見出し画像

(創作)”ある人”のお話①

ある時。”ある人”が、あるところで、生まれました。
宇宙にある、大きな大きな一つの光から、
その人は「地球」という星に、「人間」という生物として生まれたのです。

その少し前。大きな光は、”ある人”に向けて、そっと囁きました。
「愛おしい我が光よ。色々な経験をしておいで。」
”ある人”は笑顔を返し、流れ星に乗って、地球に向けて出発しました。

画像1

 ”ある人”は、一組の夫婦の元に、娘として生まれました。
彼らは、”ある人”を、とても大切に育てました。

生まれてくる前から「情操教育に良い」といわれるおもちゃや本を、
”ある人”のために山ほど用意しました。
”ある人”が周りの人間に「かわいい」と思われ、好かれるような洋服を、
たくさん用意しました。

さらに、”ある人”が、たくさんの家族に囲まれ、食べるのに困らない生活ができるよう、「良い男性」に嫁がせることを目標に夫婦は育児をしました。
そのために、”ある人”に良からぬ縁がつかぬよう、女の子しかいない学校を選び、毎日あらゆる習い事教室に通わせるよう手配しました。

”ある人”が年頃になってくると、困ったことが起きました。
女の子だけでなく、男の子の友達まで、できてしまったのです。
夫婦は、外出や長電話の相手が誰か監視し、厳しい門限を設けました。

”ある人”は、住んでいるところから遠いところに、強い興味がありました。やたら頻繁に、遠くに旅行したがるのを止めるべく、”ある人”のパスポートを管理しました。
家から遠いところに暮らす、自分たちと違う民族や人種の男性と出会い、
恋になんか落ちられたら、困ると思ったのです。

”ある人”に、自分達のおめがねに叶う男性と次々お見合いさせました。
さらに折々、社会人になった”ある人”にたずねました。
「ねえ、会社や通勤途中に良さそうな人、いるんじゃないの?」

画像2

ある日。
”ある人”は独り、ため息をついていました。
”ある人”は、両親達のことは大切に思っていたし、
あらゆることに「ありがとう」とは感じていました。

でもそれと同時に、とても窮屈な思いをしていたのです。
惜しみなく愛情かけて育てた”自慢の娘”と思われていること、
そんな娘だから、良縁に恵まれるはずだと過大な期待をかけられること。
何より、自分の想いなど汲まれることもなく、
人生を先取りされていることに、強いストレスを感じていました。
さらに、”ある人”はそうされることに”No”が言えない自分にも、
いら立っていました。

思い余って、周囲に相談してみました。
「親は大切にせんと、いかんのちゃう。『親』やから。
それに、せっかく恵まれとるんやから、それに巻かれてたらええやん。
お互い、玉の輿にのって、地元で楽しくやろうよ。」

こんな自分が、正しくないのかな。なんだか、よくわからない。
怒りだか、悲しみだか、そんな気持ちでいっぱいになったその日。
かなり男前な男性が、そばにいるのに気づきました。

こんなところ、あの夫婦に見られたら・・・。
いえ、大丈夫。
彼は”ある人”にしか見えない、感じ取れない存在なのです。
彼は、男の人の姿をした神様、”男神”。
”ある人”が、生まれた時からの仲良しでした。

男神はいつもの調子で、”ある人”に話しかけました。
「よお、浮かない顔してるな。何か問題でも?」
「ええ・・・。私、どうして、あんな両親の下に生まれついたのかしら。」
「何言ってんだよ、自分で選んだんじゃないか。」
「・・・・・とんでもない!」
「そっか、忘れちゃったのか。
  ま、とにかくさ。自分の選択だったってことは間違いないってこと。」

思い出してみろよ。色々なことを。

画像3

”ある人”の目の前に、鮮やかな青空と、濃い緑に茂る木々が広がった。
裸足の足を見下ろす。
泥地を歩きまわったせいだろう、ひどく汚れている。
ごつごつと筋が目立つ足、それが自分の足だったことを思い出した。

”ある人”は、娘に生まれる前に、
東南アジアのある地に男性として生まれた経験があった。
子だくさん農家の末っ子。

すぐ上の兄二人は家で農作業を手伝うため、家にいたけど
それより上にいたはずの姉達は、いない。
家はひどく貧乏で、口減らしか、幼くして嫁に行かされたのだ。
自分が生まれた家に住めても、いいことなど思いつかない。
両親は自分たちが生きることで精いっぱいで、
子供達に愛情や物を与えるなんて発想は、皆無だった。

気になる女性がいた。近所の有力者の娘。高嶺の花だ。
彼女の笑顔は、スコールの後の太陽の輝き。
いつも遠くから見るだけだけど。

彼女は、近くの村の大金持ちの息子に嫁ぐことになった。
両村あげての、お祝いの席がもうけられた。
花嫁姿の彼女は、いつもに増して、とても美しかった。
隣には、似合いの恰幅のいい新郎。
その新郎の肩を、愛情を込めて抱く新郎の両親らしき人。
彼女見たさと空腹に負けて、祝宴に来てしまったことを後悔した。

自分の生まれを呪ってしまった。
なぜ自分は、あの新郎のように裕福な家に生まれなかったのだろう。
いつも物がなくて、満足に食べることが出来なくて。教養もない。
これじゃ、好きな人に好きだと伝えて、結婚なんかできない。
なぜ自分は、あの新郎のように愛情ある両親に恵まれなかったのだろう。
そうだ、何より、両親の無関心が悲しい。
自分に期待や信頼、愛情がひとかけらもないのが、とても悲しい。

ああ、なんだか、今日も体がだるい。
足の傷を、そのままにしていたからか。ここのところ、ずっと熱がある。

ついに、高熱で動けなくなった夜。
月すらも出てない、真っ暗闇の中の野原に、一人横たわっていた。
家にはいられなかった。
病気で働けもしないからと、追い出されたのだ。
死ぬのは、嫌ではなかった。
こんな人生と、さよならするんだから。

漆黒の空に、男は一筋の光となり、還っていく。
「今度は、両親に余りあるほどの愛情と期待をかけられてみたい。
たくさんの物を与えられて、色々な教養を身につけて。
結婚話を、持ってきてほしかった。親になりたかった。
全て叶えて、自分の生まれ育った村でずうっと幸せに暮らしたかった。」
骸は、土に還ったが、男のその強い想いは、大きな光のもとに届いた。

画像4

その後、”ある人”はどうなったか。
色々なことを感じきって、考えて。
自分の見方を変えてみたのです。そして、行動に移しました。

やはり夫婦はそのままだったけど、
それを障りに思うことは、それからなくなりました。

”ある人”は、夫婦の考えを尊重していることは伝えた上、
何より自らの直感と想いを大切にし、
それを軸に生きていくようになったからです。
”ある人”は、自分の父母となった夫婦に、「愛」を見出しました。
それはむき出しのままの、溢れんばかりの、愛でした。
”ある人”は、ただ感謝をもって、
彼らの真の発展を願うことができるようになったそうです。

そして”ある人”は、あの男の孤独といらだちに寄り添いました。
さらに、男に代わって、男の両親にも「愛」を見出しました。
男に、人間の体を与え、色々な経験をさせてくれたこと。
「あなたは自分の子供だから」ということを理由に執着しなかったこと。
それも、愛だったのかもしれません。
そして彼らに感謝の気持ちを、遅ればせながら送ったそうです。


ありがとうございます! あなた様からのお気持ちに、とても嬉しいです。 いただきました厚意は、教育機関、医療機関、動物シェルターなどの 運営資金へ寄付することで、活かしたいと思います。