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いらないところは捨てちゃおう

勤め先の「植物の水やりがかり」に任命されて、はや三年が過ぎた。
正直なところ、三年もの月日が経過しているけれど、その植物のことはよく分からない。思えば、その植物の名前さえ知らないのだ。

その植物にはじめて出会ったのは、2011年11月の終わりごろのこと。
12月からオープンする予定のカフェに「お祝いの品」として届けられた。デザイナーのHさんのお知り合いの方から贈られたものだった。

まだソファの配置も決まっておらず、がらんと殺風景なフロアにやってきた、鉢植えの大きな植物。その場にあるだけで空間の印象が柔らかくなったことを鮮明に覚えている。

「やっぱり緑があると、ないとでは印象がガラリと変わるねー」なんていいながら、その植物はカフェの一部になった。

植物がきてからずっと、Hさんがお水をあげてくれていた。けれど、カフェをはじめてから三年が経過したとき、Hさんは転職を決めた。職場への不満などもあったため、辞める間際は、梅雨空の六月を思い出させるような、どんよりと暗く湿った雰囲気が漂っていた。

いよいよ退職だというときに、Hさんは「あの植物のことお願いね。枯らさないでよ」と、私に伝えてきた。

職場には社長と私の二人しか社員はいない。アルバイトに来てくれる人もいるけれど、月水金、などと来る曜日が決まっているわけじゃあないので水やりを頼めない。社長に頼むわけにもいかず、Hさんは私に、その植物を託して職場を去っていった。

夏場は週に一、二回。冬は十日から二週間に一度でいいから。あげるときはたっぷりとね。
水やりのタイミングは、こんな感じでいいからと聞いていたので「木曜または金曜に水やりをする」と決めていた。今週もようやくここまで乗り切ったよね、と思いながら水やりをする。

その植物は、いわゆる「観葉植物」と呼ばれているもの。しかし、季節によってかなり表情が変わるのだ。

二月の初めごろから、三月の半ばくらいまで、ものすごい勢いで葉っぱが枯れていく。託された一年目は「ヤバイ。これは、植物を枯らせてしまった……」と真剣に青ざめた。

小学六年生の時にプレゼントにもらったサボテンを枯らしてしまった経験があるため「ああ、またもや植物を枯らせてしまった」と思い悩んだ。パラパラと葉っぱを茶色に変えて、みるみるうちに葉を落としていく。

植木鉢の上にいつのまにかふんわりと折り重なって、枯葉が積もっていた。

これは、本格的に枯らしてしまったと、ウジウジ悩んでいた。けれど、ある日から、その植物は茶色い葉っぱをつけることはやめ、ぐんぐんと目にも鮮やかな緑色をした葉っぱを茂らせ始めていた。

「あれ、これは枯れていないのかな?」と不思議におもいながら、よく見てみると、その植物はつぼみをつけていた。花を咲かせる準備のために、「もう、この弱ったところはいらないから」と、植物自身で判断して、どんどん葉っぱを枯れさせていたのだろう。

同じ枝の中でも、枯れている葉っぱと、イキイキと元気そうな葉っぱが混在している。植物の中で、どんな判断が下されて、こちらは枯れて、こちらは枯れないと区別されているのか私には全く分からない。

毎年、二月に入るとどんどん葉っぱが枯れ始めて、「今年は枯らせてしまったかもしれない……」とひやひやしながら見守っているけれど、あるところまでくれば、ぴたりと葉っぱは枯れなくなる。そうして、その植物はつぼみをつけているのだ。

おもえば、不満を言いながら職場を去っていったHさんにしてみれば、この職場こそが「枯れ葉」にあたる部分だったのだろう。社長にとってみれば、不満ばかりを口にするHさんが「枯れ葉」のような存在だったのだと、最近になってようやく腑に落ちたのだった。新しく成長するために、お互いにとって「いらないところ」だと判断し合っていたのだ。

水やりを任されたその植物は、またつぼみをつけ始めている。

ちいさな白い花を、咲かせてくれる日が楽しみだ

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