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ヴィシー留学記 2日目(2017.2.19)

初日は少し買い物をした後、夕方5時には寝てしまった。
夕食は何も食べなかった。
結局、朝の3時に空腹と喉の渇きで目が覚めたが、なんとかもう一度寝て、目が覚めたのは朝の8時だった。
大体14時間くらい寝たことになる。
たしか林芙美子はパリに着いた時、寝てばかりいたと日記に書いていた。
そんな女流作家の気持ちもわかるように思えたが、よく考えてみると芙美子はシベリア鉄道で何日もかけて来たので、時差はあまりなかったはずだ。
フランスに来て、そのことに初めて気がついた。

朝になるのを待って、買い物に行った。
歩いたところにLe grand marchéという市場があった。
市場というと路地に野菜や魚が積み上げられているイメージだったが、この市場は大きな建物の中にあり、あたかもデパートの地下のようだ。
そこには果物、野菜、チーズ、総菜、肉、魚介、ワインなどの色とりどりの食材がスーパーよりも安い価格で売られていた。

しかし、安くても買い方がわからない。
札には1キロの値段が書かれているが、日本ではグラム単位で買い物をしないので、例えばじゃがいもが何個で1キロなのかが見当がつかない。
試しに1キロと言って、食べきれない程の量がきても困るし、あまりに少ないのも損をしたような気分になる。
このような思案をしばらくした結果、辿り着いた答えはそこまで欲しいものがないのだから買う必要はないという消極的なものだった。
結局、市場では何も買わなかった。

代わりに買い物はSPARというスーパーマーケットですることにした。
リンゴ2個にヨーグルト、ティッシュ、スポンジと取り止めのないものをかごに詰めて、意気揚々と下宿先に戻った。

出かける前はカフェでランチでも食べようと思っていたが、いざカフェを覗くと一人客がほとんどいないので気おくれして、ランチは下宿先でパスタをゆでた。
トマトソースの缶を使い、ナポリタンのようなものを作った。
日本と味はほとんど変わらなかったが、ランチとしては十分だった。
一人なのにわざわざ高い金を払って、外食する必要はない。
焦ることはない。カフェに行く日も近いうちにきっと来るだろう。

食後は部屋で少し休んでから、公園に散歩に行った。
公園は大きな河沿いにあり、多くの人がそこで散歩をしていた。
夕陽で輝く水面の上をカルガモが静かな波紋を立てながら泳いでいる。
河には大きな橋がかかり、橋には様々な国の国旗が掲げられていた。
ベンチに腰掛ける人、犬の散歩をする老人、バスケットをする若者、カップル、ボールで遊ぶファミリー、スカーフを被ったムスリムのマダムたち。
河沿いには多くの人々のそれぞれの幸せがあった。
現在の日本では、これほど多くの人が河沿いの公園で散歩することはない。
僕はとても朗らかな気分になって、歩くスピードを緩めた。
いつかこの場所を誰かと歩けたら、これ以上の幸福はないだろう。

ただ、今はこの高揚を誰にも話すことはない。
僕はまだ話せる言葉を持ち合わせていない。
空を見上げ、河の輝きに目を細めながら、一人で歩いた。
それはとても良い散歩だった。
人生の中でも指折りの良い散歩だった。

散歩が終わると、特にすることもないので家に帰った。
明日からは学校が始まる。
旅の疲れはもう十分に取れた。
翌朝が待ち遠しい。