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アルゴリズムに逆らいたい

あなたの情報摂取源はどこですか。

SNSのタイムラインやキュレーションアプリ、ニュースサイトが無数にあるメディアの世界。複数の媒体を駆使している人もいれば、スマニューのトップだけを見る人もいるし、トラックの運ちゃんとかだったらラジオだけかもしれない。
日本語というニッチな言語だけでも1日に数百の記事が世に出されているのだから、私たちはそのすベてを満遍なく見ていくなんてことは到底できない。きっとする必要もないし。

アルゴリズムは、そんな情報過多の世界から自分にフィットした情報を選んでくれる魔法のような数学だ。
検索エンジンの表示結果はもとより、SNSのタイムラインは自分の親しい友人や関心を寄せている(とロボットが判断した)投稿を中心に並べて見せてくれる。言うまでもないだけれど、よくできている。
93年生まれの私ももれなく、その便利さをあたり前のように思っている。

だがその一方で、できすぎたアルゴリズムが時に邪魔だったりはしないだろうか。私は現在Twitterで350人くらいの人をフォローしているけれど、そのどれもが均等に出現しているとは思えない。30人くらいの人が代わり番こに登場しているような気がしている。本当はもっといろんな人の話を聞きたいのに、アルゴリズムが弾き出すメニューはいつも同じ人の、同じような投稿だ。

今回はインターネットメディアの、広くて狭い世界の話をしようと思う。どんなにSNSにかじりついたって、検索したって、自分の手足が届く情報はすごく限られているということを言いたい。そしてアルゴリズムに逆らった自由な情報摂取はどうやったらできるか、考えていきたいと思う。

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初めましての人に、筆者の自己紹介
マエ(前川有香)
1993年生まれの編集者・ライター。雑誌の編集プロダクションを経て、Webの制作会社に入社。暇があればブログを書いたり寄稿したりしている。Twitter : @ppyuukaqq

タイムラインに情報のプロはいらない

誰もが幅広く情報キャッチしなければいけないということではないのだけど、たとえばいまの小・中学性はSNSでしか情報収集をしないらしい。友達に近況報告をするためのツールではなく、情報摂取の基盤として利用しているのだ。

アカウントを持つ人は全員編集長みたいなもの。お気に入りのアカウントを集めて、タイムライン上にマガジンをつくる。その人たちにとって、出版社や新聞社、はたまたキュレーションメディアのような情報のプロは必要ない。
情報のプロに成り代る存在がアルゴリズムだ。フォローしている人に似たアカウントをリコメンドしてくれるから、ユーザーは飽きることなく、タイムラインを編集し続けられる。

好きな情報に囲まれて生きるのは、一見して幸せなことだ。自分にとってのノイズを極力なくし、ある意味で専門性の高い人間が出来上がっていく。
このとき奪われるのは、「偶然」だ。

故人の蔵書室を訪ねたときに聞いた言葉で印象的なものがある。「インターネットがないころ、若い人は、悩んだ時に本のなかに答えを探していた。本との偶然の出会いが、ふいに、答えをもたらしていた」

SNSがなかった時代には、情報は誰にとってもフラットだった。「情報格差」とか呼ばれていたリテラシーの違いはあれど、触れている情報の種類は同じだったのではないだろうか。
全員同じプールのなかで、お気に入りの色のビー玉を探すしかなかった。そのプールでは日常的にノイズに触れざるを得なかったからこそ、逆に手を伸ばしやすかったといえる。

現代のSNS社会、あるいは検索という行為が捜し物の主となった社会では、偶然の出会いがあまりにも少ないと思う。

新聞紙のような、見開きが足りていない。街中の掲示板のような、カオスが足りていない。
私はフラットに情報が並べられている場所を求めて、しばしば本屋に行く。背表紙を眺めにいくのだ。自分にとってどうでもいい情報が書籍として店頭に並んでいるのを見ると、自分が普段どれほどの物事をスルーしているか思い知る。

amazonを本棚がわりにしている人もいると思うけれど、amazonがオススメしてくれる本は、私が好きそうな本、ではなく、私が普段触れている情報に似た本だ。好きなものは、自分で決めているのではなく、アルゴリズムが決めてくれている。

だから、「なにが好きなの?」「なにがしたいの?」と問われても、意気揚々と答えられない。他人のことをいってるのではなく、私自身がそうだ。
情報が少なすぎて選択肢が無かった時代とは逆で、提案されることに慣れすぎていて自分で考えられないだけなのだ。


予測変換が私の言葉を作る

少し話がそれるけれど、狭まっているのは情報摂取のフィールドだけではない。発信側も然りだ。

スマホで文字を打つと予測変換が出てくる。手慣れたデジタルネイティブは表示された選択肢のなかから言いたいことに一番近いものを選び、呟きやメッセージを送信する。この時私たちに渡されているのは白紙の紙とペンではなく、チェックボックス式の回答用紙だ。
おきまりの字面でコミュニケーションを取っているわけだけど、ガラケーを持ち始めたころにはすごく違和感があった。いまや当たり前になりすぎて日常的にはなにも思わないけど。

TwitterのリツイートやPinterestのピンなんかもそれで、自分のアウトプットじゃないものを誰にともなく発信している。
リツイートをしあうことで、ネットの中に界隈性が生まれ、フォローしたインフルエンサー界隈の情報でタイムラインが埋め尽くされていく。

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私たちは、こんなに狭い世界で、少ない選択肢だけを見て暮らしているのだ。インターネットは本来極限まで広い世界だから、見ている世界が全てだと錯覚してしまいがち。でもそれこそが、確証バイアスが見せる架空の世界だ。もし今、狭いSNS社会で思うように生きられないと感じている人がいるのであれば、私は言いたい。その世界は、実物のほんの一部だと。「自分はできない」なんて思わなくていいんだよ伝えたい。

アルゴリズムに逆らうには

こんなことを昨日の夜ずっと考えていたから、なんだかすごくウズウズしていろんなメディアを漁っていた。
名もない編集長が小さく運営している媒体、「個人メディア」と呼ばれているが、そういうものですごく面白い切り口で情報を発信している人たちがいる。彼ら、彼女らに出会うのも、意図的に手を動かさないと不可能だ。

そういう、ZINE的なメディアの入り口をもっと広げることはできないだろうかと考えた。その点についてはこの記事を最後まで読んでくれた人に問いたい。そういうの要りますかって。

すぐにできる脱・確証バイアス

私が実践している、本屋の背表紙を眺めるという行為は非常におすすめできる。本屋は気軽に入れるし、しかも、無料だ。

私はなぜこんなに情報とかメディアとかっていうテーマが好きなんだろう。そのことについても、いつかnoteで掘り下げて生きたい。

読んでくれて、ありがとうございました。

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あなたのおかげで次の原稿が書ける!また読んでくださいね。
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まえかわゆうか / 編集者

プロフィール画像ほど激しくもない25歳です。とんがりコーンは一度指に差してから食べます。

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コメント3件

記事楽しく拝見しました。
500文字しか書けなくて、
感想収まりきらなかったのでメッセージで送らせてください笑
別のインターネットに行くって手はどうでしょうか。PTTやVK、百度や韓国のBBSなど。
>クマシロさんコメントありがとうございます。よいと思います!能動的に獲りにいくという行為そのものに意味があると思います。ただ、言語さえも違う界隈を覗くというのは、結構なモチベーションが必要そうですね笑
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