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岡村ちゃんだから、聞けることがある。 〜『あの娘と、遅刻と、勉強と 2』についての、個人的なあとがき〜

岡村靖幸『あの娘と、遅刻と、勉強と 2』が本日発売されたので、対談司会・本文構成の担当として、あとがき的なことを書いてみたい。

前作『あの娘と、遅刻と、勉強と』が出たのが4年前の2015年。テレビブロスの同名連載が始まったのが7年半前の2011年秋。そんなに経つかー。2011年の夏にスペシャ主催のフェス「SWEET LOVE SHOWER」に岡村ちゃんが出演することになり、そのフェスの特集記事として岡村ちゃんといとうせいこうさんの対談をやったところ非常に好評で、「じゃあ連載やりましょう」という話に発展し、この企画がスタートしたのだった。

毎回どんな感じで対談をやっているか、ちょっと書いてみますね。

対談相手が決まると、俺が過去の雑誌記事や書籍などを集めて送る。送ったあとに岡村ちゃんから「こういう資料があるはずなんだけど、入手できますか?」とリクエストが来るときもあるので、それも入手して送る。資料は自分用のコピーを取り、自分でも予習しておく。

対談当日。対談相手はだいたい取材開始直前にスタジオに来るのだけど、岡村ちゃんは早めに来て着替えたりヘアメイクをしたりする。で、俺は控室に行って、ヘアメイクをされてる状態の岡村ちゃんと打ち合わせをする。打ち合わせというか、どんなことを聞こうと思っているのか、お互い用意した質問を披露しあうのである。「それいいね、絶対聞こう」「それは他のインタビューでも話してたからいいんじゃない?」とかなんとか言って。

岡村ちゃんと相手の対談なんだから、俺の質問なんて別にいらないような気もするのだけど、連載が始まったときからこのスタイルが続いている。ずいぶん前、本人に「岡村さんの対談だから、僕の質問が入ると余計だったりしないですかね?」と聞いたら、首を振りながら「そうじゃない」と言われたことがあった。意図的にあまり口を出さないでいると、終わったあとに「どうしたの? 今日あんまりしゃべんなかったね」と言われたこともあった。たぶん「1対1の対談」という形式よりも、二人がかりで「相手からいかにしていろんな言葉を引き出すか」のほうに重点を置いてるんだと思う。バットマン&ロビン的な感じか。

対談はスタジオのソファに座って行なうのだけど、岡村ちゃんは時々ソファに座らず、地べたにあぐらをかいて座るときがある。俺もそれに付き合ったりする。対談相手までそれに付き合う必要はないのだけど、宇多丸さんはそれを見て、「おっ、おおう……それなら俺も!」と言って一緒にあぐらをかいていたと思う。男3人があぐらをかいて、真ん中のテーブルにはお菓子が置いてあったりして、「なんか大学生の家飲みみたいな構図だなー」と感じたのを覚えている。ソファの座面がけっこう沈み込むタイプでケツが安定しないので、それを嫌がって地べたに座るんだろうと思っていたのだけど、もしかしたら岡村ちゃんはアットホーム感、それこそ本当に「大学生の家飲み感」を醸し出して話しやすい雰囲気を意図的に作っている部分もあるんじゃないかと俺はにらんでいる(もちろん本人に直接その意図を聞くこともできるのだが、こういうことはストレートには答えてくれないと思うので聞いていない)。

岡村ちゃんはiPhoneにたくさんの質問をメモって来ているのだが、いきなりそれを聞くパターンはそんなに多くはなく、出だしは俺が質問を入れたりしながら、岡村ちゃんが自分の質問を聞き出すのを待つ。アイドリング的な時間が必要なのかもしれない。

この連載や、あるいはGINZAで連載していた『岡村靖幸 結婚への道』でも、「岡村ちゃんはインタビューがうまい」という認識が定着しているけれども、同じ現場を経験している俺もやはり同じことを感じている。その理由はいくつかあるのだが、大きなものとしては、岡村ちゃんはとにかく動じないのだ。

仕事でインタビューを経験した人間ならわかると思うけど、相手が黙っている「間」ってものすごく怖いのである。無音の時間が10秒続くだけでもすごいプレッシャーを感じる。その間は本当にしゃべることがなくて黙っている間だったり、次に言うべきことを熟考している間だったりして、どっちのタイプの間であるのかは黙っている本人にしかわからない。その間を怖がって、パッパッパッと矢継ぎ早に言葉を繰り出すインタビュアーもけっこういるのである。あるいは、揮発性の強い盛り上げトークをかますとか。インタビューは盛り上がるに越したことはないけれど、盛り上がるのが絶対にいいかというとそうではなく、いざ文字に起こしてみたら全然大したことないやり取りもけっこうあるわけです。

岡村ちゃんは言葉を待つことができる。そして、待つことができるからこそ引き出せる言葉というのがある。今作だとMIKIKOさん(前作だと大貫妙子さん)がそういう感じなのだが、いろいろと熟考しながらポツリ、ポツリ、ポツリ、と水滴が長い時間をかけて軽石を穿つように言葉を出すタイプの人がいて、そういう人の言葉は待てるインタビュアーじゃないと十分に引き出せない。現場の雰囲気は、表面的にはシーーーーーンとしているけれども、文字に起こしてみるとズッシリとした手応えの言葉だったりする。

もう一つ感じたのは「岡村ちゃんだから、聞けることがある」ということ。

どんなにインタビュアーが頑張って予習をしても、「クリエイターのことはクリエイターにしかわからない」みたいな部分というのはたぶんある。そこへいくとインタビュアー岡村靖幸は自身がクリエイターであるから、ごく専門的なことであったり、制作の上で苦労しやすいところなども体感的にわかっていて、他のインタビュアーだと聞けない質問をできたりするし、そこにクリエイター同士の「共感」みたいなものが生まれたりもする。なんならその共感は、なかなか自分のことを語りたがらない岡村ちゃんに自身の創作について語らせるトリガーにもなったりする。

「岡村ちゃんだから、聞けることがある」にはもう一つの意味があって、まったく同じ内容の質問でも、他の人が聞くのと岡村ちゃんが聞くのとでは全然違ってくるということがある。具体的に言うと、今作での小山田圭吾さんとの対談。あの終盤で放った質問こそ、「岡村ちゃんだから、聞けることがある」の一つの大きな例だし、小山田さんも「岡村ちゃんだから」答えてくれたようなところがあるように感じる。

と、かように岡村ちゃんはすぐれたインタビュアーではあるのだけど、しかし一方でなかなか自分のことは語りたがらない。みんなすでに知ってると思いますが。

かつて、いとうせいこうさんが岡村ちゃんについて「この人は自分が質問されないために質問しているわけだから」と評していたのは本当に慧眼で、そのために俺がいるという部分もあるんじゃないかと。相手のコートに次々にサーブを打ち込み続ける岡村ちゃんに、「その質問、あなたの場合はどうなの!?」と審判席からサーブを打ち込むような感じ。もちろんそのまんま答えてくれるとは限らないのだけど、それでも「行間を読む」くらいの材料にはなっているんじゃないだろうか。

いろいろ書いてみたけど、本編の対談を読まないと何言ってるか伝わらないと思うので、とにかく岡村靖幸『あの娘と、遅刻と、勉強と 2』読んでみてください。前作『あの娘と、遅刻と、勉強と』も未読の方はぜひ。
(本には収録されていないけど、テレビブロス本誌の対談では脚本家・坂元裕二さんとのシリーズが掲載中です)

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