#難民アートプロジェクト 故国喪失者の声を響かせる〈第1回〉プロローグ #雑誌KOKKO

西 亮太

故国喪失とは、人間と生まれ育った土地との、自己とその真の故郷とのあいだを、力づくで引き裂く癒しがたい断絶である。この別離に伴う悲しみを乗り越えることなど決してできはしない。 エドワード・W・サイード「冬の精神」

Murtaza Ali Jafari《結び目》

2018年4 月13日、茨城県牛久市にある入国者収容所東日本入国管理センターに収容されていた男性の一人が自殺を図り、後に死亡が確認された。32歳だった。
これに引き続き、収容の長期化と不適切な待遇の改善を求めて70人近い被収容者がハンガーストライキに入った。この事件はツイッターやSNS で広く拡散されはしたものの、AFP通信社など一部を除けば日本のメディアで大きく取り上げられることはなかったし、広く一般的な議論となることもなかった。繰り返される長期収容や強制送還、仮放免申請の根拠不明確な棄却など、日本の入国管理政策の是正を訴えた静かで非暴力的ではあっても文字通り命がけの訴えを、日本のメディアは、そしてわたしたちは事実上、黙殺したのだった。
その圧倒的な大きさとたたずまいで有名な牛久大仏からほど近いところに「入国者収容所東日本入国管理センター」はある。通称で「牛久入管」あるいは「牛久収容所」とも呼ばれるこの施設には、正当かつ合法的な滞在理由がないと見なされ、「退去強制事由に該当すると疑う相当の理由」があるとされた「容疑者」たちが収容されている[入国管理局のホームページから]。そういった人々の多くが難民申請中であり、時には10年にわたる審査期間を生き延びるために仮放免手続きを行っている。先ほどの男性も同様に難民申請中であり、彼の自死は求めていた仮放免の棄却が大きな原因となっていたとも報道されている。[AFP 通信「牛久入管収容所で印人男性自殺、長期収容など懸念再燃」

牛久入管に行きついた人々の背景も事情も様々であり、また日本の入国管理システムも複雑でこれまで多くの問題を抱えながらも変化してきてはいる。だが難民申請中に仮放免申請が棄却されたことが引き金となって一人の男性が自死してしまったこと、そして牛久に限らず入管センターが被収容者の待遇面で問題を抱えていることも、そしてこれが国内外から長期にわたって批判され続けているのにも関わらずひろく世論を喚起することなく、よって大きな改善がなされていないのも、また事実だ。さらに付け加えるのであれば、彼の自死が初めての事例でも例外的な突発的事例ではないこと、被収容者が必要とする医療サービスが提供されないなどの深刻な人権侵害が継続されていること、そして長期収容という精神的身体的苦痛でもって帰国を促すような政策が長きにわたって続けられていること、これもまた事実だ。こういった状況を変えるのは簡単ではないし、その「解決」については到底、一筋縄ではいかない。
だがまずは多くの人に関心を持ってもらい重大な問題だとの認識を持ってもらうことが大切だろう。

Murtaza Ali Jafari《斧》

この連載では、オーストラリアの難民政策とともに現地でのある取り組みを紹介することで、日本の状態について考えはじめるきっかけを提供したい。オーストラリアといえば、一般的には人権先進国というイメージが強いかもしれない。もちろんある部分については世界をリードする先進的な政治や市民活動が行われている。だが次回説明するとおり、別の側面、とりわけ難民政策については大きな問題を抱えている。それでもオーストラリアではそういった状況を良しとしないNGO や市民の活動が根付いている。この連載ではこういった活動の中から「難民アートプロジェクト」と呼ばれる、芸術家を中心に結成された運動とその成果を紹介していきたい。シドニーを拠点とするこのプロジェクトは、近郊の収容施設や地域コミュニティを訪れて被収容者や難民と芸術作成を行い、それを自主制作の冊子(zine)として発刊したり展示会などの企画を開催することで、被収容者らの精神的ケアを行うとともにこういった人々の存在と問題を広く訴えている。
今回と次回では「難民アートプロジェクト」作成の冊子の中から、タリバン圧政下のアフガニスタンから逃れてきたある男性の作品を取り上げたい。難民として庇護をもとめてオーストラリアにやってきた彼は、複数の収容所に何年にもわたって収容され、その後「コミュニティ拘置」と呼ばれる措置を受け、地域の中で生活している。ときに力強く時に繊細な彼の絵は、ただの数字や「難民」というカテゴリーを越えて、ひとりの人間として見る者に迫ってくるはずだ。
パレスチナ出身の文学批評家エドワード・サイードは、「冬の精神―故国喪失の生についての省察」と題されたエッセイで故国喪失の苦しみと悲しみを「決して乗り越えることはできない」ものだと吐露している。
だがサイードの力強さはこの苦しみとともに生きながらも、それを批判的意識の端緒とし得ているところにある。乗り越えることはできなくてもそれとともに生きることで強靱な思考の強度を得ているのだ。しかしながらわたしたちにとって重要なことはその先にある。サイードはこの故国喪失を批判的思考の条件とみなしつつ、同時に、じっさいに故国喪失の経験をせずともわたしたちが安住するマジョリティとしての思考から離脱し「周辺的存在」になりうると、いやそうあらねばならないと論じているのだ。彼はそれを「権力にたいして真実を語る」と表現する。
わたしたちが「周辺的存在」になるには強く確固とした想像力が必要だ。
これから紹介する作品はそういった想像力を与えてくれるものだと信じている。

西 亮太(にし りょうた)
中央大学法学部准教授。ポストコロニアル批評。

Murtaza Ali Jafari(ムルタザ・アリ・ジャファリ)
アフガニスタン出身。ハザーラと呼ばれる少数民族であり、タリバンによる圧制から逃れるために難民となった。

難民アートプロジェクト Refugee Art Project
シドニーを拠点にして、芸術家らを中心に2011年に立ち上げられたプロジェクト。シドニー近郊のヴィラウッド移民収容施設を中心に、近隣の難民コミュニティを回りながら、難民や庇護申請者らとともに芸術制作を行っている。今回の連載はこのプロジェクトの協力により可能となった。団体のホームページは現在休止中だが、フェイスブックページは見ることができる。https://www.facebook.com/TheRefugeeArtProject/

掲載誌 『KOKKO』33号(2018年11月発売)
[第一特集]  政治と行政をチェックする方法
[第二特集]  科学技術の衰退を止められるか

Murtaza Ali Jafari《引き裂かれて》

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