スクリーンショット_2019-05-18_12

【vol.004】 鬱に追い込まれるまでの状況②

薬事法、刺されるまで全力で突っ走る

この事業を推進するうえで、私にとって悩ましい障壁がありました。それは「薬事法」です。「薬事法」と言われる法律は化粧品や健康食品などを販売する際に、非常に重要、かつ面倒な法律で。


父親が開発した蒸留木酢液「爽美林」は、確かに姉のアトピーを改善させました。また、インターネット通販で全国のお客様から引き合いがあり、後述しますが、アトピーだけでなく特に「水いぼ」に対する効果が抜群で、後に同商品のレビューは100人以上からの評価で、5点満点中4.95という高さを誇ったほどです。


ただし、この蒸留木酢液「爽美林」は医薬品ではないため、「治る」なんていう表記をして販売することは薬事法上NGです。

株式会社M&Gに転職した当初、この販売方法で父と揉めました。それまでファンケルの社員として、法令遵守の意識が強かった私は、薬事法に従い、ウェブサイトなどの表記を改めるべきだと主張しました。しかし、当時社長であった父親の方針は真逆で、「効果を言わなければ顧客に商品の良さが伝わらないから、このままいくしかない」というものでした。


確かにその言い分もわかります。大企業と異なり、知名度が皆無に等しい零細企業にとって、商品の強みを隠した宣伝なんて誰にも何も伝わらないでしょうし。

そこで、当面は、事実は事実のままお伝えしようということで、ひとまずいただいたお客様の声やレビューはそのままウェブサイトに掲載し、もし行政から何か言われたら言われた通りに是正しようという方針が決まりました。


一度方針が決まれば、あとは突き進むのみ。行政に刺されるまで、全力で突っ走ってやろうと考えました。やんちゃでした。




感謝の定量化

私はこの「爽美林」の販売戦略を練るにあたって、過去のお客様の声のその全てに目を通してみました。すると、先ほども述べた通り、「水いぼに効いた」というお声が散見されました。調べてみると日本には「水いぼ」の特効薬がないようで、


「息子が水いぼに罹って、皮膚科でピンセットでつまみ取られ泣き叫ぶ姿を見ると、私の心までが痛んで・・」


という悲痛なお母さんの声もありました。そこで、思い切ってターゲットを

「お子さんの水いぼでお困りのお母さん」

というニッチなところに絞り、訴求することにしました。ニッチだけどお困り度合いは高そうだったので、ビジネスチャンスを感じました。



元々は姉のアトピー性皮膚炎をどうにかしたくて開発した父親からすると、「爽美林」はアトピー対策というイメージが強く、ターゲットを水いぼに絞ることには大反対されましたが、現実的に「アトピー性皮膚炎」だとライバルが多すぎて、ネット広告を出しても広告単価が高くて割に合いませんでした。

だから零細企業は「水いぼ」に絞り込む(ランチェスター弱者の戦略)くらいニッチが分相応なんですが、父親には理解してもらえない。


そこで、口説き文句を考えました。「水いぼ」はウィルス性の病気で、お肌のバリアが弱いと侵入されやすい。となると、アトピー性皮膚炎や乾燥肌になってお肌のバリアが弱い人ほど罹りやすい病気とも言えるので、「水いぼ」退治をしながら、アトピー性皮膚炎の対策もできることを実感してもらえたなら、水いぼが治った後でもリピートしていただける可能性が上がるはずだ、と伝えました。



入り口は水いぼ、リピートはスキンケア。

その戦略はハマり、売上は伸び始めました。一般的なネット通販の成約率(サイトに訪れた人が商品購入までたどり着く率)は、1%もあれば上出来だと言われている中で、私が作った販売サイトの成約率は常時20%を超えていたので、その後の伸びも爆発的でした。


面白かったですよ、自分の頭で企てたことを実現させて、それがヒットし、お客様に感謝され、売上も上がっていく時は。ウェブサイトへの訪問者が徐々に増え、売上が上がっていく様子を解析ツールを用いて眺めている時なんてワクワクしましたね。さらにお客様とのコミュニケーションを密にして、水いぼの情報をいただいたり、自社サイトの問題点を指摘してもらったりして、事業をどんどんブラッシュアップしていきました。


それまで実家の一角を使って行なっていた出荷作業も、自分たちだけでは回らなくなり、新たにスタッフを雇い入れました。またスタッフの人数が増えていくと作業場が手狭になったので、新たに事務所も建てました。どうみても右肩上がりです。



ところが、です。
正直申し上げて、それでも私は安心感を得ることはできませんでした。


これはネットビジネスの盲点なのかもしれません。売上は伸びて顧客満足度は高いのに、私は安心できない。それは恐らく、会社と顧客が対面でコミュニケーションをとっていないからだと思っています。

顔が見えない相手と、どこまで信頼を深めることができるのか。当時から手紙を同封したり、うちの畑で採れる野菜を商品に同梱したりするなど、ネット通販の中でも信頼関係を築くためにできることはしてきたつもりですが、それでもやはり対面でないことの不安感を埋めるまでには至りませんでした。顧客と繋がっているようで、繋がっていない感覚。心を掴めているかわからず、いつか顧客が離れていくんじゃないかという不安が付きまといました。


そういえば、後に地方創生の仕事で関わっていた兵庫県朝来市の地域おこし協力隊のNさんが、こんなことをおっしゃっていました。


栃木県で東日本大震災に被災した時、ライフラインが止まった中で、同じアパートに暮らす人たちと協力しながら、最低限の譲り合いはできた。しかし、普段からコミュニケーションを取っていない近隣の人たちの存在が心の支えになったかというと、あんまりならなかった。だから、コミュニティの団結力の高い朝来市に移住してきた


ネットビジネスにも、なんかそれに近いものがあるのかもしれません。お礼の手紙100通よりも、1人の人と対面で対話する方が、心を潤してくれるという感覚がありました。



そうして、顧客の感謝を定性で測れなくなった私は、定量に舵を切り出しました。感謝の定量化、つまり、数字(売上)を追ったのです。


そこからは売上が上がれば感謝されているんだとの認識が強くなりました。もちろん顧客からの手紙やメールなどは全て目を通していましたし、可能な限り返信もしていましたが、数字の方が私の心を動かしていたように思います。もうちょっと正確に言うと、人との確かな繋がりに飢えている心を、無理やりお金で満たそうとしていたのかもしれません。お金では満たされるはずがないのに。


だから右肩上がりで成長を続けたその頃は、成長至上主義とも言える感覚になっていました。成長していればなんとかなるだろう、と、数字で不安を取り除く状態でした。足元を見ず、上ばかり見ていました。でもそれでも心は満たされないもんだから、理想は青天井で高まり続けました


こうして自社ブランドの「爽美林」は、入社後2年を経過した頃には、以前の10倍以上の売上を記録するようになり、数字だけは立派になりました。


そしてその実績を以って、そのタイミングで父親から会社を事業承継することになりました。2011年のことでした。


この頃は、

「俺が会社に入ってから、売上が増えた、スタッフも増えた、事務所も建った。やっぱり俺はやればできる男だなー!」

と、不安をかき消さんとばかりに万能感でいっぱいになっていたように思います。たいした実力もないのにねー。



バカでした。




===

この記事を書いている前川のツイッターアカウントはコチラ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?