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好きなだけで、最強だ。

楽しいとか、好きとか。そういった根本的な気持ちがないと物事を続けるのは苦痛でしかない。

好きことでお金を稼ごう、という言葉もよく聞く。けれど好きなことを仕事にしてしまうと、純粋な気持ちの「好き」は消えてしまうかもしれない。

夫は私と結婚して数年までは釣り具メーカーで働いていた。釣りが好きで、幼稚園くらいの夢が「将来は地球にやさしい釣り道具をつくりたい」というものだったらしい。卒業文集にもその言葉が残されているらしく、夫の実家に行くとその話を何度も聞かされる。

夫は幼稚園から憧れていた仕事をしていた。ルアー(魚を釣るときに使う疑似餌)の新商品を開発するという「好き」以外のなにものでもない仕事をしているときも釣りは好きだった。結婚してからもしょっちゅうに釣りに行っていた。

仕事も釣り、趣味も釣りだとしんどくないのか? と聞いたことがあるのだけれど、「釣りにはいろんな種類があるから、仕事とは違う分野の釣りに行くから大丈夫」といっていた。

ただ、夫は大好きな釣りの職場を辞めることになった。釣り自体は好きだ。けれど、小さな会社でみんな仲良くやればいいのに、派閥争いが生じていた。小さな会社だからこそ、派閥があるのか、そこは分からない。けれどそのいざこざに巻き込まれ、仕事に対して正当な評価をされなくなった。

そうして夫は体調を崩し、数か月会社を休んだ。復帰したけれど、やっぱり職場の環境が良くないし、一緒に働いていた人たちもほとんどクビ同然で辞めさせられたり辞職していた。復職して一年くらいは勤めていたけれど、やはり夫もやめることに決めた。

釣りの仕事を辞めてすこしのあいだ、夫は釣りの対する興味をなくしていた。釣り番組とかは見ていたけれど、休日の釣具屋さんめぐりとかはしなくなった。自分が開発に携わったルアーも売っているし、そのメーカーの名前を目にするのもうんざりしていた。また、同じ会社の人に釣り場で会いたくないといって、それまでよく通っていた釣り場にもいかなくなってしまった。たくさんある釣り道具も、すこし売り払ったり、処分してもいた。

ただ、それでも30年近くずっと好きでい続けた釣りを辞めることはなかった。釣り船の情報をネットで確認しては、「そろそろ釣れ始めているな」などと、ぶつぶつ言いはじめ、少しずつ釣り道具の準備とか、「ひとつ道具を買おうかな」といって、また釣具屋さんに通うようにもなっていた。

あれほど釣りを通じて嫌な思いをしたのに、好きなことからは逃れられないのだ。

夫の釣り熱はこの数年で完全に復活している。夏場は渓流釣りに没頭していた。ほと10月に入ってまだ10日もたっていないけれど、すでに4回も夜釣りに行っている。夕方に「釣り行きます」というLINEが入っている割合がたかい。

もっとも、一日中行っているわけじゃなくて、「釣れる時間帯」というのが一応あって、その2・3時間くらいだけに勝負をかける。一晩中釣りをしているからって、たくさん釣れるわけじゃない。また、魚がいる場所に投げないと、何時間やってても釣れるはずない。そこに魚がいるかどうかを見極めるのが肝心だという。

誰かがつっていたのに、オレだけ釣れなかったとか、そういうグチを聞くこともある。けれど、そんなことよりも「去年よりサイズアップしたい」とか、「今シーズンは満足したから、もう次の釣りにする」「クマが出始めて怖いからやめる」など、夫自身の指針があって、それだけに従っている。自分で選んだ好きなことをしているんだから、自分が決めて動いてるだけだ。

新しい釣りに挑戦するといって、なにやらいそいそと買い物もしていた。お金ばっかりかかるなあとぶつぶつ言っていたけれど、お酒をたくさん飲むわけでもない、タバコも釣り道具を買うからといって禁煙している。競馬とかのギャンブルにも一切手を出さない。髪を切るのすら、夏場はわたしがバリカンで刈っていて、床屋代は釣り道具貯金している。

釣りの大会に出て賞金を稼ぐわけでもない。ただただ、出費のみ。それだとしても、釣りが好き、心底魚に惚れているのだからしかたない。わたしに結婚を申し込んだ時ですら「釣りばっかり行くけどいい? 釣りバカ日誌の浜ちゃんみたいに」と言っていた。

わたしとしては、夫が好きなことばっかりに夢中になっていて寂しい、などと一切思わない。わたしはわたしで、好きなことをしている。今は文章を書くのが楽しい。(むしろ夫がいるとしゃべりかけてくるし邪魔でしょうがない)

ただ、文章を書くことに「楽しい」以外の感情、たとえば認められたいとか、誰かを見返してやりたいといった気持ちが入ってきてしまうと、途端にしんどくなる。しんどくなると楽しくない。

一時的にそういった気持ちにかられたこともあった。けれど、やっぱりそれでは事務的に書いているような気持ちになって、いらいらしただけだった。いまは、夫を見習って自分だけの基準(年に一回長編にチャレンジして、去年より多き文字数を書く、とか)にしたがって書いている。

何かを目指さなくっても、ただ好きなだけで十分だ。疲れたら自分のペースで休めばいい。嫌いになる前に。好きなことでお金を稼ごうというのもわからなくはない。けれど、ただ「好き」なことがある、それだけでも最強だ。お金を稼がなくっちゃいけないために、その気持ちを失うくらいならば、別の仕事をさがしたほうがいいのだと思う。





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