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疑ってかかるのも、必要なんだろうけど。

本人を確認するための証明書類、っていうものは、あらめて考えるとなんだか不思議なものだとおもう。

わたしはわたしである。それは確かなのだけど、証明しろといわれると、どうすれば「わたしはわたし」と証明できるのかが難しい。

父の葬儀が終わり、世帯主を母に変更する手続きをおこなったときのことだ。

母は運転免許証をもっていない。パスポートも持っていない。本人確認書類を提示してください、と様々な場所で言われるのだけれど、健康保険証一枚だけでは、本人確認の書類として役目を果たさない場合があるといわれていた。

確かに、健康保険証は写真の掲載がないため、「本人です」と言い張れば別人であっても使えるだろう。良い悪いは、別として。

健康保険証と、年金手帳のふたつで、自動車の免許証と同じ効力がある、といわれたのもびっくりした。写真って、それほどまでに信用できるものなんだろうか。メイクでがらりと顔つきがかわるし、「マスクをとってください」とまでは言われなかったけれど……。いまでは「マイナンバーカード」が、本人確認書類として、かなりの幅を利かせているらしい。

もっとびっくりしたのは、銀行で姉が体験したことだ。

ある程度の手続きを終えたので、「あとはまかせた」と、姉に託してわたしは神奈川の住まいに戻ってきた。

葬儀会社や父が入院していた病院への支払いなんかは、母もいるし、姉がきちんとしてくれる。

まとまったお金は定期預金にしている。そのため母の口座から定期の解約をおこなって、各所への支払いに充てなくっちゃいけない。母と、姉が一緒に銀行に行った。母は窓口で「定期の解約をお願いします」といい、そのそばには姉がぴたりとくっついていた。

銀行では定期の解約は行えたのだけれど、母の本人確認書類の提示だけでなく、姉までも本人確認書類を提示するようにと言われたという。娘です、と口頭で言うだけでは信じてもらえなかったという。

銀行の窓口のひとからは「介護の人とかが娘を装って、口座を解約させてお金を持って言った事例があるから」と説明されたらしく、姉は運転免許証を提示したという。

そんなことになっているんだ、世の中は。わたしなんかは、名字も違うし、住所も違う。母と一緒に銀行の窓口に行っても、娘と証明するものはなにもないのだ。本人たちが「この子は、わたしの娘です」「この人はわたしの母親です」といっても、信じてもらえないのだろう。どれほど顔が似ていても、それは証明としては成り立たない。

姉から一連の話を聞いてとてもびっくりした。「なんだか、世知辛い世の中だねえ」としみじみ言い合うしかなかった。

なんでも疑わなくっちゃいけないくらいに、ややこしい世の中なのだろうか? もっと簡単に、スマートに手続きなんかはできてもよさそうなものなのに。

虹彩だとか、指紋認証もあるけれど、指紋だって仕事によっては消えてしまうし。消えてしまったり、変えることができるものは、証明とは言えないのだろう。

わたしはわたしであるけれど、身をもって証明できるものは、なにひとつ持ち合わせていない。


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