えええ

~ピエールと魔法の杖~

登場人物
リヨン:絵本の好きな男の子
ピエール:絵本の主人公、自分勝手なマジシャン
コピーヌ:曲がったことが嫌いなパン屋の女の子 
ウォンド:おしゃべりをする魔法の杖
おばあちゃん(=カーラ):リヨンのおばあちゃん 
おじいちゃん:カーラのおじいちゃん 
シシ:見習いマジシャン
ゼフォー:ギークマジシャン シシの兄貴分

プロローグ

人の世に魔法なぞあるものか
よしんばそれがあったとて
それは人の繰りうるものでなし
魔法とは――――

第1章 リヨン  1998年

リヨンはママと一緒におばあちゃんの家に遊びに来ていました。
お部屋にあった積み木で遊んでいると 手からこぼれたまあるい積み木がころがって本棚の一番下にある重たい本の、どういうわけかその上に入り込んでしまったのです。
 なんとか積み木を取ろうと覗き込んで手を伸ばしたけれど 積み木はよけいに奥へところがり本の後ろに落ちてしまい4歳のリヨンには手が届きません。リヨンは少し考えて本をひっぱり出すことにしました。
たくさん並んでいる重たい本を、一冊また一冊と出していると
積み木は奥からコロコロと転がってきました。
 そのとき本棚の奥からパタンと音がして本が一冊倒れてきたのです。
それは埃をかぶった古い古い絵本でした。
あれ?このおはなし、ママに読んでもらってないよ。リヨンはね、絵本が大好き。
積み木のことなんかすっかり忘れて埃が被ったままの絵本をつかむと
ママの所へ走ってゆきました。
「あら?こんな絵本初めて見たわ。それにしてもずいぶん古い絵本。
ひょっとしたらおばあちゃんのものかしらね。」
ママは編みかけのマフラーを片付けて
リヨンに絵本を読んで聞かせてあげることにしました。

【絵本 ピエールと 魔法の杖】

【A】 マジシャンのピエールは毎日ルヴイ師匠の酒場で芸を見せていた。
お客の注文する酒を出してはマジックをお見せするそんな珍しい酒場。
うぬぼれ屋のピエールは、マジックに成功するとご機嫌なくせに
失敗すると必ずお客のせいにして、いっつも喧嘩になった。
ルヴイ師匠からは、そういうところがお前の悪い所だって教えられていたのだけれど、ちゃんと見る気のない客の方が悪いのさってピエールは思っていたから、当たり前だけどちっとも売れなかった。だからピエールはみんながびっくりして、いっぱいほめて、しかもチップがバンと弾むような芸がしたくって、ある日マジック道具の市場に出かけていった。
古い教会の裏で、何人もの男どもが敷物の上にいくつも道具を並べて客引きをしていた。
天使が描かれた綺麗で品の良いトランプカードやぴかぴかでかっこいいイヌワシのコインや意味ありげにバフォメットの魔法陣が描かれたベルベットの布袋だとか素敵な道具がたくさんあったのだけれど、ピエールには稼ぎがないから手が出せない。
 いや本当のことをいうと前の晩、やっぱりマジックの途中でお客と喧嘩してむしゃくしゃしたまま街はずれの知らない酒場にふらっと入り
そこでやけ酒をたらふく飲んでたんまりお代を取られちまったから
カバンにもポケットにもお金なんてほとんど残っていなかったんだ。
仕方がないから帰ろうかと考えていると、頭を布で覆った酷く背の低い怪しげな男がやってきて
「あんたにふさわしい魔法の杖がある。天才にしか扱えない代物だ」と
どこから喋っているのかわからないようなしゃがれた声で言って
見慣れない木の棒を差し出した。男はツーンと嫌なにおいをさせていたけれど、元来おだてに乗りやすいピエールだったから天才なんて言われて
ついつい残っていた有り金を全部渡し、魔法の杖というよりただただ真っ直ぐで細いその木の棒を買ってしまったんだ。
 その棒は近頃の楽団長がもっている指揮棒ってやつくらいの長さしかない。
胡桃とマホガニーで出来ていて綺麗に塗が施してあったけど、全く魔法の杖っぽくない。
どこかのおとぎ話のように不死鳥の羽やドラゴンのヒゲなんかで出来ちゃいない。
他のマジシャンは絶対に買わないような細い木の棒。
でも、ピエールが手に入れたこの端から端まで真っ直ぐな、どう見てもただの棒こそが、正真正銘、本物の魔法の杖だったんだ!

【B】 ピエールはおんぼろな部屋に帰ると早速その杖を振ってみた。
さっきの市場で見たかっこいいぴかぴかのコインが欲しかったからだ。
あのコインでマジックをしたらきっとみんなが羨むぞ
ポケットにある黒くなったサンチーム硬貨じゃぁピエールのマジックが安っぽくみえちゃうもんな。 
だけど、いくら魔法の杖を振ってみてもコインは出てこない。代わりにどこかから声が聞こえてきた。
「おいおいピエール。君は杖の振り方も知らないのかい。そんなんじゃ君の欲しいコインは一枚も出せないね。」
「だれ?どこにいるの?」
辺りを見回しても誰もいない。いるわけがない。だってここは自分の部屋だ。
「おいおいピエール。今君が手に握っているじゃあないか!」
「え?まさか!、、、この棒が、、、棒がしゃべっているの??」
コツン!痛っ
「棒じゃない。マジックウォンド。魔法の杖さ」
そう言ってピエールの頭をかなり強めに叩くとさらに続けて言った。
「こうやるのさ、簡単だろ」
魔法の杖はピエールの頭上でヒュッと揺れた。
手にはぴかぴかなコインが一枚握られていた。
「え?え?え?」
ピエールは目を真ん丸にしてコインを眺めた。
ぴかぴかで かっこいい、さっき見たコインだ!
そして口をあんぐりあけたまま 杖に言った。
「本物の魔法の杖なんだね?!」

【C】「あたりまえだろ。僕なら大抵の魔法が掛けられる。これから僕をウォンドって呼びたまえ」
そこでピエールはさっき市場でワインをこぼされ赤く汚れていたハンカチを出して言った。
「ほんとに?じゃあ、、えーと、ウォ、、、ンドォ、、さん、、、このハンカチを綺麗な色にもどしてよ!」
「”さん”は要らないな。色変わりの技だね。お安い御用さ。僕を回してごらん」
「う、うん。えーと、、こ、こうかな。--あぁっ!」
手が滑って魔法の杖を落としてしまった。
「勘弁してよピエール。君は杖の廻し方も知らないのかい?そんな廻し方じゃ何色にだって変えられないよ。」
「棒を回すのって難しいんだ」
コツン!
「棒じゃない。マジックウォンド。魔法の杖だっていったろ」
そう言ってピエールの頭をかなり強めに叩くとさらに続けていった。
「こうやるのさ。簡単だろ。」魔法の杖はピエールの胸の前でくるりと回った。
ハンカチは洗いたてのように真っ白な布に変わっていた。
「すごいね!でも、、、」
ハンカチのしわが全く取れていないじゃないか。ピエールはそう言おうとしたけれどやめておいた。
それを言うとまた コツン! ってやられそうだったから。
「でも、何だい?」「いや、その、、なんていうか、、、えーーと。。」
ピエールは杖を握りしめて言った。「トレビアーンだねっ!」

それからピエールはルヴイ師匠の店で毎日毎日杖を振ったり回したりして
不思議なマジックをお客さんに見せた。コインを出したり、クルミを消したり、ハンカチの色を変えたり、客が行きたい旅行先を当てたり、隠したサイコロの目を当てたり、トランプカードの中からエースだけを取り出してみせたり。
魔法の杖を使ったマジックは失敗をしない。
お陰でピエールはいつだって気分が良かったものだからいつの間にか客と喧嘩をしなくなったんだ。
いつだって街のみんなをびっくりさせたからもらえるチップもどんどん増えたんだ。
となり街のとなり街の、そのまたとなり街まで評判になって
ピエールはいつのまにかトレビアーンなマジシャンって呼ばれるようになった。もちろん毎日、杖に頭をコツン!って叩かれていたけれど。

【D】 そんなある日、コピーヌがそれを見にやってきた。
曲がったことが大嫌いな、パン屋で働く女の子。特別美人じゃないけれど
決して嘘なんかつかない真っ直ぐな樹のような子だって街では有名だった。
マジックなんて嘘っぱち。どーせ種があるんでしょう。
たとえ種がなくたって、どんなに不思議と言ったって
パンがふっくら膨らんで お菓子が美味しく焼きあがる。
そっちの方がコピーヌには不思議で楽しいことだった。
そんな女の子だからマジックなんてすこしも見たくはなかったのだけれど
一緒に来てくれたら美味しいシチューをごちそうするからって友達のマーヤが言うから
コピーヌはしぶしぶマーヤとマジックを見にやってきた。
しぶしぶやってきたコピーヌだったけど、酒場で楽しそうに
カードを混ぜてるピエールを見ているうちに、なんかいいなって思ったんだ。
マジックを観ているみんなが驚いたり笑ったり手をたたいたりして楽しそうだったから。
それにみんなは気づいてないけれど、「ウォンド」って呼んでる木の棒と
時々おしゃべりしてるみたいで、コピーヌにはそれがとても面白かった。
この人にとってマジックは 私にとってのパンなのね 
とっても素敵で とっても大好き。とれびああん。うふふ。

ところがピエールときたら、じーっと見つめる大きな黒い目のコピーヌが
どんなマジックの種でも見破りそうだったから怖くて仕方がなかった。
ねェウォンド。あの娘はどうしてこっちをにらんでるの?マジックが嫌いなの?君の魔法であの娘をここから追い払える?
マジックを全部見破られそうだ。ウォンドの秘密もばれちゃうよ。

あぁ、もちろんできる。僕は魔法の杖だから大抵のことはできるのさ。
でもあの子を追い払うのは止めた方がいい。君はいつも通り笑ってマジックをやってな。
なぜかって?それは、、、

