第1話 台風の夜
僕には家族があった。なぜ過去形で語っているのか、自分でも分からない。
ただ間違いないのは、現在行動をともにしているのはまったくの他人だ、ということだ。
なぜこの女性(ひと)とともにいるのか、も、分からない。どこでどう知り合ったのかも分からない。
気がつけば一緒に居た。
残念なのは、この若く可憐な人とは恋仲ではないらしいということだ。
それにしてもなぜ、僕はこの人と言わば『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のような逃避行を続けているのだろう。
考えれば考えるほど分からない。あの映画と違うのは僕たちはシリアル・キラーではないということだ。
いつからこの逃避行が続いているのか。昨日今日のことではないのは確かなようだ。
不思議と、彼女にことの経緯を尋ねてみようという気にはならない。
もしかしたら、僕は記憶喪失になってしまったのかもしれないが、そんなことすら、どうでもよくなるくらい、彼女と居ることに違和感がないのだ。
風はますます勢いを増している。夏も終わりに近い台風が近づくある夜、僕は家路を急いでいた。
大きく揺れる木々の中から、まるで群れから飛び出したように折れた枝が電線に向かい、ショートした。
そして、その先に見える信号が消えた。幸いにも車通りはなかった。このあたり一帯、おそらく停電だろう。切れた電線が火花を放ち「きれいだな」と思ったことは覚えている。
今思えば、なんて呑気だ。
気がつけば僕は病院のベッドの上に居て、どうやら、気を失っていたらしい。
あの風の中、道端で倒れている僕を発見して、救急隊に通報してくれた人がいる。その人によると、折れた枝か何かが直撃したんじゃないか、との話だったという。実際、近くに折れた枝があったそうだ。やや大きめの。
あくまで憶測にすぎない状況を聞いて
「あの枝?電線でスパークした・・・」
と思ったがそんなことはどうでもいいことだ。
検査結果や現状の説明を受けている傍に家族がいた。
妻は医師に礼を言い、
「よかったぁ!」
と息子は屈託のない笑顔を浮かべた。
「頭を打っているかもしれないから、今夜は様子見で入院してもらって、なにもなければ明日には退院してもらってかまいません」
担当医がそう言い残すと家族はいったん病室をあとにし、僕はそれからまた眠りに落ちていった。
家族について覚えているのはこの時までだ。その後、どうしているかは分からない。
無事ならいいが。ただ祈るしかない。
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