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国家戦略特区の何が問題なのか? ― 加計学園問題とかかわって 後半 #雑誌KOKKO

『KOKKO』26号掲載の恒川隆生さん論考を公開いたします。(前半はこちら

3 国会審議の経過と国家戦略諮問会議のルール運用の実態
⑴ 法律制定前から、同特区自体の制度設計、例えば「地域の選定基準や地域の設定のあり方を含む制度設計全般」をすることもWGの役割と認識されていた*15。また、国家戦略特別区域諮問会議運営の原則、規制改革事項メニュー追加への対応などもそこに加わる。こうして、同特区の設置を促し、そのほとんどの仕組みと運用ルールのお膳立てをしてきた産業競争力会議とWGから、それぞれ2 名の民間議員が、2013年12月に発足した国家戦略特別区域諮問会議(以下、諮問会議という。)の有識者議員に任じられたのは、あらためて各機関相互の一体性を明らかにするものである。
⑵ ところで、諮問会議は(実質上はWGの段階から)、特区制度運用の原則に係る検討を行ってきた。国家戦略特区法上、諮問会議には以下の広汎な関与権が与えられている。特区区域指定に関する政令制定・改廃に際しての意見(法2 条5 項)、特区基本方針案の作成に際しての意見(法5 条3 項)、特区における産業の国際競争力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成に関する方針(以下「区域方針」という)を定める際の意見(法6 条3 項)、特区における産業の国際競争力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成を図るための計画(以下「区域計画」という)を作成し、内閣総理大臣の認定を申請する際に、内閣総理大臣が求める意見(法8 条8 項)、及び諮問会議がつかさどる事務の事項に関する調査審議、必要があると認めるときに内閣総理大臣及び関係各大臣に対して述べる意見(法30条8 号)などである。
そこで、このような諮問会議の運営に関わって、特区基本方針に盛り込むべき特区制度運用の三原則と、運営に係る基本的な事項に着目したい。
前者については、国家戦略特別区域基本方針(閣議決定・2014年2月25日)に規定がある。すなわち、ア)情報公開の徹底を図り、透明性を十分に確保すること、イ)スピードを重視し、法第29条に基づく諮問会議、法第7 条に基づく国家戦略特別区域会議及び国家戦略特別区域担当大臣の下に設置するWGの相互間の連携、国家戦略特別区域諮問会議令で定める専門調査会の活用等により機動的運営を行っていくこと、ウ)PDCAサイクルに基づく評価を行い、評価に基づき国家戦略特区の指定の解除も含めた措置を適切に講ずること等により、特区間の競争を促進すること、と定められている。一見すると、これらの項目は、諮問会議の公正な運営を目途として定められたように見えるが、本来、国家戦略特区法が基本方針に定めるものとした事項に、かかる諮問会議の特区制度運用原則は含まれていない(法5 条2 項参照)。むしろ、この三原則はWGないし諮問会議側が策定を望んだものであり、その趣旨は、①「スピードを重視すること」であって、そのためにWG、区域会議、専門調査会などとうまく連携することが必要であるという点にある(上記イ)。加えて、②特区は選ばれたら安住してしまうのではなく、評価をし、成果の不十分な特区は、指定を解除するなどの仕掛けによる競争の導入が必要と考えるのである(上記ウ)*16。
他方、情報公開については、今日の行政活動にとってその意義は疑うことができないものであるが、国家戦略特区法自身は関係規定を置かず、「〔諮問〕会議の組織及び運営に関し必要な事項は、政令で定める」(法36条)とする。ただし、この政令は存在しておらず、諮問会議自らの運営規則にその扱いは委ねられている。運営規則によると、議事要旨は「速やかに」作成し、開催日の翌日から起算して3 日以内に公表するよう努める(規則7 条)こと、議事録は、作成し、「会議に諮った上で、4 年間を経過した後に」公表するが、「我が国の利益に重大な支障を及ぼす恐れがある場合には、議長が会議の決定を経て当該議事録の全部又は一部を非公表とすることができる」( 8 条)とされており、非公開を可能とする広い判断の余地が残されている。
さらに、基本方針における「情報公開の徹底」をつうじた透明性の確保(上記ア)には、二面性がある。その一つは行政担当者等との議論経過・内容を公開することで相手におかしな議論をさせないようにすること、もう一つは、「一部は、我々が、これは公開しないようにしようということで決めたらば、なるべく外にもれないようにした方がいいということもある」*17という留保付き原則である点である。したがって、運用三原則は、もともと諮問会議の公正・中立確保を目的とするものではありえないと評価せざるを得ない*18。