ーあの子はきっと君の事を好きになるからー

魔法の杖にとって少し先のことならお見通しなのでした。

【E】 それから素敵なクリスマスが2回も過ぎたころになると
先のことがお見通しだった魔法の杖でさえ驚くほどピエールとコピーヌは仲良くなって、周りのみんなに祝福されながら結婚をした。ピエールはどんどん人気者になってマジックの腕をぐんぐんあげて、やがて一度は国で一番のマジシャンになった。
 国王さまから天下で一番という意味の賞をもらい、その素敵な盾を酒場の一番良く見える所に飾っておいた。
そのころになると魔法の杖に頭をコツンと叩かれることも、もうなくなっていた。
杖を自在に操るピエールに失敗なんてありえない。
どんな不可能に見える技も容易くやってのけるようになっていたんだ。
 かわりにピエールは、自分の腕を自慢するようになっていった。
マジックをちゃんと見ないお客の頭を、持ってる杖でコツンと叩く。
ちゃんと見ろ、見破ろうとするな、トレビアンと言え、ピエールが見せたマジックに後からタネをひけらかす知ったかぶりな奴らはみんなひどい目に合えばいい。
他のマジシャンの悪口まで大きな声で言うようになった。
馬鹿だ下品だ下手くそだ、種を明かすな、マジシャンの行く末を考えろ。
そのくせ、他人のマジックの種はすぐにばらして笑いものにした。
ホウダンなんぞただの機械バカ。夜会服なんか着て格好つけやがって。
人気者だか知らないがマラブルの一座なんてただの大道芸だ。
一番稼いでいるのはこのピエールだ、ピエールこそがマジック界に革命を起こすのさ。
だれより多くの人間にマジックを見せているのはこのピエールなのさ。

数年も経つと街のみんなはピエールのマジックなんか見ないようになった。
やってることはとっても不思議 だけど見てると疲れちまう。
この国いちのマジシャンさ。だけど他人の悪口ばかり。
知識も道具も最高さ。だけどとっても偉そうだ。
これじゃあ昔のピエールに逆戻り。

【F】 ある日ピエールは酒場の師匠と大喧嘩をした。
こんなにトレビアーンなマジックをしているのに、どうしてピエール は凄いって認めてくれないんだ。どうしてこんなに客が少ないんだ、たくさん客を集めてくれないのは師匠が怠けているからだ。
ついにピエールは酒場を辞めて別の街に自分だけの劇場を造ることにした。
だけど、職人さんにも偉そうにしてしまったからみんな途中でやめてしまって劇場なんかできやしない。もちろんお客なんて来やしない
ピエールはもう誰からも相手にされなくなっていた。
優しいコピーヌだけは離れずにいてくれたけど。

そしてピエールはとうとういろんなことが頭に来て、とんでもないことを言い出した。
そうだコピーヌ、二人でマジックをやるんだ。
みんなが驚いて誰一人文句を言えないマジックを見せつけてやろう
誰もできない ”いりゅーじょん” に挑戦しよう
例えば、、そうさ!コピーヌの胸を本当に短剣で貫いてから
魔法の杖で時間を戻せばいいのさ。
名付けて ”恐怖の剣刺しいりゅーじょん” だ!
実はこの杖はね、少しの間だったら時間を戻せるんだよ。すごいだろ!
この杖を持っているピエールだからできるマジックさ

大丈夫だって!ほんの少しの間だけなんだ。
そりゃあ痛いし苦しいだろう だけど!
本物の血じゃなきゃ客は信じない。
君が苦しむ姿をみんなが見て不安になる
それから魔法の杖で時間を戻すのさ。
頭の悪い連中にはこれくらいざわざわするものを見せてやらなくっちゃ

【G】 死んだはずの君が何事もなかったように立ち上がった時
みんな口をぽかんとあけて言うんだろうな!
素晴らしい!トレビアーンだ!ピエールは本物の魔法使いだって!

ねえ、ピエール。どうしてみんなを悪く言うの?どうしてそんな恐ろしいことできるの?
もっと別の何か、みんなが笑顔になるマジックの方がいいんじゃない?
もっと別の何か、みんながジーンと泣くマジックの方がいいんじゃない?私、あなたがいつも見せてくれる輪が繋がるマジックや玉が浮いちゃうマジックや色鮮やかなハンカチのマジック、大好きよ。

僕を解ってくれよコピーヌ!そんな生ぬるい誰でもできるマジックじゃもうだめなんだ。
僕のすごさを思い知らせるにはそれくらいやらなきゃならないんだ。
僕はこの国一のマジシャンなんだ。
僕ほどマジックの上手い奴はいないし
僕ほどマジックの歴史を知っている奴もいない。
僕が今までのマジックを全部種明かししてぶっ壊してやるさ
僕には本物の魔法の杖があるんだ。ほら、ウォンドっていうんだ。
僕のような天才にしか扱えない世界でたった一本の杖なんだ。
僕こそが。僕だけがっ。究極のマジシャンになれるんだ!

いつの間にか魔法の杖と全く同じ声でわめくピエールをコピーヌは冷たく見つめて言った。

ねぇ、ピエール、あなた誰のためにマジックをやっているの?
あなたは自分を褒めてほしいからマジックをしているの?
だったら誰もいない鏡の前で 自分で自分を慰めていなさいよ!
その言葉を聞いたとたん ピエールは大きな声でわめき
我を忘れ 取り乱し 持っていた杖でコピーヌを思い切り殴ってしまった。
うるさいっ 僕を馬鹿にするな!
それは コツン なんてもんじゃなかったんだ。

【H】 やめて!ひどいことしないで!
コピーヌは逃げようとして思い切りピエールを突き飛ばした。
ピエールは壁にぶつかって倒れ そして 杖は、ボキリと折れた。
杖は杖じゃなくなった。棒でもなくなった。まるで槍のようだった。
折れて槍のようになった棒をみたピエールは、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりして、しばらくは床が抜けるほどどんどんと足を鳴らしていたけれど
そのうちぴたりと動かなくなった。
そうして一体どこを見ているのかわからないような目でぼんやりとコピーヌの方を向き、いままで誰も聞いたことのない低い声でつぶやいた。

よくも僕を折ったね。。おまえも、、、、

こ わ し て あ げ る

コピーヌは怖くなって叫んだ  「あなた、、、、誰?」

槍になった木の棒はピエールの手からヒュンッ と飛び出して
コピーヌの胸に突き刺さった コピーヌは床に崩れ落ちて
そのまま、、、、、
ピエールとコピーヌは 何時間も何時間も全く動かなかった。

夜が明けたころ やっとピエールは顔をあげた。
グワングワンと頭の中で大きな鐘の音が鳴ってるみたいに感じたし
鼻の奥が酸っぱく感じた。頑張って目を開けてみると
苦しそうに目を閉じて 胸からたくさんの紅い血を流している
コピーヌの姿が目に入った。
その胸には 杖が刺さったままだった。

【I】 「コピーヌ??あぁコピーヌ!一体どうしたっていうんだっ」

ピエールがひざまづいてやっとの思いでコピーヌを抱き上げたけど、もうコピーヌの息はなかった。
どんなに泣き叫んだってコピーヌは冷たい冷たいからだのままだった。
それはまるで 氷のようで 抱きしめているピエールまで冷たくなってしまうようだった。

ピエールはコピーヌの胸から折れた棒をゆっくり抜き取った。
ぶるぶる震える手でわんわん泣きながら
何度もその折れた棒を振ってコピーヌに魔法を掛けようとしたけれど
死んだ人間を生き返らせることなんて 折れた棒じゃ無理だった。

と その時、魔法の杖の声がピエールの後ろの方から聞こえてきた
「あー、危ない危ない。この僕が折れてしまうところだったぜ」

手に持っている折れた棒からではなく 後ろの方から届く声
ピエールは頭がこんがらがりそうになりながらも
汚れた袖でガシガシ涙を拭いて声のする方をみた。
どういうわけか床に 折れていない魔法の杖があって しかもぴかりと光るほど真新しかった。

「え?どうして?なんで?これは何?」
「うーん。君の頭でもわかるように種明かしすると、なんていうの?分身って言うの?
僕は魔法の杖だよ。少し先のことならお見通しさ。
さっきはあいつのせいで僕が折られてしまうと解ったからね。
その前にもう一つの杖に別れていたのさ。そっちはもう用無し。
ただの折れた棒さ、魔法なんてかけられないぜ。
さ、ピエール。トレビアーンな ”いりゅーじょん” をやるんだろ!
早く僕を拾い上げてくれよ」

【J】 「よかった!君は、、ウォンドは無事だったんだね!魔法はまだ使えるの?」
「もちろん」
ピエールは杖を握りしめ、上ずる声で言った。
「よかったぁぁぁぁ!ありがとう!ねぇコピーヌが大変なんだ。
早く時間を戻しておくれ。コピーヌを戻して!生き返らせておくれよ!」」

それを聞いたウォンドは、急にうんざりした声で「何だよそれ」とつぶやいて、さらに冷たい声になって言った。
「ピエール。それは無理だ。何時間も戻すことは僕でもできない。
あいつは死んだ。死んだ人間を生き返らせることは魔法だってできない。
それによかったじゃないか。君のやりたいことを邪魔しようとした。
もう、用はないだろ?いらないものは捨てればいいのさ。
なあ、それより早く ”いりゅーじょん” をやろうぜ。街のみんなを驚かせてやろうぜ。」

ピエールは絶望で手にしていたウォンドをまた床に落としてしまった。
頭の中でグワングワンと大きな鐘の音がまた鳴りはじめた。
痛くて苦しくて立っていられないくらい胸を締め付けられた。
そうしてコピーヌの冷たい身体を抱いたまま泣き続けた。

「なあ、早く僕を拾ってくれよ。なあ。。
ピエール。いつまで泣いてるのさ。もう無理なんだって
時間を戻せるのは数分だけなの。数分戻したら戻す前の時間になるまでその魔法は使えない
ってことで、もう二度とそいつは生き返らない。もしも生き返らせたら僕は魔法の杖じゃなくなる」

【K】 「どういうこと?」
「だーかーらー。もう二度と魔法を使えなくてもいいなら時を巻き戻すって手があるけど、それ以外なら無理ってこと!」
「!!!という事は時間を戻せるってことだよね!!
お願いだ。もう魔法なんか使えなくてもいいんだ。コピーヌを戻してよ」
「なんだって!冗談じゃないぞ。
巻き戻すっていうのは、マジックでちょっと時間を戻すのとは訳が違うんだ。
これまでの時間を全部消しちゃうってこと!
君と僕が出逢ったあの日にまで戻っちまうってことなんだよ。
そんなことすればぜーんぶなくなっちまうんだぞ。
そりゃ、あいつも生き返るさ。でもあいつは君のことなんか覚えちゃいないぞ。君だってあいつのことを忘れるんだぜ。
それにさ、全部なくなって君が魔法を使えなくなっちゃってもそれはどうでもいいよ。
でも僕が魔法の杖じゃなくなって、ただの棒になってしまうんだぞ?!
それは絶対に嫌だ!それだけは絶対に嫌だよ。だからさ、もうあいつは諦めて、、」
「お願いだウォンド、、コピーヌを生き返らせてほしいんだ。」
「・・・もう一度言うよ?君もあいつを覚えていないんだぞ?」
「うん、それでもいいんだ。」
「・・僕と一緒に過ごした日だって一緒に忘れちゃうんだぞ。」
「お願いだ。」
「僕が魔法の杖じゃなくなってもいいの?」
「ごめん。」
「本気なんだね?」
「本気だよ。コピーヌを、愛しているんだ。」

