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選ぶもの、捨てること。

「ちょっとさ、報告があって」
向かいの席に座った彼女は伏し目がちに、そう切り出した。

久しぶりにゆっくりお茶でもしようよと、奮発してホテルのアフタヌーンティプランを予約していた。ちょっぴりラフな格好で出掛けてしまった私は、そのホテルの雰囲気にいささか居心地が悪かった。柔らかいソファにもお尻がモジモジして落ちつかない。キョロキョロと子供みたいに「ああ、もっと、おめかししてくれば良かったかなぁ……」と恥ずかしいような気持ちになっていた時のことだった。

久しぶりに会った彼女は、髪が伸びていたし、服装も以前とは少し違うように見えた。なんとなく彼女の様子が落ち着いていたこともあって「あ! これはもしかして、良い報告かな?」と感じた。

しかし、彼女の口から出た言葉は、
「彼と、お別れすることに決めたんだ」
というものだった。
結婚するのかな? もしかしたら、妊娠したのかも? と、前のめり気味に話しを聞く体勢になっていた私は、つい「そっちかあー!」と言ってしまった。
彼女は、はにかんで「そう。そっちなんだよー」と、息を吐きながら言った。その声には悲しい気持ちがたっぷりと含まれていて、ようやく彼女は自分の気持ちを吐き出せたように見えた。

彼女は三年付き合っていた年上の彼氏と別れることにしたのだという。これまでにも、何度か相談を受けていたし、大ゲンカをして、もう別れようとなったという話も何度か聞いた。けれど、その度に彼女の中にあったモヤモヤした悩みを彼に伝えることができたし、彼も彼女に対してガマンしていることがあり、ケンカをきっかけにお互いに理解できたとも言っていた。

もう、彼女と友達になって20年近く経つのに。
私は彼女のことを、よくわかっていなかったのかもしれない。いつも、前向きでバイタリティもあり、魅力的な彼女。色白で、笑顔が柔らかで、ちょっと麻生久美子さん似の彼女。優秀で、語学も堪能だし仕事もバリバリしている。けれど、彼女は、本当は安らぎを求めているのだろう。

彼氏の前ですら、我慢してしまうことが多くて彼女自身が安らげず、彼氏に合わせてしまうのだと、相談を受けるたびに話していた。
これまでに付き合っていた彼氏とも、ケンカすらしないで、別れ話になることもしょっちゅうだった。

だから。

今回の彼とは、ケンカもしたし、彼の前で素直になれる、自分を出せると言っていた彼女のことを安心してしていた。ようやく、彼女がゆったりとした気持ちで付き合える相手に出会えたんだと思っていた。

けれど。

付き合いが長くなるにつれ、彼女は、やはり彼氏の前で仮面をかぶってしまったようだ。そうして、じょじょに気持ちがうまく寄り添わなくなってしまった。

おそらく、彼氏が悪いわけでもないし、彼女が悪いわけでもない。ただ、お互いにちょっとずつムリをしながらも「いち、に。いち、に」と声を合わせて走っていたのに。どちらか一方が「いち、に、さん。いち、に、さん」の掛け声に変わってしまい、足並みが揃わなくなってしまったのだろう。
年を重ねていくごとに、いろいろなことを決めなくちゃいけない。決断のために、捨てるものもあるだろう。見て見ぬ振りをして、先延ばしにしたところで、いつかはパタンと幕を下さなくちゃいけないのだ。
彼女が選んだことは、まだ彼女自身を苦しめているかもしれないけれど。
また彼女の柔らかな笑顔とともに、素敵な決断を聞く日を楽しみにしていようと願う。

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