以上のような情報公開に関する仕組みの運用過程で上記「使い分け」が実際に行われた事例が、2015年6 月5 日開催の愛媛県・今治市提案「国際水準の獣医学教育特区」に対するWGのヒアリング議事要旨問題であった。終了後に公開された議事要旨には議事内容に対する愛媛県職員からの非公開希望発言と、加計学園が設置する千葉科学大学の教員の出席・発言が記載されていなかったが、その事実がのちに発覚したものである。WG座長は、2017年8 月6 日に記者会見を開き、議事要旨の公開に当たり内容を調整したとしつつも、この経緯が知られることとなったので、4 年を待たず議事録も公表することにしたこと、しかし、加計学園関係者は正規のヒアリング関係者ではないので、その発言は公式ではなく、今後議事録にも記載しないことを表明した。このような運用は、運営規則及び基本方針からみても、その規定に対する自覚及び公正・透明性の確保という制度趣旨が全く浸透も徹底もされていない現実を露呈している。
⑶ 次に、諮問会議の運営に係る基本的な事項として、基本方針には「調査審議の公平性・中立性を確保」への言及があるが、いうまでもなくこれは加計学園獣医学部新設問題に直接関連する。基本方針の記載は、「諮問会議に付議される調査審議事項について直接の利害関係を有する議員については、当該事項の審議及び議決に参加させないことができること」のみであり、これをどのような基準で判定するかの細目規定は他に置かれていない。また、その規定目的も、諮問会議における調査審議が公平かつ中立的に行われるよう「留意」することにあり、きわめて微弱なルールでしかない。裏返せば、加計学園は諮問会議議長である安倍総理の友人の学校法人であったために、ようやく会議の中立・公正の度合いに注目されることが可能になったともいえる。
運営規則は、「会議は、その決定するところにより、会議に付議される事項について直接の利害関係を有する議員を、審議及び議決に参加させないことができる」( 4 条)と定めるが、ここでは「直接の」利害関係という用語に含みがもたされた解釈余地が生まれることになろう。
⑷ ここで、この問題に関する国会審議にふれておきたい。国家戦略特区の法案に対する姿勢は、連立与党はもちろんのこと、民主党、日本維新の会、みんなの党揃って特区制度の目的に賛成であり、さらに促進しようとするものであった。衆議院では与党を含む4 会派共同提案で法案の一部修正議決が行われたが、それも特区の運用をあと押しする内容であり、内在的な批判の視点は全く見当たらない。しかし、さすがに国会の法案審議過程でも、諮問会議の中立・公正の担保がされているのかを論点とせざるを得なかったが、加計問題が生じたことでこの危惧はまさしく現実として証明されたことになる*19。例えば、衆議院内閣委員会では、諮問会議議員の人選に関して、従前、労働規制の大幅緩和を主張する人材派遣会社会長(竹中議員)が予定されていることへの強い疑問(11月13日、14日)、諮問会議における民間有識者議員の調査審議への非関与判断に際しての「利害関係」の解釈いかん(11月15日)等の質疑がされているが、政府からの明快な回答は行われなかった。その(*19にある新藤大臣の発言)趣旨は、「特区諮問会議の……公平性、中立性に疑念を生じること…がないように、そういう方については、特定の課題については議論に加わっていただかないようにするという意味」であり、「個別に、派遣業のというような御指摘……、これは、特区の中で……、個別の雇用の問題だけを取り上げる特区というものがあるわけではなくて、国、地方、民間が一体となってやるパッケージとしての事業というものを当然想定しておる……、それの中での、例えばどういうところを選ぶのかという指針、それから実際に指定をする場合の特区の指定といったところについて、諮問会議においていろいろ御意見を伺う」わけで、「個別の事例ということについては少しお答えがしにくい」が、「例えば個別の地域に利害を持っておられるとか、そういうような場合というのは格別、そうでない場合に、例えば企業経営者かどうかというようなことは、ちょっとこの場でお答えするのはふさわしくない」(川本政府委員)とのらりくらりとした逃げの姿勢に終始した。
⑸ 以上検討したように、諮問会議の運用に関するいずれの原則ないしルールについても、その趣旨を踏まえた厳格な適用は会議関係者等には意識されず、その帰結として、まさしく加計問題が表面化したのであるが*20、その外の理由も挙げることが許されよう。
例えば、諮問会議側は「国家戦略特区」に入れ込む追加事項を強く欲したにもかかわらず、それに適合する事業が思ったほど提案されてこなかったことが想像できる。そうであれば、諮問会議も規制改革会議と同様の現実に直面したことになる。そのためでもあろう、政府は特区第一次指定6 区域(東京圏、関西圏、新潟県新潟市、兵庫県養父市、福岡県福岡市。北九州市、沖縄県))以降、2015年3 月19日に第二次指定3 区域(秋田県仙北市。宮城県仙台市。愛知県)、12月15日に第三次指定1 区域(広島県・愛媛県今治市)を加えた*21。次第に区域は増加・拡張し、提案内容もビジネス環境創出から、将来の新事業シーズへの期待値に依存するものへの変化が見られるのが一つの特徴といえる。なお、広島県・今治市提案については、前者の「ドローン実証事業特区」「ビッグデータバンク創造活用特区」と併せて後者の「国際水準の獣医学教育特区」を指定しており、双方の接合性が欠けたままでの唐突な特区指定は数合わせの印象を免れない。