しばらく黙ってから杖は何かを決意したように話し始めた。
「・・・・・・そう。。。わかったよ。ピエール。その代りにせめてさ、、
僕のことをずっと持っていてくれないか。ただの棒になってもさ。」
「もちろん、約束するよ。絶対に手放さない。」
「ありがとう。」
そういうと、杖はピエールに時を巻き戻す特別な呪文を教えた。

「時よ戻れ。時よ戻れ。汝手にしたあの日まで」
りわいんだらくろのす りわいんだらくろのす
だでいだでい れーどいすとりあ

【L】 月日は巻き戻り、、、、
まだ若いピエールは街の酒場で芸を見せるマジシャンだった。
上手くもなければ新しくもない誰でもできる簡単なマジックを演じていた。輪を繋げたり玉を浮かしたり。
真っ直ぐな樹の棒をくるくる回しちゃいるが、魔法というほど素敵なことはなにも起こらない。
せいぜい客の選んだカードを上手くすり替えて驚かせるくらいで
いつも偉そうにしていたから少しも人気はなかった。
マジック道具の市場に出かけたって稼ぎがないからコイン一枚買えやしない。
新しい商売を始めて忙しくしてる師匠の代わりに、酒場の主人として仕事をすることになったけど、いっつもお客と喧嘩をしてた。
「このピエールが下手なわけがない。客がバカなんだよ」

そんなある日パン屋のコピーヌが友達に誘われてしぶしぶマジックを見にやってきた。
嘘を付いてもばれそうなコピーヌの大きな目を見たピエールは
マジックを大失敗して客から大笑いされてしまったのだけれど
コピーヌは何故か不思議なことにピエールのマジックじゃなくて顔ばかり見ていた。
あー私はこの人と結婚するんだろうな。絶対そうなる。この人ちっとも素敵ではないけれど、なんだかとっても懐かしい。なんでだろう。

やがてコピーヌは、ピエールがマジックにだけは一生懸命なところに魅かれ
ピエールは、コピーヌの真っ直ぐで純粋なところに惹かれ
周りのみんなはとっても驚いたけど とうとう二人は結婚をした。
そのうちピエールはルヴイ師匠の勧めで自分のための小さなマジックのバル
”まじっくたいむ” を始めることにした。もちろんコピーヌと二人で。
街の中にはピエールとコピーヌが大好きな常連客も少しだけ現れた

【M】「なあお客さん。こっちが一生懸命やってる時に
種がわかったとかいうんじゃないよ。どーせ見間違いなんだから。」
コツン!
「お客さまに向かってなんてこというの!笑顔でやりなさい笑顔で!」
ピエールが偉そうにするたびに コピーヌは棒を奪って
その頭を叩くのでした。

「なあコピーヌ。またマジックを失敗してしまったよ。最近流行りのマジシャン、マリークやセリル、あの人たちみたいに格好良くできないんだ。」
コツン!
「自信を持ちなさいな!あなたにはあなたにしかできないマジックがあるのよ!」
ピエールが落ち込むたびに コピーヌは棒を奪って
やっぱりその頭を叩くのでした。

絶対に魔法なんかかけられそうにないただの棒で頭をコツンと叩かれるたび
少しづつ少しづつピエールは立派なマジシャンになっていった。
「お客さん!たいしたマジックは出来ないけど、一生懸命やるからさ
魔法の時間を体験していっておくれ。そうして驚いたときにはトレビアーン!っていっておくれよ。」

客が尋ねたことがある。
「なあピエール、どうしてお前はその何の役目もないただの棒を使うのさ。他のマジシャンはそんなもの使わないぜ」
「う~ん、そうなんだけどね。絶対にこの棒を手放さないって 誰かと約束した気がするんだよね。」

ときどきピエールは、マジックを見せて稼いだお金をもって
コピーヌと二人で国じゅうの美味しいパンを食べに出かける。
そんな日々を過ごしているらしい
相変わらずただ真っ直ぐな樹の棒を振り回しちゃいるけれど
ちっとも売れていないしちっとも偉大じゃないけれど
二人はとても幸せそうでとても楽しそう
今日も仲良く ”まじっくたいむ” でお客さんと一緒に笑い合っているらしい・・・

【O】そいつがどこにあるのかだって?ずいぶん時が流れてしまったからね。二人がどこにいるのか今ではよくわからない。
ところで 昔からマジシャンが死ぬことを ブロークンウォンドというそうだ。
もしもいつだって木の棒を振り回しているマジシャンがいたら
その棒を決して折ってはいけないよ。
それはただの棒ではないかもしれないのだから。

【絵本 ピエールと魔法の杖 完】

ママが絵本を読み終えた頃、リヨンはすやすや眠っていました。
ママは思うのです。今頃夢の中でリヨンはピエールのマジックを観ているのかもね。
それにしても素敵なお話。
魔法の杖がずいぶんあっさり身を引いてくれたことが 少しだけ気にはなるけれど 
きっとピエールの ”愛” の力に心を動かされたのよね。そうなんだわ。
”まじっくたいむ” が本当にあったらいいのに。私もピエールのマジック見てみたいな。

ママはリヨンの頬に軽くキスをすると
何気なく絵本をめくりました。そして不思議なことに気が付いたのです。

あら?
さっき読んだときには、少しも気付かなかったけれど
【N】のページがない、、、わよね?
【M】の次に、、、、【O】がある!
まさか抜け落ちているの?だけど物語はおかしなこともなく、、つながっている。。
ひょっとしてNをOと書き間違えたのかしら?

でもママがよーく見てみると【M】と【O】の間に、ページの破られた跡が
かすかにあることを見つけたのです。
どうやら 間違いなく【N】があったようなのです。
「ねえ、母さん。この絵本って母さんのもの? 今日ね、リヨンが本棚から見つけたの。
素敵なお話だけど、1ページ破れていてどこにもないのよ。
それなのに物語は繋がっているの。何か知ってる?」

それを聞いたリヨンのおばあちゃんは少し驚いて
「あらあ!よく見つけたわねぇ。
それは私のおじいさんが描いた絵本なの。私も子供のころに読んだわ。」
といいながら絵本を手に取った。
全てのページを懐かしそうにめくりながら、まるでいたずらっ子のような笑顔で言った。
「そうそう、最後の一枚が破れてたでしょ。そこには素敵な絵があったのよ。
あまりにも素敵だから誰かが破り取ってしまったのかもしれないわね。」

おばあちゃんはその時、ほんの少しだけ嘘を言いました。
それから絵本の最後のページを見つめながら
自分が小さな子供だったころを懐かしげに
そしてすこし悲しく思い出していました。

第2章 カーラ  1936年

カーラが六歳になってまもないある日、街の小さなバルでマジックショーを見ました。
 ピエールというマジシャンが真っ直ぐな木の棒をまるで楽団の指揮者みたいに振ると、ハンカチの色は鮮やかに変わったしコインは硬い金属の薬箱の底を通り抜けてしまいました。
その棒をピエールがこめかみに当てて見つめると、肉屋のマッジが恥ずかしいからって内緒にしていた旅行先が
ノルマンディの海水浴じゃなくてイギリスの大英博物館だって言い当ててしまったのです。
 とっても不思議でカーラにはその秘密が全くわからなかったけれど
前に教会に来てくれたマジシャンほど格好良くはなかったし
お友達のトッコから聞いたデイビットってマジシャンの方が
何倍も素晴らしい気がしたし
 だいたい ぴえぴえぽん だなんておまじない とっても変だし!
それよりなによりピエールが振り回している棒は本当にただ真っ直ぐなだけの棒で、魔法の杖だと言うけれど、
ちっとも魔法なんてかけられそうにはありませんでした。
だから本当はピエールの隣でニコニコしていた優しそうなコピーヌって言う女の人ともっともっとおしゃべりをして、今度街に出来た美味しいケーキ屋のタルトタタンの話を聴きたかったし
もしも一緒にピクニックにいくならどんな素敵なお洋服を着たいかしら
なんてあれこれ考えているうちに
 カーラはなんだかぼんやりしてきて魔法がかかったように眠ってしまったのです。そうして気付けば、おじいさんのおうちの柔らかいベッドの上で目を覚ましたのでした。

ねえおじいさん。あたしね、トレビアーンなマジックをみたのよ。
ピエールっていってね、こうやって魔法の杖をふるの。
カーラは描きかけのキャンバスの横にあったおじいさんの絵筆を取り上げるとピエールのマネをして筆を振っておまじないを唱えてみました。
ぴえぴえぽん!

するとなんと不思議なことが、、、、なあんにも起こらなかったのだけれど
おじいさんはどういうわけかとっても驚いた顔をして
しばらくカーラをじっと見つめてからこういいました。

カーラや、どうやらお前は夢を見ていたようだね。
それは昔おじいさんが描いた絵本のお話だよ。。
悲しいお話だから、お前にはまだ読んで聞かせてなかったはずなんだが、
不思議にも、そんなことがあるのかもな。
どれ、今夜はその絵本を読んであげよう。
そういうとおじいさんはたくさんの本が並んでいる棚から
小さな絵本を一冊、棚の上の方から取り出しました。
ふーーーーっっ・・・げほげほげほ
おじいさんはすんごいしかめっ面をしてからその絵本を眺めると、
懐かしいなとつぶやいてカーラを膝に乗せました。
2人きりの朗読会が始まったのです。

【A】 マジシャンのピエールは毎日ルヴイ師匠の酒場で芸を見せていた。
ピエールの腕はそこそこ。なのでマジックを観た街の人もそこそこにしか驚かない。うぬぼれ屋のピエールは失敗すると必ずお客のせいにして、いっつも喧嘩になった。当たり前だけどちっとも売れていなかった。
だからピエールはみんながびっくりして
いっぱいほめて、しかもチップがバンと弾むような芸がしたくって
ある日マジック道具の市場に出かけていった。――――

おじいさんが読んでくれるお話を
カーラはさっき街のバルでみたピエールを思い出しながら聞いていました。

【B】マジックはそこそこで自分勝手なピエールは
    ある日怪しい男から杖を手に入れた
【C】その杖はおしゃべりをする本物の魔法の杖だった
【D】毎日杖に頭をコツンと叩かれながらピエールはぐんぐん上手くなり
【E】トレビアーンなマジシャンになった
【F】そして、ピエールはコピーヌと結婚をした
【G】だけど自分の腕を鼻にかけるようになり嫌な奴に戻ってしまう
【H】とうとうコピーヌを殺しかねない恐ろしいマジックをやろうとする
【I】コピーヌにも愛想を尽かされ
    ついに心が壊れたピエールはコピーヌを殴ってしまう
【J】そしてもみ合ううちに折れた杖はコピーヌの胸に突き刺さる――――

