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名古屋市美のガウディとサグラダ・ファミリア展 世紀を超えた建設、見えてきた完成

 1882年の着工から142年が経過して今なお建設途中という、珍しい世界遺産「サグラダ・ファミリア」。世界が注目するこの建築物の全体で最も高いメインタワーである「イエスの塔」はガウディ没後100年の2026年に完成予定という。ようやく完成の道が見えてきたこの時期、名古屋市美術館で特別展「開館35周年記念 ガウディとサグラダ・ファミリア展」が3月10日まで開催中だ。東京国立近代美術館、滋賀の佐川美術館と巡回し、名古屋が日本での最終会場だ。筆者は2度、バルセロナを訪ねていて、その経緯を注視してきた。展覧会の見どころと、現地で見た様子を合わせてリポートする。

ガウディのライフワーク、没後資料散逸

《ガウディ肖像写真》 (1878 年頃、レウス市博物館)
(C)MUSEUS DE REUS.INSTITUT MUNICIPAL REUS CULTURA

 アントニ・ガウディ(1852-1926)は、カタルーニャ地方のタラゴナ県に、銅板を加工して鍋や釜を作る銅細工師の家に5人目の子として生まれた。幼少時、重度のリウマチで学校に行けず、祖父母の村で静養した。1873年から4年間、バルセロナ建築学校で建築を学ぶ。歴史や経済、美学、哲学などにも関心を示し、ヴィオレ=ル=デュクの著作を熱心に研究していたと伝えられる。学業と並行して建築設計事務所で働き、バルセロナのシウタデーリャ公園の装飾やモンセラーの修道院の装飾にもかかわった。
 ガウディはパリ万国博覧会に出展するクメーリャ手袋店のためにショーケースをデザインした。この作品を通じてガウディの才能を見初めたのが、繊維会社を経営する富豪エウセビオ・グエル(エウゼビ・グエイ)であった。グエルは、その後40年あまりの間パトロンとしてガウディを支援し、グエル邸、コローニア・グエル教会地下聖堂、グエル公園などの設計を依頼した。
 

サグラダ・ファミリア聖堂 2023年1月撮影
(C) Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

 ガウディはサグラダ・ファミリアの専任建築家に推薦され、1983年から2代目建築家に就任した。1926年に73歳で市電にはねられ亡くなるまでライフワークとしてサグラダ・ファミリアの設計・建築に取り組む。没後の1936年に始まったスペイン内戦により、聖堂の一部は破壊され、図面類は焼失、模型も粉砕されて建設は中断を余儀なくされた。

サグラダ・ファミリア聖堂 2022年12月撮影
(C) Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

 ガウディが残した設計図や模型、ガウディの構想に基づき弟子たちが作成した資料のほとんどが散逸してしまう。しかしその時代ごとの建築家が、ガウディの設計構想を推測するといった形で現在も建設が行われている。
 完成までには300年以上を要すると言われていたが、一時は2026年にもと発表された。とはいえ大幅に短縮し、完成が見込めるようになったのは、3Dプリンターやコンピュータによる設計技術が進んだのと、観光客増加によって予算が賄えるから、というのも理由だ。

サグラダ・ファミリア聖堂 2022年12月撮影
(C) Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

 2021年末、全体で2番目に高い「マリアの塔」が完成し、頂上の星が点灯した。そして最も高いメインタワーの「イエスの塔」が2026年に完成の見込みとされる。ところが、新型コロナウイルスは「未完の聖堂」の完成を遅らせた。現在は急ピッチで工事が再開されている。

サグラダ・ファミリア聖堂内観
(C) Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

 今回の展覧会では、100 点を超える図面や模型、写真、資料によってガウディ独自の制作プロセスを探っている。また建築に付随する装飾や家具までデザインし、聖書の内容を伝える教会の彫刻にも情熱を傾けていたことも注目だ。さらには最新の映像をまじえながら、サグラダ・ファミリア聖堂の造形の秘密に迫っている。 

「歴史」「自然」「幾何学」から創造の源泉


《サグラダ・ファミリア聖堂、全体模型》(2012-23 年、制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室、サグラダ・ファミリア聖堂)
(C) Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

