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論文を査読しよう

 いくらか論文を出していると、論文のレビュー依頼がしばしば来る。

 レビュアーとして指名されるのは喜ばしいことである一方、基本的に論文査読はボランティアである。査読すればReviewer certificateみたいな立派な証明もいただけるが、自称研究者の筆者おっさんレベルだと自分の履歴書に論文査読の実績なんて記載しないので、これが役に立ったことはない。表彰されるくらいレビューをされている先生方ならまた話は別なのだろうけど。

 そうは言っても無下に断るべきではない。自分の論文も誰かが時間を割いて査読してくれているのだから、逆に自分もそこに貢献すべきだろう。そう思う私は、自分が到底理解できなさそうな内容以外はどれだけ忙しい時でも引き受けるようにしている(偉そうに言っても年間片手で数えられるほどの件数ではあるが)。その中で思う論文査読のメリットを挙げていきたい。

1. 論文の書き方の勉強になる
 査読することになると、普段の斜め読みとは違い、その論文をじっくり読むことになる。自分の理解不足や勘違いでレビューを書くと恥ずかしいことになるからだ。これがしっかり書けている論文だと英文の書き方や論理構成など自分の後学のためになる。逆に書き方が雑な論文でもそれはそれで理解するために頭を使う。

2. 知識をブラッシュアップできる
 査読をするにあたり、その論文で著者が何をやっているのか理解するのは勿論のこと、その研究背景や方法、考察が妥当かどうかまでも判断しないといけない。そのためにはたとえ自分の専門分野でも、関連文献まで目を通してそれなりに理論武装する必要がある。詰まるところ、査読作業をしていると自ずと自分の知識の整理やブラッシュアップができる。

3. 自分の論文への刺激になる
 世に出る前の新しいデータやアイデアを拝見することは、知的好奇心の良い刺激になり、何処かしら自分も負けじと論文投稿しようという気になる。自分の研究内容と近い内容なら尚更だろう。たとえ失礼ながらその論文が大した内容でないと感じてしまっても、それをちゃんと論文として発表しようとしている著者らの姿勢は見習わないといけないと思ってしまう。

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 多くの場合、自分が書いた査読コメントに従って著者らは論文をリバイスするので、下手なことは書けないというプレッシャーが常にある。それなりに責任ある仕事だと思うのですが、他の先生方がどんな心構えでやっているのかは気になるところ。

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