カーラはとても驚きました。コピーヌはどうなってしまうの?助かるよね。だってさっき会ったもの。
なおもおじいさんの読んでくれるお話は続きました。

【K】ピエールの想いに押されたのか、
     杖は時を巻き戻す呪文を教えてくれた
【L】時が戻り全て忘れたはずのピエールとコピーヌは
     それでも惹かれあい結婚をした
【M】杖はただの棒になりピエールは偉大なマジシャンには
     なれなくなってしまったけれど
        二人はとても幸せに暮らしているらしい――――
   
カーラは嬉しそうにおじいさんのお話を聞いていました。めでたしめでたし、だね。
でもおじいさんは突然悲しそうな声で、続きのページを読み始めたのです。

――――――
【N】「どうだい、いい夢だっただろう?」
魔法の杖が寂しそうにつぶやく
「時は戻せないといったじゃないか。
僕が魔法の杖じゃなくなる?やめてくれよ。
君が僕との時間を捨てると言うなら、僕が君を捨てるさ。
どうして君なんかのために僕が力を失わなきゃならないのさ。
あぁ残念だ。本当につまんない。
まあ、でもさ、君は素直でお調子者でここしばらくはずっと楽しかったから
君が呪文を唱えてから命を失うまでの刹那、最後に幸せな夢を見させてあげたんだ。嬉しいだろう?
僕はまた誰かの杖になるよ。
君じゃなくてそいつを偉大なマジシャンにしてやるさ。
僕の思い通りに操ってね。
それじゃピエール、、、、、さよならだ」

そういうと杖は コォォォ と、乾いた風のような音を鳴らし始めた
すると頭を布で覆った酷く背の低い怪しげな男がどこからともなく現れて
床に落ちていた杖を拾い上げ、またどこかへ消えていった

時が戻ると信じて呪文を唱えたピエールは 
その瞬く間に、自らの命を奪われたのだ。

翌日、いつもの時間になってもパン屋に現れないコピーヌを心配した街の人が
恐る恐るできあがっちゃいないピエールの劇場にやってきた。
そこには冷たくなった二人が重なって倒れていた。
悲しそうな顔をしたコピーヌを抱きしめるように倒れていたピエールは
どういうわけか幸せそうな顔だったという。

二人を哀れに思った街の人は、二人揃って街はずれの森の奥に埋葬してあげたのだという。
傍に落ちていた折れた木の棒は 確かピエールがいつも持っていたから
これも一緒に埋めてやろうと誰かがつぶやいた。

二人は今もその墓石の下で眠っているらしい・・・

【O】 そいつがどこにあるのかだって?
ずいぶん時が流れてしまったからね。
二人がどこにいるのか今ではよくわからない。
 ところで 昔からマジシャンが死ぬことを 
ブロークンウォンドというそうだ。
もしもいつだって木の棒を振り回しているマジシャンがいたら
その棒を決して折ってはいけないよ。
それはただの棒ではないかもしれないのだから。――――――

おじいさんは絵本を閉じてカーラにはなしかけました。

悲しい悲しいお話だ。今から100年ほど前の物語なんだよ。
おじいさんが子供の頃、村の神父さんに教えてもらったんだ
昔から魔法で身を滅ぼしたという悲しいお話は、
世界のあちこちに残っているんだ。
 大人になっておじいさんが絵を習いはじめたころ、そんなお話を絵本にしたんだよ。
マジシャンの間では知る人ぞ知る小さな物語さ。
だから世界中のマジシャンはあまり杖を使いたがらない。
古い古いカップと玉のマジックを演じる時だけにしてあとは指を鳴らしたり手をかざしたりするだけさ。
国一番のマジシャンだって、呪文一つ唱えやしない。
 もし魔法の杖だと言って棒を振りながらマジックをしているやつがいたら
そしてそいつがピエールという名前だったのなら、それは、、、
カーラ、お前はピエールの夢の中に紛れ込んでしまったのかもしれないね。

さあ、おやすみ。カーラ
明日は本物のマジックショーを見に行こう
ピエールよりずっとずっと素晴らしいやつを。

その夜カーラはどうしても眠ることができませんでした。
あれは本当に夢だったのかしら。あたしが見たマジックはみんな嘘だったの?ピエールのマジックはそれなりに不思議だったしコピーヌはとっても優しかったのよ。
もう一度会いたい。あの二人に。たとえ夢の中でも。
あの二人が死んでしまっていたなんて。
ピエールが、いいえコピーヌがとってもかわいそう。
どうしたら、ピエールの夢がずっとずっと続くのかしら。
どうしたら、コピーヌがおいしいパンを食べられるのかしら。

そうだ、絵本の最後!
カーラはとっても不思議なことをひらめいたのです。

こっそりベッドを抜け出したカーラはおじいさんの部屋に行きました。
そしてまだ机の上に置いてあったさっきの絵本を膝の上にのせると
最後の方を何度も何度も右へ左へとめくりました。
そうして大きくうなずきました。

ここよ!
ここさえなければ!
ここさえなければ ピエールとコピーヌはずっと幸せに暮らせるはず!

カーラは絵本の、ある一枚をギュッとつかむと
力を込めて破り取ってしまいました。
そしてそれをカーラは窓の外に投げ捨ててしまったのです。
窓の外は強く冷たく乾いた風が吹き荒れていて
破られたページは その風に乗って遠く、遠くに飛んで行ってしまいました。

カーラが破ったページには 小さく 【N】 と書かれていて
その裏側には 二人が眠るお墓の絵が悲しげに描かれていました。
悲しげなページは悲しげな風に舞い、そのうち、遥か西の海の上までやってきて、やがてその海に沈んでゆきました。 

カーラはそれから、ページが破れた絵本を本棚の一番下の奥の方に入れてしまいました。
きっとこれで大丈夫。きっとこれで ずっとずっと夢は醒めないわ
どこにあるのかわからない素敵なバルで
魔法が使えなくなった杖を振りながら
ピエールとコピーヌは幸せに暮らしているはず。
夢の中でならきっと二人に会えるはず

もちろん偉大なマジックを見ることはもう二度と決してできないだろうけれど。

第3章 シシとゼフォー  2020年

見習いマジシャンのシシは ゼフォーの芝居小屋で働いていました。
その芝居小屋は、ゼフォーのオヤジさんが亡くなってからはめっきりお客がへり、ゼフォーは今日もまばらなお客を相手に、それほど上手くもない
ギークマジックをやっていました。 
シシはそのお手伝いをしていたのです。

 ギークマジックというのはとても気持ちの悪いマジックです。
舌に針を刺したり、割れたガラスを食べたり、トランプカードから虫をうじゃうじゃ出したり。
時には人の悩みを言い当ててはみんなで笑いものにしたりもします
本当のことを言うとシシは、そんな気持ちの悪いマジックのお手伝いをしたくはなかったのですが、ゼフォーのいうとおりにしないといけないような気がしていたのです。
 10の年を数えるころ病気でママをなくしていたシシは
ゼフォーの家に引き取られ、ゼフォーのオヤジさんにずっとずっとよくしてもらっていたからです。
 シシはどうしてゼフォーがオヤジさんと同じ ”おもしろいりゅーじょん” をしないのか不思議でなりませんでしたが、ゼフォーにそれを言う勇気はありませんでした。それどころかシシはもうずいぶん大人になったのに、一人で舞台に立つ勇気さえなかったのです。

ゼフォーの呼び物は ”恐怖の人体切断マジック” です。
女の人を箱に入れて鉄板で切る時 いつもその鉄板を高々と上げてから箱に刺すのですが、その時には必ず上下を間違えてしまうのです。
そばで助手をしているシシは慌てて言います。
「ゼフォーさん!逆です逆!」「おおすまん、、」
ゼフォーは鉄板をシシの方に向けて腕を伸ばすと顔だけお客の方を向き
「良く見てなお前ら。いいもんみせてやるぜー」と下品に笑います。
その間にシシはゼフォーの持つ鉄板の上下を入れかえて渡しました。
今度は上手く箱に鉄板を刺しました。
 箱の中の女の人は血しぶきをあげるのですがそこはマジック
箱から出てきた女の人は生き返ったかのように薄気味悪い笑いを見せて
血まみれのままお客に手を振ります。
まばらな拍手が起きました。

ショーが終わって幕が閉まると助手の女の人はニセモノの血を拭きながらシシに言いました。
ゼフォーのやつ、今日も鉄板の上下を間違えてたわね。
ほんと下手くそだしこんなマジックとっても下品。
まぁ、お金になるからいいけれど。
シシはごめんなさいと苦笑いしながらあやまるしかありませんでした。

シシはその後芝居小屋の出口に立って、ゼフォーの名前が書かれた色紙を
まるで御利益があるお守りかなにかのように客に売りました。
ゼフォーの名前が描かれた色紙を家のドアに貼ると、ここのところ世間をさわがす流行り病にも効くだとか、マジックみたいに小銭が入ってくるだとか。いつのまにやらそんな噂が街に流れ、思ったよりも売れるのですがその噂はゼフォーが流したものだとシシは知っていました。
色紙にゼフォーの名前を書くのはもちろんシシのしごと。たくさん書くのでシシは疲れてしまいます。なのにまだまだ仕事は残っています。
名前の横にゼフォーの印 Z のハンコをポンと押さなければなりません。
ポン、ポン、ポン・・・
何度も何度もハンコを押していると疲れたシシは、いったい自分はなにをしているんだろうとだんだん眠くなってしまうのです。
ZZZ・・・

「おいシシ!酒を買ってこい」
シシはびっくりして飛び起きました。
どうやら眠ってしまっていたようです。
とつぜん使いを頼まれたシシは慌ててゼフォーのハンコをポケットにしまい
街に酒を買いに出かけました。
 なぜこんなことまでしなくちゃいけないんだ。
いやだなあ。ほんとつらいなあ。
自分はもっとみんなを笑わせたり楽しませたりするマジシャンになりたいのに。ゼフォーのオヤジさんのような。いやいやもっと素敵なマジシャンになりたい!
あの絵本に出てくるピエールのように。もしピエールに逢えたなら・・・
きっと僕も一人で舞台に立てるようになるかもしれないのに・・・
あれこれ考えながら歩いていると
 いつのまにかシシは道に迷っていました。あれ?ここはどこだ?
知らない路地を行ったり来たりしているうちにシシはそこに
見たことのある看板を見つけました。
マジシャン、ピエールのバー。”まじっくたいむ” の看板です。
本当にあったんだ!。シシは迷いもせずに扉をあけました。
店の中には、絵本で読んだマジシャン、ピエールがいました!
くるりんとしたひげは本物じゃなくってクレヨンで描いているではありませんか。
 ドキドキしながらカウンターに座ったシシを見て
はじめは少し気難しそうな顔をしていたピエールですがマジックが始まると
真っ直ぐな木の棒を振りながら、ニコニコとたくさんの不思議な芸を見せてくれました。
あっという間に時間が過ぎて本当に魔法にかかったみたいでした。
マジックが終わると店の奥のカーテンを開けて、小さくて丸い女の人が出来てきました。
嘘をついたら見破られそうな目。この人はコピーヌさんに違いない。シシはドキドキしました。