 展覧会のみどころは、第一にガウディの創造の源泉を読み解く。ゼロからあのようなユニークな建築を創造したわけではない。ガウディの才能は、西欧建築の歴史、異文化の造形、自然が生み出す形の神秘をどん欲に吸収し、そこから独自の形と法則を生み出したことにある。「歴史」「自然」「幾何学」の 3つのポイントから、ガウディのイメージの源泉を探るっている。

《サグラダ・ファミリア聖堂、受難の正面、鐘塔頂華》
(C)Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

 第二はサグラダ・ファミリアの建築のプロセスだ。この一大プロジェクトは、誰の発案で、どのような社会的な目的をもち、そして、計画案がいかに作られ変遷していったのか。図面のみならず模型によって聖堂の形を探っていったガウディ独自の制作プロセスに注目するとともに、140 年を超える長い建設の過程で、ガウディ没後にプロジェクトを引き継いだ人々の創意工夫にも光を当てている。

《サグラダ・ファミリア聖堂、身廊部模型》(2001-02 年、制作: サグラダ・ファミリア聖堂模型室、西武文理大学)(C)西武文理大学/photo:後藤真樹

 第三は総合芸術としてのサグラダ・ファミリア聖堂の豊かな世界をひもとく。ガウディは建築に付随する装飾や家具までデザインし、聖書の内容を伝える教会の彫刻にも並々ならぬ情熱を傾けるなど、マルチな才能を発揮した。建物の表面を覆う、砕いたタイル、ステンドグラスによる色と光の効果のみならず、室内の採光・照明や音響などに関しても最適な環境を追求し、サグラダ・ファミリア全体が諸芸術を総合する場として構想した。ガウディの装飾や彫刻手法、また日本人彫刻家・外尾悦郎氏の仕事を紹介することで、彫刻術という視点からも聖堂の豊かな世界を探っている。
 

右《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:鐘塔頂華の模型》(2005-10年)、
左《サグラダ・ファミリア聖堂、受難の正面:鐘塔頂華の模型》(2003年)
いずれも制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室、サグラダ・ファミリア聖堂

第四にサグラダ・ファミリアの壮麗な空間について、建設の最終段階に向かいつつあるサグラダ・ファミリアの現在の姿を、最新の映像を駆使して伝えている。
 展示は、「ガウディとその時代」、「ガウディの創造の源泉」、「サグラダ・ファミリアの軌跡」、「ガウディの遺伝子」で構成されている。主な展示品を取り上げる。まず《ガウディ肖像写真》 (1878 年頃、レウス市博物館)。当時最先端の技術であった写真を駆使した建築家だが、自らが撮影されることを忌み嫌ったといい、無帽の写真は5枚しか残っていない。
 サグラダ・ファミリア聖堂の写真は、「2023 年1月撮影」の近景と、サグラダ・ファミリア聖堂内観の写真などが展示されている。なお未展示ながら「2022 年 12 月撮影」の夜景、工事中の先端部分を撮った「2022年12月撮影」の写真も参考に掲載する。
 模型も、《サグラダ・ファミリア聖堂全体模型》(2012-23 年、制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室、サグラダ・ファミリア聖堂)や、《サグラダ・ファミリア聖堂、受難の正面、鐘塔頂華》(2003年、制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室、サグラダ・ファミリア聖堂)、《サグラダ・ファミリア聖堂、身廊部模型》(2001-02 年、制作: サグラダ・ファミリア聖堂模型室、西武文理大学)などで、細部が鑑賞できる。

《聖遺物箱・聖体顕示台のデザイン》(1878 年、レウス市博物館)
(C) MUSEUS DE REUS. INSTITUT MUNICIPAL REUS CULTURA


アント二・ガウディ《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:女性の顔の塑像断片》(1898-1900 年、サグラダ・ファミリア聖堂)
(C) Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família
アント二・ガウディ《カサ・バッリョ、ベンチ(複製)》(1984‐85年、西武文理大学)

 さらに、ガウディの《聖遺物箱・聖体顕示台のデザイン》(1878 年、レウス市博物館)や、ガウディの《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:女性の顔の塑像断片》(1898-1900 年、サグラダ・ファミリア聖堂)も注目される。

