no.5

京急線横浜駅のホームにあるタリーズコーヒー。ここはいつも空いてる。
仕事のミーティングまで時間があったので入ると決めていた。

京急蒲田駅のあたりで眠くなってストンと落ち、目覚めたら横浜だった。いい睡眠だったらしくすっきりとしている。

タリーズに入るとすぐにある文具コーナー。
久しくペンを新調してなくて、でも別にまだ切らしてるわけでもなかったのについつい買ってしまった青インク、0.4mmのペン。PILOT。

コーヒーのショートを受け取り、2階の席にあがる。窓辺のカウンターにサラリーマンが3つ飛ばしくらいで座ってる。眩しくない程度の陽が差し込む。
ちょうど目線をやったところに誰かが座ったあとのように、椅子が引いてある。席はたくさんあったが椅子を引くというひと手間を省けるからそこに座った。
座ってみると、ミーティングまでたいした時間はないように思えた。
たっぷり時間があるような気がして、すでにカウンターの上には持ち歩いていたカメラと小説とノートとさっき買ったばかりのペン、そしてスマートフォンと暇つぶしの為のアイテムが並んでいる。
たぶんあと40分もすれば、これらはほとんど手をつけられないままにバッグにしまわれる。
スマホでSNSを開けばこの有様だ。

とりあえず一旦落ち着く為に、珈琲を飲もうとマグカップを覗き込む。
口をつける直前で、カップの中の珈琲の泡から何人ものわたしと目が合う。
こんなに何人もいても、このわたしを誰も見ることはない。
試しにスマホのカメラを向けると、わたしは消えて黒々とした泡が水面の淵に並ぶ。
それを確認して珈琲を飲もうとマグカップを傾けると、何人かのわたしが音もなく弾けて消えた。

都内にさっきまでいて、休日ひとり。けれども限りなく誰かに会うつもりで服装を選び化粧をしたりしなかったり、髪を結ったり結わなかったりしている。
すべて、わたしの為のようで、わたしの為ではない。ある日のわたしとまた別の日のわたしとでは差がありすぎるようなときもある。
だから、出会いというものが今はほんとに不思議でよっぽどの奇跡みたいなものなんじゃないか?と最近は思う。

こんな風に、わたしの目にする景色はぜんぶわたしの為にある。
記憶に残し合える誰かと過ごしたときに初めて、意味を成す。
友人、家族、恋人、そんなとこなんだろうけど。

こないだ本屋で見たあのひとこと。
「あなたがぜんぶ思い出してくれる」
「わたしがぜんぶ思い出してあげる」
成重松樹さんときくちゆみこさん夫妻によるZINEのタイトルだ。
わたしは、果たしてその言葉に相応しい人間にはもう成れないような気がする。

小説みたいに、終わりの見えない日記を書き続けていたい。
題名がついて、ある日のことと区切りをつけるのではなくて、ずっと、ずっと続いてゆくわたし。死ぬまでずっと、気まぐれに打ち続けてしまう。こんなふうに。