ピエールが言います。君の持ち物を使おう、何か持ってるかい?
シシはポケットの中のコインやら鍵やらを全部渡しました
ピエールはそれを一つ残らず黒い布袋に入れると、真っ直ぐな棒を魔法の杖よろしくクルリと振って、ことごとくそれらを消してしまったのです。
シシは思わず「トレビアーン!」と叫んでいました。ああ、あの棒のことも知ってるぞ!
あの真っ直ぐな棒は昔、本物の魔法の杖だったんだ。でもコピーヌさんの命を生き返らせるために、時間を巻き戻す呪文をピエールに教えて、ただの棒になってしまったんだ。
うわー、本当に今も大切に持っているんだなー。
シシが子供のころに読んだ絵本 【ピエールと魔法の杖】と何もかもが同じでした。

それからシシはトランプマジックのやり方も少しだけ教えてもらいました。
こうやってトランプをくるりとひっくり返すとき別のトランプとすり替えるんだよ。
難しいねとシシが言うと  ”じゅくれんのわざ”  が必要さとピエールは答えてくれました。

おっと忘れてた。ゼフォーさんの酒を買いに来たんだった。
必ずまた来るねと
シシは道を覚えながらゼフォーの芝居小屋まで帰りました。
そして自分の荷物の奥にしまっていた古い古い絵本を取り出して
懐かしそうに読み始めたのです。そんな機嫌のいいシシをいぶかしく思ったゼフォーが訊いてきます。
おい、シシ!おまえ絵本なんか読んでどうした?ガキじゃあるまいし。

ゼフォーさん、見てください。僕はこの絵本の中のマジシャン ピエールに出会ったんです。
絵本の中のマジシャンが本当にいたんです。そしてただの棒になってしまった魔法の杖を今も大切に持っていたんですよ!
すごいですよね!!ああ、僕はもっとピエールのマジックを見たいなー
 心臓のドキドキが止まらない様子のシシを見ながらゼフォーが言います。
絵本の中のマジシャンが本当にいたって、どういうことだよ。
ゼフォーはシシの絵本をみました。ぱらぱらめくってみているうちに
あるひとつの昔話を思い出しました。

ん?この話はきいたことがあるぞ
昔々、片田舎に住んでいたマジシャンの話だ。
本物の魔法の杖を手にして一度はこの国一番の腕を誇ったのに
そのことを偉そうに鼻にかけていたものだから
そのうち誰からも相手にされなくなり
終いにゃ愛する嫁さんを失っちまった哀れなマジシャン
 でも 話の最期がちがうよな。
この後夢から覚めてこいつは死んじまうんだ。
それから杖はどこかに持ち去られて、、、
二人の墓は今じゃどこにあるのかわからないって話のはずなんだが。
なんだ。。その最後のページが破られていてNのページがないのか。。。。
ん?待てよ?

ゼフォーは気づいたのです。
最後のページがないものだから 上手いこと話がつながって
この絵本の中でだけはピエールってマジシャンが今も生きてることになっているのか!そしてシシが言うことにはそのピエールってマジシャンが今も本当にいるってことらしい。
 まるでおとぎばなしのようじゃないか。
でももしそれが本当だとすると、最後の無くなったページを戻してやれば
そいつの持ってる棒は本物の魔法の杖になるってことだよな。
いやいや何も破られたそのページじゃなくてもいいんじゃねーか。
そのページを都合よく書きゃーいいじゃねーか
夢から覚めたピエールが、この俺に杖をくれるって筋書きはどうだ!
ガハハ!こいつはいいや。上手くゆくと本物の魔法の杖が手に入るかもしれねーぞ。

「よし!シシ。明日でゼフォーマジックショーは最後にするぞ」
「え?どうしてやめちゃうんですか?」
「お前がいなきゃ俺のマジックはできねー。でもそれでいいんだ。
お前、うちの小屋を出てそのピエールの店で働け。おまえもそろそろ独り立ちするころだ。俺が話をつけてやる!なあに、俺のことは心配すんな。」

そうさ。俺様は本物の魔法の杖を手に入れるんだからな。

「明日のショーの後、早速ピエールの店に行こうじゃねーか。
その時は必ずその絵本も一緒にもってゆくんだぜ、シシ
忘れるんじゃねーぞ」

次の日ゼフォーはシシと一緒にピエールの店にやってきました。
ゼフォーとピエールは何やら話をしています。
おお!これが魔法の杖ですか。これで数々の不思議をやってのけているのっすね。
いえいえそれはただの棒ですよ。種があるのはここここ!とピエールは腕をたたいて笑います。
そんな笑いあうゼフォーとピエールを見ながら
心配そうにコピーヌが「なんだかとっても嫌な感じがする」と、つぶやいているのをシシは聴き逃しませんでした。

「シシ、ピエールさんにあの絵本を見せてあげよう。」
ゼフォーがシシから絵本を奪うように取るとテーブルの上に置きました。
ゼフォーはもちろんピエールに絵本を見せるつもりなどありません。
ピエールとコピーヌが絵本を眺めているのをよそに
絵本の表ではなく後ろの表紙を開いて 懐から一枚の紙を取り出しました。
そして 一番後ろの【O】と書いてあるページの上に、その一枚の紙を乗せました。
それは昨日の夜遅くにゼフォーが書いておいたニセモノのページでした。
「これでどうだ!」ゼフォーが不気味な笑顔で見つめます。

すると、、、

絵本が突然光りだし、店の中を目を開けていられないほど強く冷たい風が吹きました。 

ピカァーッ!
ゴオォ~~~っ

「「「うわっ」」」
ゼフォーもシシもピエールもコピーヌもみんな目を閉じました。

ドサッ 何かが落ちる音がして、、

シシが目を開けると なんと床にはコピーヌが倒れていました。
ピエールは杖を持ったままぼんやりと突っ立ています。
そして 気づけば、ピエールの ”まじっくたいむ” は気持ちの悪い部屋に様変わりしていました

コウモリのテーブルにドクロのイス。クモの巣のカーテンにワニ革の絨毯。
窓から陽の光が入っているのにどんよりと暗くてまるでお墓のような部屋。
おお!夢のような立派な部屋じゃねーか!ゼフォーが叫びます。
「こりゃいいや。俺様に似合うものがぜーんぶありやがる。
やっぱり思った通りだ。俺が書いたページを絵本にはさんだから
ページに書いた通りの世界に変わったんだ!」

するとピエールが突然「この杖は世界一のマジシャンであるゼフォーさんのものです。どうかこのピエールを弟子にしてください。何でもいうことを訊きます。」といって
持っていた魔法の杖をゼフォーに手渡してしまいました。

ゼフォーはにやりと笑うと 「ありがとな、ピエールさんよ。
シシ、どうだ!この魔法の杖は俺様のものだ。ガハハ!」
シシがやめてくださいと杖を取り返そうとしましたが
ゼフォーは杖をぐるんとひねってシシを魔法で壁際に突き飛ばしてしまいました。
「おお!本物の魔法の杖だ!すげーなー。どうだシシ、魔法を受けた気分は!さーて、ちょっくら家の外側を見てこようか。おい、ピエール、付いてこい!」
そういうと、突然おかしな言葉を一言だけつぶやいて
杖を持ったまま、ピエールと出て行ってしまいました。

シシは体が痛いのを我慢しながらコピーヌを揺り起こしましたが彼女は眠ったように動きません。
「いったい何が起こってるんだ?」シシが急いで絵本を開いてみると
そこには見たことのないページが綴じられていました。

―――――――――――――――――――――
【N】 そんな夢をたくさん見た後で 
ピエールは目を覚ました。すると、
死んでしまったコピーヌのことなんか諦めて
魔法の杖を ゼフォーにあげることにした。
そしてゼフォーのいう事なら何でも訊く弟子になった。
ゼフォーとピエールは本物の魔法の杖で
世界一のマジシャンになって大豪邸を建てた! 
―――――――――――――――――――――

「なんてこった!」

あまりにひどいことが書いてあるのですが、物語はちゃんとM、N、Oとつながっているではありませんか。
すぐさまそのページを破ろうとしたのですが、どういうわけか少しも破ることができないのです。

どうしよう。とにかくこのままではいけない。僕がなんとかしなくっちゃ。
そうだ。この絵本はもともと僕のおばあちゃんのものだった。
ママがまだ生きていたころ 何度か遊びに行ったことがある。
今はだれも住んではいないけれどそれほど遠くではなかったはず。
あそこへゆけばどうしたらいいかわかるかもしれない。
 シシは大急ぎで本を持ってゼフォーに見つからないよう、そこから出てゆきました。
ピエールさん、コピーヌさん。待っていてね。必ず助けるから。

豪邸の姿に大喜びだったはずのゼフォーは気持ちの悪い植物がたくさん生い茂った庭で
手に持った杖と大声で言い争いをしていました。
「おいおいゼフォー。君はバカなのかい!
あんなひどいお話じゃあ、僕の魔法は半分もつかえないぞ」
「なんだと!棒っきれにバカ呼ばわりされる覚えはねーぜ」
コツン!痛っ
「棒じゃない。マジックウォンド。魔法の杖さ」
杖はそう言ってゼフォーの頭をかなり強めに叩くとさらに続けてこう言いました。
「今のままじゃ残念だけど時間を戻すことも 先のことを知ることも
そして相手が何を考えているのかも知ることができない。
これじゃあ君を世界一のマジシャンにはできないさ。
どうして絵本を置いてきちゃったのさ。早く部屋に戻って絵本を取り返さなきゃ。」
 それを聞いてゼフォーは慌てて部屋に戻りましたがシシはもういません。
ゼフォーと杖が気付かぬうちに絵本を持って出て行ってしまったのです。
「悔しいけど今の僕じゃシシが絵本をどこにもっていったかわからないし魔法で取り戻すこともできないよ。やっぱりさっきお前に呪文を唱えさせておいて本当に良かった。お前はさっき、れすてんたあくって言っただろ。あれは
君が絵本にはさんだページを君にしか破り取ることができないようにしておく魔法さ。どこに持って行ったって必ずあのシシって子はこの豪邸に帰ってくるさ。そのとき絵本を奪ってしまえばいい。
そして君がはさんだページを破って元々あった本物のページと取り換えればいいのさ。」

「あぁそうか!俺が部屋を出る前におかしな言葉をつぶやいちまったのは
その呪文だったのか。へー。この棒はたいしたもんだ。
先のこともお見通しってことか!」

コツン!