外尾悦郎《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:歌う天使たち》
(サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面に1990-2000 年に設置、作家蔵)

 このほか、サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面に1990-2000 年に設置された外尾悦郎氏の《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:歌う天使たち》(作家蔵)も出品されている。

サグラダ・ファミリアの完成予定図

 威容を誇る外観、聖堂に施された彫刻も魅力

 バルセロナ市内に点在するガウディ作品群は、1984年にグエル公園とグエル邸、カサ・ミラが「バルセロナのパルケ・グエル、パラシオ・グエル、カサ・ミラ」という名でユネスコの世界遺産に登録された。
 続けて2005年には、カサ・ビセンスとカサ・バッリョ、サグラダ・ファミリアの一部とバルセロナ郊外にあるコローニア・グエル教会が追加登録され、登録名を「アントニ・ガウディの作品群」と改めている。
 ガウディが生前に実現できた地下聖堂と降誕の正面が2005年に世界遺産に登録された後の、2007年11月に初めて現地を訪れた。サグラダ・ファミリアをはじめグエル公園やグエル邸、高級アパートのカサ・ミラなどを見て回ったが、その独創的で奇抜なデザインに驚いた。ガウディのデザインはフランスのアールヌーボーと酷似していて、波打つような美しい曲線と華やかな装飾が特徴だった。

アント二・ガウディが設計した世界遺産のグエル公園(2005年11月)
アント二・ガウディが設計した世界遺産のグエル邸(2005年11月)
アント二・ガウディが設計した世界遺産のカサ・ミラ(2005年11月)

 お目当てのガウディの代名詞ともいえる未完の傑作「サグラダ・ファミリア」に時間を割いた。約1万7000平方メートルの敷地に建つ聖堂は、三つのファサード(建物正面)と、鐘塔を持つ。イエスの生誕を表す東ファサード、イエスの受難を表す西ファサードや内陣、入り口から主祭壇に向う身廊などはほぼ完成していた。
 降誕の正面から聖堂内へ入り、時間をかけて内部を見学したが、まるで巨大な生き物の胎内を覗くような感じだった。高くそびえる柱や内装のデザイン、ステンドグラスの美しさは格別だ。石で作られた巻貝の螺旋階段もすばらしかった。

モンジュイックの丘から眺めたサグラダ・ファミリアの尖塔(2016年12月)
サグラダ・ファミリアの近景(2016年12月)

 その10年後の2016年末には地中海クルーズのスタート地としてバルセロナに一泊し、進捗状況をつぶさに見て回った。エレベーターで塔に登りたかったが、待ち時間が長いため、周囲をぐるりと回り、外観の写真を撮ることに時間をかけた。イエスの栄光を表すメインファサード、イエス・キリストと聖母マリア、12使徒などを象徴する18本建てられる塔の8本が未完成であった。
 

生誕を表す東ファサード(2016年12月)
「聖母マリアの戴冠」場面の彫刻(2016年12月)
受難のファサード(2016年12月)
 「キリストの磔刑」場面の彫刻(2016年12月)
栄光のファサードの中央扉に50ヵ国語で刻まれた「主の祈り」(2016年12月)

 威容を誇る外観は絶景だったが、聖堂に施された彫刻も見逃せない。降誕の正面にはキリストの誕生から初めての説教を行うまでの逸話が彫刻によって表現されており、受難の正面には「イエスの最後の晩餐」から「キリストの磔刑」、「キリストの昇天」までの有名な場面が彫刻されていた。最後にこの壮大な教会が着工した年の「1882」の数字が施された彫刻を見た。

着工した年の「1882」の数字が刻まれた記念の彫刻(2016年12月)
急ピッチで進められていた工事現場(2016年12月)

 筆者にとって、一枚の名画といえば、パブロ・ピカソ(1881-1973)の代表作《ゲルニカ》(1937年)であるが、唯一無二の建築物は、同じスペインで生まれて同時代を生きたアントニ・ガウディ(1852-1926)の「サグラダ・ファミリア」だ。この世紀をまたぐ一大建築プロジェクトであり、壮大な芸術品でもある「サグラダ・ファミリア」の完成した姿を見届けたいものだ。

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