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祈り

 瞼ごしに感じる明るさに負け、目を開ける。大きなため息をひとつ吐いてから嫌な汗で湿った毛布をはねのけ、ベッドから滑り落ちる。身体のあちこちが緊張していて鉛でも詰まっているかのように重い。少しだけカーテンを開け、だらしなく床に座り煙草をくわえて火をつける。いまいましい気持ちでうっすらと光に照らされたベッドの上の、よじれたシーツとはねのけた形そのままの毛布を横目で眺めて煙を勢い良く吐き出す。また朝が来てしまった。

 シーツと毛布の間のわずかな隙間に幸せを感じていたこともある。私以外の体温と匂いが漂う穏やかな空間。夜中にふと目が覚めても隣で規則正しく上下する胸を見ているだけでほっとして、またとろりとした眠りに誘い込まれた。
 そういえば私はあそこでよくうたた寝をした。昼下がり、あれこれと作業をする背中を眺めながら私以外の匂いがする毛布にくるまってごろごろしていると簡単に安らかな眠りにおちる。あなたは本当にここでよく眠るよね、と笑われたが、柔らかな陽射しと私以外の匂いがする毛布がどんなに心地いいのかをうまく説明できないままだった。

 あれはいったい何だったのだろう。きっと悪夢と悪夢の合間に見た幻だったのだろう。

 あれから一度もよく眠れたことはない。不愉快な苦味の残るタブレット一錠を水で流し込み、ベッドに横たわって私の匂いしかしない味気ない毛布を鼻先までかぶり、祈りながら無理やり眠りにつく。もう二度と朝など来ないように。
 タブレットの威力をしても眠りは浅く、悪夢にうなされ何度も目を覚ます。その度に荒い呼吸を整えながら自分がまだ闇の中にいることを確認し、きつく目を閉じてなんとかもう一度眠りの中に逃げこむ。そんなことを繰り返しているうちにまた朝が来る。朝は私に絶望しかもたらさない。

 ふらついたりしないよう時間をかけて立ち上がる。冷蔵庫に無造作に放り込んであるアルミパックを取り出し、封を開け握りつぶしながら飲み込む。十秒でエナジーチャージ。エナジーなんて本当は欲しくもない。だが朝から夜にかけての長い長い時間が過ぎるのをただ黙って耐えるより、忙しく仕事でもしていたほうが少しは気休めになる。時間潰しで潰れないためのエナジーチャージ。あまりのくだらなさに私は私を鼻でせせら笑う。

 そうしてまた夜がやって来る。殺風景な部屋は寒く、暖房をつけてもホットカーペットの上にいても熱いお風呂に入ってもいつまでも身体は冷たいままで、しかたなく膝を抱え小さくなって座り込む。
 ノートPCの電源を入れ、止めどなく流れてくるSNSのタイムラインをぼんやりと眺める。私をとりまく世界は現実でもインターネットの中でも私のことなどおかまいなしに回っている。私がこのまま眠りから覚めず朝を迎えることが二度となくても、誰一人そんなことには気づきもしない。どんどん時間が過ぎ去り、そのうち私の存在などなかったことになる。そうなってくれればいい。

 いい加減に眠ってしまおうとタブレットのシートを手に取る。時々これを何錠飲んだら永久に眠っていられるのだろうかと考える。私は常識的な人間だからそんな馬鹿げたことはしない、考えるだけだ。いつもどおりに一錠を水で流し込み、舌に残る相変わらず不愉快な苦味に顔をしかめる。

 ベッドに横たわり、私の匂いしかしない味気ない毛布を鼻先までかぶる。シーツと毛布の隙間はなかなか温まらず、ごそごそと両肩と両腕をさする。そしてせめて悪夢と悪夢の合間にあの幻が一瞬でも現れないかと願う。私以外の体温と匂いが漂う穏やかな空間。あの幻の中に閉じ込められてしまえば私はずっと幸せなままでいられる。

 タブレットが私を力ずくで浅い眠りに引きずりこむ間際に強く祈る。朝など金輪際来ないように。



Inspired by this tune.
もらすとしずむ 『can't smale(demo ver.)』


©madokajee

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