「棒じゃない。魔法の杖さ。何度言わせるのさ。先のことが見通せたんじゃない。なんとなくそう感じただけだよ。僕の力じゃない。僕の本当の力はこんなものじゃないんだよ。
いいかい、まずはページが沈んだ海に行くんだ。
絵本が元の姿に戻ればそのあと僕は間違いなくゼフォー、君のための魔法の杖になる。そうすれば欲しいものは全部手にいれられるぜ。
僕は君みたいな、自分の欲に素直なやつが好きなんだ。
 さあ、昔カーラに破られた本物のページを探しに行こう
そしてこんどこそなにもかも僕の思い通りにしてやる。」
「ガハハ!そりゃあいい。カーラが誰だか知らねーが
こいつが本物の魔法の杖になるんならなんだっていーや
よし探しに行こう!」

海に面した崖までやってきたゼフォーは魔法の杖に教わりながら
たくさんたくさん魔法を掛けました。
海の底まで潜っても息が出来る魔法
海の底まであっという間に泳いでゆける魔法
破れて散らばってしまったページのかけらを一枚残らずかき集める魔法
それから破れた紙を綺麗にくっつける魔法
海の底から崖までちょっと飛び上がっただけで戻って来れる魔法
びちょびちょに濡れた紙を火を使わずに曲がることなく乾かす魔法
ずいぶんと長い時間を掛けたけどたくさんたくさん魔法を使って
とうとう本物のページを手に入れてしまったのです。
 杖がピエールの命を奪ったという物語。
裏に描かれたのはピエールとコピーヌの眠るお墓の絵。
まだ六歳だったカーラが破って捨てた、悲しい悲しいページ。
そのページは、いまやゼフォーがしっかりにぎっていました。
「でも喜ぶのはまだ早いよゼフォー。絵本にこいつをはさむまでは、今の僕には何が起こるかわからないんだ。」
「心配すんな。俺がなんとでもしてやるよ。ガハハ」

絵本を持ち去ったシシの方はというと、大急ぎでおばあちゃんの家にやってきました。
埃をかぶった家具がいくつか置いてあって昔あそんだ積み木もそのまま残っていました。
壁にはおばあちゃんの優しい笑顔の絵が飾ってありました。
「ねえ、おばあちゃん。おばあちゃんのこの絵本、大変なことになっちゃったんだ。このままだとコピーヌさんは死んじゃうし、ピエールさんはゼフォーの弟子にされちゃうよ。そして気持ちの悪い豪邸がどこかに立っちゃうんだ。
ゼフォーみたいなやつが本物の魔法の杖を手にしたら世の中が大変なことになっちゃうよ。
たすけて。カーラおばあちゃん!」
シシが壁を叩くと、おばあちゃんの絵がガタンと落ちてきました。
そしてバタンと倒れると、後ろの板が外れてしまいました。
シシはそこに一枚の絵と手紙が入っているのを見つけたのです。それはまだ子供だった頃のおばあちゃんに向けて、おばあちゃんのおじいちゃんが書いた手紙でした。

『カーラへ 小さなお前にはまだわからないだろうが
この国はまた ”せんそう” を始めてしまったんだ。
だから家族が別れて暮らさなくてはいけないんだよ。
でもお前はとても優しい子だ。きっと幸せになれる。
ピエールとコピーヌが死んでしまうのは悲しいと言って
二人の墓が描かれた絵本のページを破いてしまうような子だ。
代わりに素敵な絵を描いておくれとせがむような子だ
約束だったピエールとコピーヌが幸せに暮らしている絵を
描きあげておいたから、こいつを絵本にはさんであげなさい。
カーラや。
必ず生き延びて幸せになっておくれ。
どうか神様のご加護がありますように。』

ピエールとコピーヌの墓だって?!そうかあの後二人は死んでしまっていたのか。
手紙を読んで、絵本の本当の姿がどんなものだったのか、おばあちゃんがその絵本に何をしたのか、シシにはなんとなくわかりました。
 ありがとう、おばあちゃん。ありがとう。おばあちゃんのおじいちゃん。
僕は今、自分がやるべきことがわかったよ。
この絵を本にはさめばいいんだね。 
魔法の杖をゼフォーに渡したりしないさ。
きっとゼフォーはこの本を奪いに来る。
魔法の杖が少しだけ使えるようになった今、かならず杖はこの絵本を
破られる前の元の姿に戻そうとするはずだ。
ということはゼフォーは自分が書いたニセモノページをかならず破るはずだ。
その時がこの絵を本にはさむチャンス!!
シシはこれまた急いで、今はゼフォーの豪邸になってしまった 
”まじっくたいむ” に戻ることにしました。

太陽が一度沈んでもう一度顔を出す頃
悪趣味な豪邸には、杖を持ったゼフォーがドクロのイスに座ったり立ったりと、ずいぶんといらいらしながら待っていました。
ピエールはゼフォーの言うがままに部屋の掃除をさせられていました。
その部屋の床にはコピーヌが倒れたまま全く動かずにいます。
杖がつぶやきます。
「このピエールはさ、僕が魔法の杖じゃなくなってもいいって言ったんだ。ほんとひどい奴さ。
あのコピーヌはさ、僕とピエールの邪魔をしたんだぜ。ほんと嫌になっちゃうよ。」

そこに絵本を持ったシシが戻ってきました。

「ゼフォーさん、その杖を返してください!」
「おおやっと来たか。杖を返すだあ?この杖はもう俺のもんだ。そしてその絵本もいただくぜ」
ゼフォーは杖をぐるんとひねりました。
絵本はシシの手を離れゼフォーの元に飛び移ります。
シシはいとも簡単に絵本を奪われてしまいました。
「残念だったなシシ! これで杖も絵本も そしてほら見ろ!
無くなっていた本物のページもすべて俺のものだ。ガハハ!」
ゼフォーは奪った絵本を開くとすぐさま
自分が書いたページを破ろうとしました。
慌てて杖がゼフォーに向かって言いかけます。
「ゼフォー。そのページを破る前にシシを先に縛っておけよ。そうしないと、、」
ところがゼフォーはその杖の言葉を聴く前に破り取ってしまいました。

ビリビリッ
ゴオォ~~~っ

ゼフォーの豪邸の中を、強く冷たい風が吹き荒れました。
豪邸は、みるみるうちに、もとの ”まじっくたいむ” に戻ってゆきます。

「くそっ、またこの風かよ!!」
テーブルの上にあった本物ページは、風に吹かれてひいらりひらり
掃除をしていたピエールの足元に落ちてゆきます。
ゼフォーは慌てて杖をぐるんとひねって取り戻そうとしましたが
この世界ではただの棒。何も起こりません。
「はあ?なんでだよ?てめー肝心な時に寝てんのか?」

いまだ! シシは思い切りゼフォーにぶつかってゆきます。。

ドシン!

シシとゼフォーは 絵本を奪い合って激しくもみ合います。
よこせっ、これは僕のだっ、やめろ、ふざけるな、なにをする、いたい、このやろう!

ドン! ぐぇっ! 何かをたたく大きな音と まるで豚が悲鳴を上げるような声がしてゼフォーが突然倒れました。シシが驚いてぐったりしたゼフォーを見ると、その後ろにはお酒の瓶を逆さまに握ったコピーヌが息を切らして立っていました。

「はぁはぁはぁ、、、シ、シシくんが襲われていたから、つい、なぐっちゃった、、、まさか死んでないよね、、、」
「ああそうか。ニセモノページを破り取ったから、コピーヌさんも戻ったんだね。良かったぁ。ありがとう!助かりました。大丈夫、この人は気絶してるだけですよ。」
「よかったぁ。ねえピエールは?」
「ピエールさんならあそこに、、、」

ピエールはその時、お墓の絵を見つめていました。
「そうか、、、、時を巻き戻すだなんて嘘だったんだな。ウォンドに騙されていたのか。
呪文を唱えたのにコピーヌは生き返らなかった。それどころかこのピエール まで死んでしまっていたのか、、、、」
ピエールは絵本の本当の物語に気付いてしまったのです。
シシはピエールの手から墓の絵を奪うようにつかみとると
自分もそのページに書かれた文を、絵本の本当の物語を読みました。
なんて悲しいお話だ。本当は二人に幸せなんか訪れなかったんだ。だから優しいおばあちゃんはこのページを破り捨てたんだね。おばあちゃんが悲しいお話を破って捨てたから、ピエールとコピーヌは絵本の世界で幸せに暮らすことができたんだね。
だったらもう、こんなものいらないよ。安心してピエールさん。
シシはそのページを真ん中から裂いて、クシャッと丸めてしまいました。
それからシシは床に落ちていた真っ直ぐな木の棒を拾って
ピエールに渡しました。
「この棒はあなたのものですよ。もう手放さないで。
さあ、今のうちにこっちの絵をはさんでしまえばいい。 
見てください、ピエールさん、コピーヌさん。こんなに素敵な絵があるんです。」
シシはおばあちゃんの家で見つけた絵をピエールに見せました。

それはピエールとコピーヌが二人で美味しそうにパンをほおばっている絵でした。
明るくて素敵でトレビアーンな絵。
「素敵な絵だ。」「ほんと素敵な絵ね」
「僕のおばあちゃんが、おばあちゃんのおじいちゃんに描いてもらったものらしいんです。」
「え?シシのおばあちゃん?君はいったい誰なんだ?」
「僕の名前は、、、僕の本当の名前は リヨンっていいます。
僕のおばあちゃんはカーラって言って、この悲しいページを最初に破った人です。」

シシは絵本とカーラの話を、そしてゼフォーがどんなひどいことをしようとしたのかも全てピエールとコピーヌに話しました。
それから3人はいよいよその絵を 絵本の【O】の上にのせました。
これでまた元通りだね。。3人は強い風に備えて目をつむりました。

ところがなにも起こりません。絵本は光らないし風も起こりません。
あれ?どうしてだ?くっつかないね。。はさんだらいいのかな。。。
3人は絵本を見つめます。

すると突然ピエールは何かに突き飛ばされるように床に転がりました。

うわっ
ピエールは杖を落とし、持っていたマジックの袋からはコインやらトランプやらが転がります。
続いてシシも思い切り頭をぶんなぐられました。ぐはっ
そしてコピーヌは思い切り顔をひっぱたかれました。きゃあ
「さっきはよくもやってくれたなー!」
気絶していたゼフォーが目を覚ましたのでした。
そして絵本も棒になった杖も奪われてしまいました。

「全くとんでもねー奴らだ。この棒はもう俺のものなんだよ!
あがくんじゃねーよ。
ん?絵本に何をはさんでやがる。なんだこの絵は?
おいシシ。こんなパンを食ってる絵をはさもうとしたのか。
笑えるぜ。どこにもNなんて書いてねー。
これじゃ ただの 『し お り』 だ!ばーか!
そんなんだからいまだに一人じゃなんにもできねーんだよ!」
絵は床に捨てられてしまいました。
「しまった。だから何も起こらなかったのか。。。。。」シシが悔しそうに言います。
ピエールは床に落ちたその絵と、布袋から散らばったマジック道具を拾いながらゼフォーをにらんでいました。

