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KAKUTA『ひとよ』 【#まどか観劇記録2020 17/60】

作品を観たいと思うとき、その理由は様々です。
今回私がKAKUTA公演「ひとよ」を観たいと思った一番の理由は渡辺えりさんでした。

きっかけは緊急事態宣言下に公開されたYouTube「渡辺えりの演劇講座」でした。
失礼ながら私はそれまで渡辺えりさんの舞台でのお芝居を観たことがなく、彼女はテレビの中の人でした。そんな彼女が語る舞台についての話がとても面白く滋味深く、これはぜひ舞台上の彼女を見てみたい、そう思ったのでした。



『ひとよ』~あらすじ~

「ひとは、ひとよでカタチをかえる。」

父が死んだ日。罪を犯した母は15年後に戻ってくると約束して家を出た――
人生を一変させたあの夜から時は流れて、現在。残された子供たちの傷痕は。母の秘めたる慟哭とは……
片田舎のタクシー会社を舞台に繰り広げられる崩壊と再生のドラマ。
KAKUTA公演サイトより転載)

エネルギーの濃い役者たち

母役の渡辺えりさんは、冒頭からすさまじいエネルギーを発していました。大きなおにぎりをぱくぱくと平らげながら発されたこの作品を始める言葉。幕が開いてからものの1分で観客の関心を持っていきました。

そこからは、全ての役者さんが圧巻でした。

登場人物にものすごい厚みがありました。
この物語は、上演される数時間のものであるはずなのに、その前後に人生何十年もあって、母がいなくなってからの15年間が確実に感じられて、おひとりおひとりの体にぱんぱんに人生が詰まっていた。出てきた瞬間に誰もが忘れられないずっしりとした人物で、厚みもあったし影もあったんです。

プロの役者なんだから当たり前、というレベルを超えた存在の濃さでした...!この作品で出会った役者さんたち全員とまた舞台で再開したいです。

ああ、生ってすごいなあ。舞台って芝居ってすごいなあと。


舞台の上でものを食べるということ

当たり前のお約束ですが、舞台上の物語は現実ではありません。
どれだけリアルに演じられていても登場人物は役者さんそのものではないし、どこか別の世界のものです。そしてそれは映画やドラマといった映像の中のものとも違う。観客の目の前の、舞台という実に狭い限られた空間で繰り広げられる世界。ここでは、実際に水が落ちてこなくても雨が降っているというお約束、車は動いていないけれど動いているというお約束、そんな色々なお約束のもとで成り立っています。

ものを食べ、飲み物を飲む、これらについても、食べているというお約束で実際は食べているふりをしている、ということが、私の少ない経験では多いように思います。だから、舞台上で実際にものを食べているシーンを見ると少しだけびっくりします。「あ。食べた」と思うんですね。物語に没頭していたところから少しだけ舞台を観ていたんだという自分に戻るというか、わずかに視点が俯瞰になります。

演出として意図されていたかはわからないのですが、実際にものを食べるという舞台上では少しの違和感を感じさせるシーンは観客に冷静にじっくりと状況を理解させるべきシーンだったように感じました。

先述したように役者さんそれぞれが引き込む力がすごいから、ともすれば楽しい、悲しい、許せない、などと、観客も感情に走ってしまいそうになります。心を揺さぶられる、それは素晴らしいことなのですが、物語を理解するために聞いておかなければいけないセリフを聞き逃す可能性が高まることになったりもします。

そこを、ものを食べるというやり方で、観客の視点を少し冷静に戻して、大事なセリフを聞かせるという、そんな印象を受けました。これはすごい演出だな、と。


こだわりの詰まった舞台美術

(この章の最後に舞台美術のスケッチを載せているのでネタバレがいやな方は見ないでください)

最後に舞台美術について、言及させていただきたいと思います。
劇場に入って最初に目にするのが舞台美術なわけですが、今日はどんなセットで物語が行われるのかなとワクワクしてステージを見るわけですが、こちらも素晴らしかったです。

まず、エイジング(古めかしい感じにするための汚しなど)のこだわりがかなりでした。昭和の雰囲気の漂うステージ、所狭しと並べられた、こういうのあった~という小道具の数々、思わずニヤリとしてしまいました。

また、いくつかある建具にすべてガラスがちゃんとはまっていたのもよかった(これもエイジングしてあるように見えました)。ガラスのありなしが、舞台に及ぼす効果に驚きです。

怒ったり慌てたりでドアを乱暴に閉めることがありますよね。ぴしゃん!と閉まったドアからほんの少し遅れてその振動がガラスに響きます。ガラスの響きは客席に聞こえてくるほどではないのですが、空気の揺れを感じるというか、ガラスがはまっているドアの挙動をみんなは知っているから、ばたん!びりびり!というお約束の音が絶妙な効果をもたらすのです。

雑過ぎてネタバレにもならないかもしれませんが、感動した舞台美術のスケッチがこちらです。

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誰もが様々なことを考え、悩み、選択して生きています。過去の選択が正しかったかなんて誰も判断できない。やり直すこともできないのだから生きていくしかない。答えのない、モヤモヤしたものと向き合っていかなければいけない。

どうすればいいんだろう。ひとよを生きたみんなの姿にかき乱された心がどこに向かえばいいのか答えは出ないけれど、慟哭のような叫びが今も耳にこだましている。人の温かさが胸をめぐっている。

素晴らしい作品でした。

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東京公演は9月13日(日)まで。
また、10月3,4日には豊橋公演があります。→詳細

そして、劇場に行けなくても9月19日よりストリーミング配信があるそう!
こちらもぜひ。 → チケットサイト


最後に余談ではありますが、、、酒井晴江さんのさらさら艶々の黒髪が美しすぎて、髪を伸ばしたくなりました。笑


おすすめの作品などを教えていただけるととてもうれしいです。