズン4か月は、workawayで見つけた長野県の野沢温泉で、スキーの別荘でお手伝いをし、そこで一緒にお手伝いをしていたクロアチア人のカップルに「クロアチア来なよー」と言われ、行ってみよーと決めた。

クロアチアだけでなく、他のヨーロッパにも行って、友達に会おうと思い、今に至る。

恐らく毎年1,2回行っていた海外に、パンデミックで2年間ほど行けなかったという事が意外と辛く、それが爆発して2022年からちょっとずつ海外放浪し始めた。

今回の旅では去年であった友達や、古き良き友達に会って、最近どうよという話をしたい!なので、ドイツ、オランダ、クロアチア、スイス、ベルギーに行く予定です〜みんなに会えるの楽しみ!

初めて片道切符を買って海外に行くという事をしているので、正直いつ帰るかな〜、お金大丈夫かな〜という不安はある。でも、その未知な感じがワクワクする部分でもある。ワクワクと不安の間に今はいるって感じ。

今まで何をしたか

8/9にベルリンに着いて、時差ぼけ真っ只中で毎日朝4時に起きてしまう。(今も朝5:30w)
でも、この4時起床のライフスタイルが意外に気に入っている。早く起きて、4時間リモートワークして、朝8時からフリー。と言っても、またちょっと8時から少し寝て、10時位からまったり過ごす。簡単にご飯を食べて、12時から歩いて市内を見るという事をしている。12時から18時まで歩いたり、途中休憩して「日頃の何でだろう〜」など色々考える。

まずはYoutubeでベルリンでする事TOP10などを見て、行き先を決めた。まずはベルリンの壁を見に行った。Berlin Wallとgoogle mapsで検索し、そこに歩いて向かった。正直ベルリンの壁崩壊の歴史について詳しくもないし、どんな歴史でも自分には遠すぎて興味を持つ事ができなかった。でも、友人から聞いたり、博物館に行ったりして、そこで本当の歴史を学べる気がし、行く国の博物館などには行くようにしている。

ベルリンの壁は何箇所かあり、まずはBerlin Wallに行った。崩壊したベルリンの壁はもちろん、写真とそれに付随する情報がとても多く、途中で帰ってきた。ヒットラー、ナチス等その人達が行ってきた人種差別、女性差別、性的指向差別、ホームレスへの差別など、今のベルリンでは想像できない歴史が、そこに書かれていた。インプットで頭がいっぱいになり、また後日行こうと決めた。

次の日はThe Holocaust Memorialというユダヤ人虐殺のホロコースト記念碑とBerlin Wall Memorialへ行った。

高校生の時にアウシュビッツやユダヤ人虐殺についての本を読んだり、感想文か作文を書いた事を少し思い出した。とても衝撃的だったという事は今でも覚えている。

そこの記念碑は約19平方キロメートルの土地に、濃いグレーのコンクリの棺桶のようなサイズの長四角が2711個、碁盤上に並んでいるというもので、特に説明書きもないものだった。低い長四角もあれば、自分の背の2倍はある高さのものもある。

記念碑は外にどーんとあり、それを見た時どう思ったかさえも覚えていない。でも、死者を尊重したいという気持ちが強かった。なので、その長四角のものを棺桶の様に自分は意識し、その上に乗って話している人達に違和感を覚えた。でも、自分が勝手にその様に解釈し、違和感を抱いているだけであって、その人達からしたら別にその様に捉えていないかもしれない。自分が勝手に違和感を持って他人に押し付けている感情なんだな〜と思った。

そのコンクリの長方形の間を通った。その時に思ったのは、不安、恐怖、失望というネガティブなものであった。最初は低い長方形の為、前から人が来るのが見えたり、光が多くて不安はなかった。中心部に行くにつれ、光が遮られ、前が見えなくなり、長方形と長方形の間から人が見えたり、誰もいなかったりというものが見えた。碁盤上なので、迷路ではないが、迷路にいるような不安な感覚であった。自分が何を感じているのだろうと思っている時に、子どもの声がして「I don't know if we can get out of here. It's never ending!」と「これどこまで続いてるかわかんない。本当にここから出れるかわかんない」という声がした。そこで、殺された方もそう思ったんだろうな、これの記念碑だけでも怖いし、希望を失うだろうなと思った。

自分が殺されたユダヤ人であったら、何を考えていたんだろう。自分が虐殺に関わっていた人であったら、何を考えていたんだろう。どちらも程度は違えど、不安、恐怖、失望であったのかなと思う。正しい事が正しいと思えない。間違えている事が間違えだと言えない。その様な事を人間が集団で繰り広げるって何なんだろうと思った。集団的思考って怖いなと。

人間って考える力があり、それで火を発見したり、文字を開発して書き残したり、宗教を生み出し、「心の拠り所にしている」か「集団をコントロールするツール」として用いている。それからはみ出る人達を差別し、殺戮までに至る。それを他の動物より長けていると人間は思っている。「そんな事も出来ないなんて、動物以下だよ!」という蔑むような言葉がある。私的には人間も動物であるから、その言葉にいつも「?」で終わる。むしろ動物の方が自然と精通していて、自然災害をいち早く察知し逃げている。人間が作り出した社会に、何も言わずに柔軟に対応して暮らしている。人間って本当に長けているのか?と思った。

という事を考えながら、Berlin Wall Memorialというまた違うベルリンの壁に行った。そこは壁と壁の間にあり、壁を登って西に行こうとした人が、銃殺された所である。そこでも、壁を見ながら、なぜ人は壁を作りたがるんだろう。違いを受け入れる事が難しいのか?それで壁を作るって大人気ないなって思った。違いを受け入れないって何なんだろうって。確かに自分が苦手な人はこの世にいるし、その人に会いたくないと思う事もある。でも、壁を作ってまではないし、その人から遠く離れた所にいればいいだけ。私のレベルは個人のレベルで、この国の人嫌い、この宗教の人嫌、とかのレベルが想像できない。この様な壁を見るたび、進撃の巨人を思い出し、階級毎に壁を作り、その中で暮らしている。意味が不明すぎて私の頭ではついていけない。

なぜ階級があり、それを壁で隔てるのか?なんで階級をつけるのか?動物的本能なのであろうと考えるしかないかなと思う。集団で生きる動物は階級やグループを作り、ボスに従って行動する。誰がボスかを決める儀式、縄張りを決める争いなど、人間も動物じゃんと思う。ただ、人間は他の動物や自然に影響を大きく与えている。人間が争う時は戦争であり、動物や自然も死んでしまう。身勝手すぎるよなと思う。経済が不安定であるなど言って、動物と自然の搾取をしている。なんなんだろうなって思う。自分も人間だから、自分の存在自体が搾取なんだなとやるせない時もある。

でも、長野で出会ったPermcultureのリーダーが、ここまで発展した世界は人間の思考の力であり、それは進み続ける。その人間が培った思考力で、自然と他の生き物と共存できるようにしたい。と言っていた。その情熱を聞いた時、まだ人間も何かできる事はあるんだ、と安堵と嬉しさが今でも覚えている。その様にポジティブで温かい考え方ってかっこいいなーって思ったな〜

と話はベルリンから大分逸れたが、ベルリンの壁やホロコースト記念碑を通して、人間とはなどを考えさせられた。「考えさせられた」という部分がやはり自分も人間だなと改めて思った2日間でした。

ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます。
私の考えた事をただつらつらと書いた日記なので、
こういう人もいるんだな〜位で読んでもらえるとありがたいです。

次はベルリンの湖でピクニックした事について書きます〜
Machi

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