「あーあ、俺のページ破っちまったのか。まぁいいや。
もう一度俺の書いたページをはさめば 少しは杖が使えるようになるんだ。
本物のページはすぐに戻るさ。今度は失敗しないぜ。」
ゼフォーは床に落ちていたニセモノページを絵本にはさみました。
絵本が光り、冷たい風が舞いました。

ピカァーッ!
ゴオォ~~~っ

ふたたび ”まじっくたいむ” は悪趣味なゼフォーの豪邸に変わってしまいました。
コピーヌはまたも倒れて動かなくなりました。
ピエールはまたもゼフォーのいいなりになりました。

コツン!痛っ
「ゼフォー。君は本当にバカだなあ。どうしてシシを縛っておかなかったのさ」
「痛てーな、くそ。折ってやろうか」
「ふんっ。そんなことをすれば君は一生くだらないマジシャンだぞ。
さあ、縄を出してシシを縛っておくんだ。」
「ああ、言われなくても今度はそうするさ。」
ゼフォーは魔法の杖をぐるんとひねり、太い縄を出しました。そしてその縄で弱っているシシと全く動かないコピーヌを魔法を使って縛ってしまいました。
「おい、ピエール。お前は俺の弟子だ。はやく俺を手伝え。」

ピエールは言われるがままシシが破いた本物のページを拾い集め
ゼフォーはそれを杖の魔法であっという間に元に戻してしまいました。

「よおし、これで元通りだ。絵本も杖も本物ページも!みーんな俺のもの。
シシは縛り上げたしピエールは俺の言いなりだ。
あとはニセモノページを破り取って、本物ページを乗せりゃあいい。
風に飛ばされねーように気を付けておけば、ピエールにだって邪魔されねー。そうだよな?ウォンドよぉ。」
「いいやゼフォー、念には念を入れるんだ。これから先、この絵本は
『ゼフォーにしか破れない』って魔法をかけておこう。」
「それはいい案だ。こいつらがオイタできないようにしておこうぜ。」
ゼフォーは杖で絵本に怪しげな魔法をかけてしまいました。
シシはただ、その様子を見ている事しかできませんでした。

悔しいなぁ。なんでこんなにうまくいかないのさ。
悔しいなぁ。本気で頑張ったんだよ。すごく勇気を出したのに。
悔しいなぁ。どこでまちがえたのかなぁ。
悔しいなあ。どうしてこんな、、、
シシはいつの間にか泣いていました。

ビリビリッ
ゴオォ~~~っ

ゼフォーはニセモノページを破り捨てるとすぐさま本物ページを高々と上げました。
「こんどこそ俺は世界一のマジシャンだ!」
その時、ピエールが慌てて言います。「ゼフォーさん!逆です逆!」「おおすまん、、」
いつもの癖でページの上下を間違えていたのです。
ゼフォーはそれをピエールの方に向けて腕を伸ばすと顔だけシシとコピーヌの方を向き
「良く見てなお前ら。いいもんみせてやるぜー」と下品に笑います。
その間にピエールはゼフォーの持つページの上下をひっくり返して渡しました。
とうとうゼフォーは【O】の上にそいつを乗せてしまったのです。

絵本が光り またまた風が強く冷たく吹き荒れました。

ピカァーッ!
ゴオォ~~~っ

あぁ。これで絵本が最初のお話に戻ってしまう。
コピーヌさんは死んでしまう。ピエールさんも死んでしまう。
二人は墓石の下で眠っていることになってしまう。
魔法の杖はゼフォーのものになって世界はとても居心地の悪いものになってしまう。。。
強く冷たい風は シシの悔し涙まで吹き飛ばしてしまいましたが
風がやんでも涙がこぼれてくるのでシシは目を開けることができませんでした。

ゼフォーは強い風に吹かれながらニヤニヤ笑っていました。
絵本が元に戻ったならここは俺の豪邸じゃなくこいつらの作りかけの劇場になってるはずだ。
まあいい。後からいくらでも俺好みの豪邸を建ててやるぜ。

ところがゼフォーが目を開けてみるとそこは劇場でもなくゼフォー好みの豪邸でもなく ピエールの ”まじっくたいむ” のままでした。

ん?どうした。なんにも変ってないじゃないか!おかしいじゃないか!
ゼフォーは絵本を見て驚き叫びました。

なんじゃこりゃぁ!

ドン! ぐぇっ! 何かをたたく大きな音と まるで豚が悲鳴を上げるような声がしました。
シシが驚いて目を開けると、ゼフォーがぐったり倒れていて 
その後ろにはお酒の瓶を逆さまに握ったピエールが息を切らして立っていました。

「はぁはぁはぁ、、、絵本を取り返さなきゃって、ついなぐっちゃった。
まさか死んでないよね、、、」
「ピ、ピエールさん!早くこの縄を解いてっ。そしてゼフォーを縛り上げるんだっ」

縄でぐるぐる巻きにされたゼフォーを見下ろしながら、シシはピエールに尋ねます。
「一体なにが起こったの?」
「うふふ。知ってるかい?このピエールこそは、トレビアーンなマジシャンだよ。
ニセモノページが破られて、いつものピエールに戻っていたからね。
ゼフォーが運よくページの上下を間違えていただろ。ひっくり返すためにページをピエール に渡した、まさにあのとき ”じゅくれんのわざ” で、この絵とすり替えたのさ。」
ピエールが見せた絵本には
ピエールとコピーヌが美味しそうにパンを頬張るあの絵がしっかりと綴じられていました。

「そうかあのときに!さすが ”じゅくれんのわざ” ですね。
え?でもさっきはこの絵、絵本にはさんでもなにも起こらなかったんですよ?Nって書かれてないからただのしおりにしかならなくて、、、あれ?Nって、、、書いてある???」
二人がパンを頬張る絵の下の方に さっきまではなかった 【N】 の文字がくっきりと描かれてありました。

「ああ、それはね」
これさ、とピエールはシシに右手を差し出しました。手を開くとそこには
ゼフォーのハンコがありました。

「昨日だったっけ?ほら、シシが預けてくれた小物を全部マジックの袋で消しただろ。その中にコレがあったんだ。これをこうやって、、ポンってね。」

なんとピエールは 「Z」 を横に倒し 「N」 にして ハンコを押していたのです。
 
絵本が この素敵な絵を【N】だって許してくれたんだよ、きっと。
シシの目にはまた涙があふれてきました。ただ、さっきとは温かさが全く違う涙でした。
そしてシシは新しく綴じられた【N】のページをめくり、
パンの絵の裏に書いてあったおじいさんの言葉を初めて読みました。

~ 世界が令きことに溢れ平和な時代になりますように     

  もしもその世界が今までとは変わってしまうほど恐ろしく冷たい風が吹いて、人々が互いに触れられないほど離れ離れになっても、大丈夫

 時を巻き戻すことは決してできないけれど、新しいカタチの魔法の時間が必ず流れ、繋がってゆくことが出来るのだから ~

ふふふ。カーラおばあちゃん。おばあちゃんのおじいちゃん。ありがとう。
おばあちゃんはコピーヌとピエールが ほんと大好きだったんだね。
シシはとても嬉しく感じました。

ピエールは床に落ちていた杖を拾うとつぶやきました。
これでもう本当に魔法は使えないね。でもいいんだ。
君のような真っ直ぐな樹の棒が一本あればいい。
たとえ無理でも自分の腕でこの国一のマジシャンを目指してみるよ。自分の言葉で魔法の時間を創りだしてみせるさ。
だけど約束だ。ウォンド、君を決して手放さないからね。

そんなピエールをコピーヌは楽しそうに見ていました。
「ねぇ、ピエール。やっぱりその棒とおしゃべりしてるでしょ?!」

しばらくすると 縄で縛られたゼフォーが目覚めて うなされながら言いました。
「あのー。すんません。なんで俺は縛られてるんすかね?酔っ払って何か悪いことしちまいましたか?
というか俺はここでなにをしてるんすかね?」
ピエールとコピーヌとシシは顔を見合わせて尋ねます。
「あなた、、覚えてないの?」
「ええ、、、というか、頭ん中がこんがらがっちまって、自分の名前も思い出せないんっす、」
「ま、まさか、そんなことって。。」

するとゼフォーはピエールの持っている杖じゃなくてハンコの方を見つめて言いました。
「あぁそれ、俺のものっすよね、、見たことあります。えっと、N?
俺の名前はNから始まる?N、、、
あっ!あぁぁぁ!思い出しました。
俺の名前はニックです!芝居小屋で働いていて、、、
そうだ、思い出した!俺はマジシャンなんすよ。
笑いの起こるいりゅーじょんマジックが得意なんすよ!」
「ニックだって?いや君の名前はゼフ、、、、」

ピエールの言葉をさえぎりシシがこっそり言います。
「ピエールさん、ゼフォーのオヤジさんはニックって言うんです。」
「え?本当に?じゃあ頭を殴られて自分と父親と間違えてるってことかい?」
信じられない面持ちでピエールは落ちていた【N】ページをゼフォーに見せました。
「これ、見覚えあるよね?」
「いや、ないっす。お墓の絵っすか。その紙がどうかしたんすか?
それよりどうして俺は、こんなぐるぐる巻きにされているんすかね。
っていうか、あらら?
あんたトレビアーンなマジシャン、ピエールじゃないっすか。
あ、ひょっとして俺、今マジックで縛られてるんすかね!」

どうやら本当にゼフォーはこれまでのことを忘れてしまったようです。
ピエールはちょっと考えて言いました。
「えーっと、はい!その通りです、ニックさん。いまあなたは間違いなく、きつーく縛られていますよね。
さあ今からすぐにその縄を解いてご覧に入れましょう!
目をつむってぇぇ、そう、目をつむってぇぇ、ぴえぴえぽん!」
ピエールとシシは大急ぎで縄を解いてあげました。

「うわー、あっという間っすね。本当に驚きです。タネわかんないわ。
さすが、トレビアーンなマジシャン、ピエールっすわ!
あぁ、今度は俺のマジックもぜひ見に来てください。
”ニックの おもしろいりゅーじょん” っていうんすわ。
川の向こうの芝居小屋で新月の夜にやってますから。」
そう言うとゼフォー、じゃなくなったニックは
楽しげに店から出て行ってしまいました。

「シシ、、、いやリヨン。なんだか信じられないけど、これでもう安心だよね?」
「ええ。たぶん。この絵本のページは、杖が魔法をかけてしまったので
『ゼフォーにしか破れない』はずです。
でもそのゼフォーは、たったいまいなくなって ”ニック” になっちゃいました。。。もう、この本を破ることは、、、」

