パーティを組んでいきたい

2019年4月11日(木)

こんな時間まで起きていていいわけはないのだが、家事が終わらず今ようやく布団に入った。

社会人になって10日経過した雑感を残しておく。

かなりわがままを言っているのは承知だが、絶対に今年は5日間ほど渡米したいという思いがある。

入社したら就業規則を見つつ、なんとか休みをとるぞ、と思っていたが、そもそも書面がもらえていない。そんなことあるのか。

一応サインをしてしまった誓約書においては就業規則に従うことを制約させられる文面だったと記憶しているが、そもそも就業規則を見たことがないのはいかがか。

現在のところ無に従っている。聞くところによると条件をクリアすると貰える手当などあるらしいが、事実でなく噂として認識している。入ってみたら随分雑な会社であった。

誓約書のコピーを取っておくんだったと反省している。そんなこと反省するとは思わなかった。

無いルールは破れないし守れもしない。さしあたって常識の範囲で行動しているが、何かあったら会社の存続を脅かしかねない奇行にでる危険性があるぞ、という気持ちである。

どこまで今の職場に期待していいのか、さっぱり加減が分からないので、法律や条例など勉強して知識で武装したいところである。

そもそも社会の仕組みがよく分かっていないので、周囲の先達に教えを乞いながらなんとか健康的に金を稼いで暮らしたい。今のところ健康ではない。ルールの知らされないゲームはどうも所在無い。

あとは家族に災難が続いている。

遠方に暮らす父方の祖母が交通事故に遭った。幸いにも軽症で済んだが、同乗者が亡くなる大きな事故だった。

母がたまたま転勤し義母である祖母が1人で住んでいた家に居候すると決めた矢先であったので、母がしばらく祖母を介助することになるようだ。

実家はもともと父、母、わたしの3人で住んでいたが、わたしは職場に通いやすい部屋を友人と借りることにした。実家に残るは父一人である。

父は学生時代は一人暮らしをしていたし単身赴任も経験しているので、生活能力は十分だろうなと心配していなかったが、ひとり暮らしになってすぐ体調を崩してしまったらしい。

ちょうどその頃、自殺された遺体の第一発見者になるというイレギュラーなイベントに巻き込まれてしまった。心労からその夜は眠れず、どうせだからと仕事を休み病院にかかってみると、精密検査を勧められた。そんなこんなで気が弱ったのか

「バイトしないか、こっちの家にしばらく帰ってきてくれ」

と言われてしまった。新居での暮らしはなかなか楽しかったが、断れない頼みである。しかたない。

というわけで実家で父が溜め込んでいた洗濯物の処理をしていたら、寝るのが随分遅くなってしまった。

わたしは人に頼ってもらえた方が力を発揮できるので、ここで自分のキャパシティを広げておきたい気持ちである。

だいたい去年の年末はわたしが2ヵ月ひきこもったりしていたので、その恩を返しておかねばなるまい。

あとは家族がいて良かったよなぁ、という気持ちである。

ひきこもったときは、かなり仲のよかった友人でさえ連絡を取るのはだるかったし、実家に居なかったらまじで社会復帰が難しかったのではないかと思う。

父においても独居の実母が怪我で入院したときに、妻が母の傍にいてくれているというのは、かなり安心材料になったのではないか。自分が体調を崩しても娘なら気兼ねなく頼れるところがあるだろう。

今日、女性博士が自死されたという報道を目にした。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/bunkei-kenkyu_jp_5cad3f34e4b0e833aa32f292

https://www.asahi.com/sp/articles/ASM461C8QM3YULBJ016.html

家族と安定が欲しい。彼女の言葉だそうだ。

悔しいけれど、社会を生きるのに、処世術を会得するのに知性はさほど要求されていない。知性を追求することはともすれば娯楽ともとられる。

社会の中で生きること、一人では挫けてしまうなぁと10日目のわたしは思っている。今のところ家族はそこそこ元気なので頼れるが、同世代次世代にいなければ最後は1人になってしまう。

わたしはどうしたって孤独では生きていけないので、今からルームシェアをしてみたり婚姻に縛られないで信頼関係を築けないかと挑戦しているところである。

さしあって人生というゲームのフィールドを日本に置いていれば、プレイヤーに課されるルールはだいたい同じである。ルールを把握してゲームをこなしていくのは1人ではなかなか難しいことだと思う。

どんなゲームにしていくかは個人次第だが、一貫したルールの理解については1人より大勢の視点があった方が有利に進められる可能性が高い。

あとはパーティを組んでおけば、得意不得意を組み合わせて多様な戦い方を期待できる。瀕死のときには助け合える。

パーティのつくり方や運営については、まだ経験が浅いところがあるので今後どんな展開を見せるかわからないが、ひとまず挑戦しているよ、ということである。

世のために生きる的なことはかなりどうでもいい。自分の目指したい場所に向かっていきたい。身の回りの大切な人間の最大幸福に貢献していきたい。

そのためには世を知り戦術を練らねばならない。自分と身の回りの人間のために生きた結果、多少社会にも還元される。そういうことが持続可能で健康な生き方なんじゃないかと思っている。

絶対健康令和元年。おわり。

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