4 おわりに
本稿では、国家戦略特区諮問会議発足以前からの、特区をめぐる政府関係者、民間の有識者等の思考、発言、行動を対象に簡単ながら検討を行ってきた。そのため、特区指定された区域や提案された事業の内容に対する分析、経済成長を目的とする特区制度の効果についての検討等には全くふれることができていない。今後、この側面からの研究がいっそう望まれる*22。
最後に、特区に限られないが、今般の政府による成長戦略として経済活性化のために規制改革を進めることから諸種の政策を組み立てることの問題性を繰り返し指摘したい。デフレ・円高脱却と称して、投資を活性化し、物価上昇を見込むというとき、その裏面にあるのは、「政府がどれだけ所得の分配を繰り返しても、持続的な経済成長を通じて富を生み出すことができなければ、経済全体のパイは縮んでいってしま(う)」(安倍総理大臣の第183回国会所信表明演説)という思考である。ここでは、目の前の国民生活で激増している貧困・格差問題は全く棚上げされている。税制のあり方についての方向性も、消費増税ありきで、これまでの増税分は企業減税とバーターの関係に置かれてきたといえる。また、これらを別としても、成長戦略として採用された政策が、特定の企業や分野を潤すだけで成長につながる保証すらないが*23、この点もまた棚上げしたまま、特区制度が利用されていくとおそれがきわめて強い。加計問題は、まさにこうした硬直した思考の合間に滑り込み、総理と密な関係にある理事長が、その学校法人経営において、建設費用の半額補助金として64億円の市税、約37億円相当といわれる今治市の土地を手に入れることができたという、とてつもない事例である。
総理主導型の政策形成構造を直ちに見直し、必要であれば廃止して、成長戦略に名を借りた不公正な行政施策を生み出させないための制度改正に、すぐにでも転換を図る必要がある。

*15 第3 回WG議事概要における、八田達夫座長発言。
*16 第1 回諮問会議議事要旨(八田議員)
*17 第1 回WG議事概要における八田座長発言。
*18 因みに、次節でふれる「運営に係る基本的な事項」では、「調査審議の公平性・中立性を確保するため、諮問会議における審議の内容及び資料は、原則として公表することとし、議事要旨の公表及び一定期間経過後の議事録の公表を行い、透明性を高めること」が「必要である」との記述にとどめられている。
*19 特区法案の趣旨説明を行った衆議院本会議(2013年11月8 日)で、新藤大臣は、「国家戦略特区諮問会議の構成員である民間有識者が、仮に会議の調査審議事項につき特別の利害関係を有するときには、会議の運営に当たり、当該事項について調査審議に関与することができないようにしたい」、「国家戦略特区基本方針に記載をするとともに、具体的な運営方法について、会議の運営規則等で明確化することで担保をしてまいりたい」と答弁していた。
*20 本稿は、獣医学部新設承認の可否に係る、いわゆる石破四条件(閣議決定)の当てはめについてはふれない。
*21 第三次指定では、既存区域の福岡市に北九州市を、東京圏に千葉県を追加している。
*22 それらに関する研究には、すでに注目すべきものがある。郭洋春『国家戦略特区の正体』(集英社新書・2016年)はその代表的なものであり、国家戦略特区制度に対する具体的かつ総合的な批判を行っている。法案審議段階で大きな問題となった雇用規制緩和、解雇ルール論につき、西谷敏ほか『日本の雇用が危ない』(旬報社・2014年)、萬井隆令「国家戦略特区と『雇用指針』」(龍谷法学48巻1 号・2015年)等がある。また、国家戦略特区をつうじた規制改革がとTPPが、アメリカ政府から日本政府への要求に合致するものであることについて、堤未果『沈みゆく大国アメリカ』(2014年)、同『沈みゆく大国アメリカ:逃げ切れ! 日本の医療』(2015年、いずれも集英社新書)のレポートが重要である。
*23 政府内でも、さらなる投資減税を嫌う財務省の立場から、減税によって経営者だけが得をする結果にならない保証があるのかという趣旨の麻生副総理発言がなされている。第9 回産業競争力会議議事要旨を参照。

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