代わりに怒っててくれよ

2019年1月7日(月)

全部愚痴です。

本当に集中力がない。まあまあ真面目に教育を受け、世界の仕組みをなんとなく理解するようになり、より一層の様々な理不尽が目につく。そして目につくたびに怒ってしまう。やらなきゃいけない仕事が目の前にあるのに、手につかないレベルで怒ってしまう。

適当になんでも聞いてくれる人がいれば、つらつらと浮かぶ言葉をそのまま発して「ふんふん」と流してくれるだけで安らかになり、仕事は多少捗り、まあまあの社会性を取り戻す。ただ1人でいると、自分の頭の中に浮かぶ感情とそれが言語化された言葉に埋もれて埋もれて息苦しくなってしまう。

おそらく普通の人より情報の取捨選択が下手くそなんだと思う。どんなものの人間の意図も見逃したくないし、無視されてると思うと憤慨してしまう。そんな無駄な正義感で、人と衝突した高校生の時の記憶が掘り起こされてしまった。その節は本当に多くの人に心配をかけたなあと思う。わたしの主張は大きく間違ってなかったとは思うけど、社会の秩序を乱したということでは罪がある。

みんなもっとたくさん諦めて生きている。この世は理不尽だし、非常識で不条理なことばかりだ。それもこれも無意識下で自分の手が届かないものだと本能的に理解して、上手くやっている。わたしはちゃんと上手くやっていく機能が壊れているのだ。

科学と宗教は相反することが多い。世界をなんとか理解したいという目的は同じなのに、そのために使うロジックが違うことによってたくさんの問題が生じている。

ただ宗教の方が先に誕生してしまい倫理が整備されて、それに伴って社会が作られたせいで、科学の論理的に社会を見ると意味がわからんしくみばかりなのだ。それに大して怒っている。人類の歴史の不条理について怒っている。途方も無さすぎる。アホだと思う。でも途方もないけど怒ってしまう。

宗教や倫理の方が尊重されやすい意味もわかる。社会性は遺伝子に刻み込まれているのだ。哺乳動物は親に育ててもらわねば、コミュニティに育んでもらわねば生きていけない。そういうわけで、直感的に理解しやすいのは科学的な理屈よりも倫理的なロジックの方なのだ。

「人にやられて嫌なことはやめよう」とか「いじめた本人がそうは思わなくてもいじめられた方がいじめだと思えばいじめだ」とか全部個人とその周りの人間関係のことしか考えていないクソ論理だ。ただ、そういって諭したほうが子供には理解してもらいやすく、手っ取り早く社会ないし家庭の秩序が得られるんだからしょうがない。なんて効率的なお説教。

わたしはこういう科学的な本質をふまえていない、クソ倫理やそれを下敷きにした社会の仕組みなどに腹が立っている。20数年生きただけの人間が戦って勝てる相手ではない。戦っても勝てないのでせめて修士号を獲得して、少しは剣士として社会に評価してもらえるようにならなくてはいけないのだ。

なんで迎合しなくちゃいけないんだ、という感じだけど相手は強大なので仕方がない。ひとまず怒りはこらえて力を蓄える。

正直生きる意味が分からないタイプの人間なので、いつ死んでもいいといえばいいんだけど、不条理に対する怒りは湧くから、それは全部全部正当な怒りだ。真っ当な言い分だ。ということは主張しきってから死にたい。そのあとはまあいい死に方が見つかってないので、だらだら生きつつ探したい。そしてそのままその辺でのたれ死ぬのもいいのかもしれない。

この文章はわたしの今やるべき仕事に向かう意識からすると、余剰になっている思考ノイズを取り除くための文章である。もしかしておなじ理由で怒ってる人を慰めることが出来るかもしれないので、放流しておく。みんな引き続き自分の言葉で怒っていてくれ。わたしが加勢するまで怒っていてくれ。

小難しい論文を読み漁っている時は思考ノイズのメモリも全部使えるから、かなり気分がいいんだけどな〜。つまらん解析を手作業でやってる時なんかは、脳のメモリが余るのでくだらないことを考えてくだらない感情で気分が乗っ取られてしまう。

こういうことを人に言うのはしんどいので(ふつうに喋ってると声帯も死ぬし大体通じないから精神も死ぬ)、便利にネットを使っていきたい。最近は世を恨んでそうな人間が歌う歌を聞きながらだと「ほんまにそれな」と思いながら作業が捗ることに気づいた。いいぞ。みんな、もっと恨んどいてくれ。

とかいいつつ、全て片付いたら「世界は素晴らしい!」と手のひら返したようなことを言い出すかもしれない。世界は変わらなくとも認知は変わるので。「みんな〜怒ってて〜〜!」と言っときながら、学位をとったら怒りなんて消えるかもしれない。生き物は都合がよく独善的なのだ。一貫性がないなんて怒らないで。そういうものだからさ…

こういうのをちゃんと論拠を示しながらわかりやすく述べられたら価値があるのかもしれませんが、エビデンスゼロの散文です。ポエムです。修士に行っても厨二病ポエムを書いちゃう人は書いちゃうのです。残念でしたね。わたしだって残念です。ごめんなさい。さようなら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?