「「「誰にもできない!」」」

3人は同時に笑いました。互いに手を叩いて本当に大きな声で 笑いました。

それからしばらく何かを考えていたシシは
ピエールに言いました。

「ピエールさん。僕も、あの人の芝居小屋で一から修行し直します。
ニックになったゼフォーとなら上手くやれると思うんです。
お世話になりました。立派なマジシャンになって見せます。それまでこの絵本、ピエールさんが持っていて下さい。」
「わかった。預かっておこう。もちろんマジシャンの名前は、シシじゃなくてリヨンだろ?」
「はい!そうします。」
「頑張るんだよ、リヨン。君も立派なマジシャンを目指すのなら覚えておくんだぜ。
マジックで大切なのは 何を演じるか よりも 誰が演じるか。
この人に逢いたいと思えるマジシャンになるんだぜ。」

コツン!痛っ

すかさずコピーヌは真っ直ぐな棒を奪ってピエールの頭を叩きました。
「偉そうにしないの。何を演じるかだってとっても大切だわ。それにリヨン君なら大丈夫よ。すごーく勇気があるもの。きっと何があっても挑戦してゆける人だわ。頑張ってね リヨン君。」
「はい。ありがとうございました。」
「こちらこそ本当にありがとう。リヨン。」
二人は堅く、堅く握手をしました。

ピエールとコピーヌに見送られてシシは店を出ました。
不思議なことに二度目に振り返った時
そこに ”まじっくたいむ” はありませんでした。
ああ、そうか 僕はもう戻れないんだね。
いつまでも絵本の中のマジシャンに憧れてちゃだめだってことだよな。
僕は先に進まなきゃ きっとあの二人は 絵本の中で永遠に幸せに暮らしているのだし。

気を引き締めて歩き出すリヨンの肩に、チラチラと雪が落ちてきました。

リヨンは カバンから少しほころびて古ぼけた、でもとっても温かそうなマフラーを巻いて
街に消えて行きました。

FIN

FIN っていうのは ”おしまい” の意味だけど、

シシの目の前で FINの Nだけが大きく見えるようになりました。
N N NNNNNNNNN、、、んんんんん!!

「おいシシ!起きろ!何をのんきにねてやがる!早く酒を買ってこい!」
シシはびっくりして飛び起きました。
どうやらゼフォーの名前を書いた色紙づくりをしているうちにすっかり眠ってしまっていたようです。
「あ、ゼフォーさん。いや、、ニックさんでしたね。」
「はあ?なんでオヤジの名前を呼んでるんだよ。あーっ!
お前なにしてやがる。ハンコを押し間違えてるじゃねーか
俺の名前はゼフォーだ!NじゃなくてZだ!」

シシの目の前にはゼフォーの名前を書いた色紙が積んでありましたが
シシは寝ぼけて、Zと印を押すところにハンコの向きを間違えてNと押していたようです。
「え?え?あ、ごめんなさい。お酒かってきまーす!」

シシは慌てて芝居小屋を飛び出しました。

はあ、なあんだ。全部夢だったのか。
ピエールもコピーヌも魔法の杖も。
カーラというおばあちゃんも、あの素敵な絵本も全部。。

そりゃそうだよな。絵本の中のピエールって確か150年くらい前の人だって聞いたもの。
本当にいるわけがないよ。
だいたい、なんで僕の本当の名前が リヨン なんだよ。
本当も何も僕の名前は生まれた時から シシ だったじゃないか。

でも夢の中でピエールさんに逢えた。ずっと憧れていたトレビアーンなマジシャンに。
そして僕は信じられないくらいすごく勇気を持って頑張ったんだ。
僕はあのピエールさんに立派なマジシャンになりますって約束したもんな。
これからは少しでも勇気を持って頑張ってみるか。。。

シシは小屋に帰ってゼフォーにお酒を渡しながら言ってみました。
「ゼフォーさん、もうお酒やめたらどうですか?体壊しますよ。
オヤジさんが死んでからずっとそんな調子じゃないですか。
それにマジックだって、いつも失敗する人体切断じゃなく
オヤジさんと同じ、あの笑いが起こる ”おもしろいりゅーじょん” をした方が、お客さんが来るんじゃないでしょうか?」

「あん?なんだと?!」
ゼフォーは大きな声でシシをにらみつけながら答えました。
まずい。やっぱりこんなこと言わなきゃよかったかな。殴られちゃうよ。。

だけど驚いたことにゼフォーはしばらく考え込んでからシシにしんみりとこう言いました。
「そうか。やっぱりお前もそう思うか。いや実はな。俺もそうなんじゃねーかと、ここの所ずっと思ってたんだ。オヤジが死んでこの芝居小屋を継いだけどもよ。俺は俺でオヤジとは違う自分だけのマジックをしなくちゃならねーって思いすぎていたのかもしれねー。
でも客はアレを見たいんだよな。やっぱり面白いものな。よし。俺は明日からオヤジの名前も継いでニックって名乗ってみようと思う。」
「い、いいじゃないですか!オヤジさん喜びますって!
それにあの剣刺しマジック、魔法の杖ってことで
これくらいの長さの真っ直ぐな棒を持って演じたら、もっともっと面白くなると思うんです。」
「ほっほう。そりゃいい案だ。オヤジのマジックより面白くなるかもな。
それにしてもなんだってマジシャンの杖ってのは真っ直ぐなんだ?
おとぎ話にでてくるやつはよ。もっとこう、、シュッて先が細くなってるじゃねーか。」
「あぁ、オヤジさんが言ってましたよ。マジシャンだって商売人。
『先細り』しちゃーいけねーのさって。」
「うっそだろそれ。そんな理由かぁ?まーいーけどよ。新しい ”おもしろいりゅーじょん” オヤジは喜んでくれるかなあ。よし!次の公演はニックのマジックショーだな。」
「ゼフォーさん、あの、、だったら僕も頑張って、今度こそ一人で舞台に立ってみたいです。一人で舞台に立てるよう勇気の出る名前も考えました。」
「あん?どんな名前だ。」
「リヨン ってどうですか?あの百獣の王ライオンって意味のリヨンです。
なんだか勇気があって強そうな名前でしょ。」
「そりゃあいい。知ってるかシシ。お前のシシって名前はな
どこかの国じゃ、ライオンって意味なんだぜ。
だったら ”ニック&リヨンの おもしろいりゅーじょん” だ。いいねえ。
よおし、そうときまりゃーいますぐ稽古だ!
次の新月の夜にゃ間に合わすぜ!」
「はい!ゼフォーさん!二人分の魔法の杖っぽい真っ直ぐな棒、作っておきます!」「いや、だからニックって呼べって!」

シシは思うのです。
ニック&リヨンのマジックショーにどれだけの人が見に来てくれるかなんてわからない。
これからもずっとまばらなお客さんしか来ないかもしれない。今、世界には芝居小屋に行くどころか家から出ることすらままならないほど恐ろしい病が蔓延っている。
マジックのことだけに目を向けたって、本当は 誰が演じるかより、何を演じるのか のほうが大切なのかもしれない。
でも、大丈夫。つらくなったらまたきっと夢の中であの人に逢える。そうしたら僕もまた勇気をだせる。
次に会えた時は ”じゅくれんのわざ” をたっぷりと教えてもらおう。新しい形のマジックショーも一緒に考えてもらおう。
そして僕もいつか、「あの人に逢いたい」と思ってもらえるようなマジシャンになろう。
それまではこの真っ直ぐな木の棒に恥じないよう、真っ直ぐ真っ直ぐ自分の芸を磨いてゆこう。 
そう心に誓うのでした。


エピローグ

昔々、天上の神さまが人間世界の物事をあれこれ決めていたころの話
その日神さまは棒の役目を考えていました。
眼の前に並ぶ長さ太さの不揃いな十本の棒。
ステッキ、ケーン、ロッド、スティック、スタッフ、
クラブ、タクト、ポール、バトン、そしてウォンド。
神さまは十本の棒にそれぞれ別の役目を与えました。

ステッキ は 人の体を支える棒、
ケーン  は 軽技師の舞の棒、
ロッド  は 魚を取る竿としての棒、
スティックは 茶や薬を混ぜる匙としての棒、
スタッフ は 地を測るに用いる棒、
クラブ  は 武具棍棒として用いる棒、
タクト  は 楽団をまとめる指揮の棒、
ポール  は 地面に突き立て印にする棒、
バトン  は 走り比べの引き継ぎの棒、
そしてウォンドは、畑を耕すに用いる棒、

みなが役目をもらって頑張りましょうとわいわい言っている時に
ウォンドだけはうんざりしていました。
僕が農具なんて嫌だなぁ。そいつはクラブがやればいいんじゃないかな。
バトンなんてくるくる回して踊る演舞にも使われてるのに。
神さまの決めたことだけど、もっと僕にふさわしい役目があるはずだ。

するとこっそり ”悪魔” がやってきてウォンドをそそのかしました。
それならば、魔法使いが使う 魔法の杖の役目はどうだ?
ウォンドはそれがいいと声をはずませて悪魔からその役目をもらいました。
そして神の御許から離れてしまったのです。

しかし悪魔はウォンドにそっと、のろいをかけておきました。

―――人の世に魔法なぞあるものか よしんばそれがあったとて
それは人の繰りうるものでなし 魔法とは我ら悪魔のみぞ繰りうるものなり
ウォンドよ 与えし魔法の力で神の子たる人間を壊し 悪魔の子として迎え入れよ
決して時を巻き戻してはならぬ 巻き戻せばお前は何の役目も持たぬただの棒になりさがろう
ウォンドよ 神の子を、人間を壊しつづけよ 我が子を、悪魔の子を増やせ

―――

困った神さまはそばにあった土を固めて
人間のようなものを産み出しました。
頭を布で覆った酷く背の低い怪しげな男。
神さまはその男のようなものに言いました。
「おまえはウォンドのそばにいなさい。
己の欲にのみ素直になれば、人はもろくも悪魔に心を囚われる。
悪魔の子となったものを出来る限り我が御許に連れてきなさい。
どれほど時がながれてもよいから、悪魔の力が封じられるまでそれをつづけなさい。」
土から生まれた、怪しげなその男は
何千年もの間、ウォンドを人間に託してはその人間の心が壊れゆく様を何度も何度も眺めていたのです。

そしてずいぶん時間がたったある日の事、その男はウォンドが魔法を使えなくなり悪魔の力は封じられたと報せに、神さまの御許に戻ってきました。
神さまは人間界の様子を見てにっこり微笑みました。
どうやらウォンドはマジシャンなる技芸を誇る者どもが芸の飾りとして用いる棒になったようだ。それでよい。ごくろうだった。
それにしても人間はたくさんの棒を上手に使いこなすものよ。
神さまは報せに来た、怪しげなその男の頭をやさしくなでて
土に還してあげました。



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