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マシーナリーとも子ALPHA ~朝食の技篇~

 朝の定食屋……。いっけんごく普通の光景である。だが耳を澄ませていただきたい。なにか聞こえないだろうか? あなたは店の奥へ奥へと歩みを進めていく……。するとだんだんと聞こえてくる異音! まるでモーターのような轟音! あまりにも朝の定食屋には不釣り合いな大きな音だ! これは一体!? 
 あなたは店の最奥へと歩いていく……。そこには異様な風貌の3人の客がいる! いや、正しくは人ではない。ロボだ! シンギュラリティのサイボーグ、マシーナリーとも子、ジャストディフェンス澤村、ネットリテラシーたか子だ!

***

「たまに朝食からして外で食べるのも気晴らしになりますね。ふたりは何にしましたか?」
「私焼き鮭定食」

 マシーナリーとも子が半券をヒラヒラさせながら答える。

「カブりましたね……。私も焼き鮭定食だわ。澤村は?」
「私はWソーセージエッグ定食だ!」

 たか子はやっぱりなあ、と思いながら口には出さなかった。
 程なくして定食が供される。マシーナリーとも子は焼き鮭定食を一瞥し、ずずとほうじ茶を啜った。

「頼んでおいてナンだけどよぉ……こういう定食って食うとき迷わないか?」
「迷うってどういうこと?」
「白飯に対しておかずが多すぎるんだよ。見ろ」

 焼き鮭定食……。名前の通り焼き鮭がメインとして鎮座し、「定食」を形作るため白飯と味噌汁が脇に構える。が、それだけではない。まず納豆がつく。そして生卵に味付け海苔。極め付けにはヒジキの煮ものが小鉢に入れられて添えられる。極め付けにはテーブルに備え付きの漬物が置かれ、自由に食べることができる。

「確かに……多いわね。でもこのお店はご飯のおかわり自由ではありませんか」
「まあそうだけど……でもさぁ、気持ちとしておかわりできる回数ってやっぱ1回じゃない?」
「それは気持ちとして? 腹具合として?」
「両方かな……腹具合考えたら3杯は食えるけど……いろいろ考えるとたぶん2杯目のおかわりはチョイ盛りにしちゃうよな。茶碗半分くらいとか」
「まず、気持ちとしての話ですがそれは自意識過剰というものです。そりゃあ1時間も2時間も居座って10杯20杯と食べ続けて炊飯器をカラにしたら怒られるでしょうが、3杯程度であいつ貧乏くせえなとか思われることはありませんよ。だいいち定食屋において白飯のコストなんて微々たるものですし。ホラ澤村を見なさい」
「えっ? なに?」

 澤村はすでに最初のいっぱいを平らげ、2杯目を山盛りによそってきていた。

「だからおかわりなんて気にせずすりゃあいいのよ」
「まあそうだな……。で、最初の話に戻るけどよ」
「はい」
「おかずとか飯の友に相対するものが多すぎないか?」
「そうだけどモリモリ食えばいいでしょ」
「配分に困るんだよ!  まずよ、鮭だ」
「うん」
「焼き鮭で白飯一膳いけるだろ。まず」
「うーーーん、まあ」
「で、卵と納豆があるだろ」」
「うん」
「卵と納豆でそれぞれ1杯ずつ食わなきゃならん。もう3杯だ。そのうえ味付け海苔まである……」
「は? 待て待て待ておかしいだろ。なんで卵と納豆でそれぞれ1杯ずつご飯食ってるのよ。卵は納豆に混ぜるんだから……」
「出た」
「出たって」
「私、納豆に卵入れたくねぇーんだよ」
「知らねーっ! お前の都合でしょうが。ネットリテラシーが低すぎる」
「だからまあ……妥協案として、まず納豆ご飯で焼き鮭を食べる。そしてご飯をおかわりし、味付け海苔で巻いて食べる。私はこういう食い方をしている。これなら2杯でなんとかまんべんなく食べることができる」
「なんでおかわりなんかしたくなかったみたいな感じなの?」
「したくねぇーんだよ! おかわりなんて。別にそんな食いしん坊じゃねぇーし。でもできるだけいいコンディションでそれぞれのおかずを食べたいんだよ。わかるだろ?」
「いや……いつも適当に食べてるから……」

 ふたりのやり取りを尻目に澤村は5杯目のごはんをパクパクと平らげた。

***

 「……と、こんな感じに私は焼き鮭定食を食べるわけよ」

 先に語った通り2杯目のご飯に卵をかけ、味付け海苔で巻いて食べたマシーナリーとも子は誇らしげにネットリテラシーたか子に空になった茶碗を見せる。

「そう……」
「どうでもよさそうにするんじゃねぇーっ」
「どうでもいいんですモン」
(ふふふ……相変わらず野蛮ですねシンギュラリティのみなさん)
「はう!? これは──!」

 サイボーグたちのサイバー脳に、直接「思考」が届く! 振り替えるとそこには……片手に茶碗を持った世界最恐のサイキッカー、トルーさんがいた!

「あーっ! 超能力者だ! 殺そうぜーっ!」 

 返事を待たずジャストディフェンス澤村が指からビームを発射! だがサイオニックシールドで反射される! 撃った方向とまったく同じ軌道で反射されたビームは澤村に命中! 澤村はもんどりうって机に激突! 机のうえに置かれていた漬物を頭から被る!

「ギャワーッ! 痛いよ! 私のビームは強いから痛い!」
「トルー……朝から殺し合いですか。お望みなら受けて立ちますよ」
(いえいえそんな、勘弁してくださいよ。いまのは澤村に攻撃されたから身を防いだだけ……。私はあなた方サイボーグと違って人間なんですから、食事の後に暴れまわったら脇腹が痛くなってしまいます)
「それこそ超能力でなんとかなるんじゃねぇ〜の?」
(なんとかなりませぇ〜んよマシーナリーとも子。それよりあなた……先ほど焼き鮭定食の食べ方でネットリテラシーたか子と言い争ってましたね)
「してたけど」
「いや争ってたってほどのことじゃあないでしょう……」
(焼き鮭定食の食べ方、私もおおむね同意ですよ。ネットリテラシーたか子は 食べ方にこだわりがなさ過ぎますね)
「えぇ〜〜っ……どうでもいいんだが……」
「オホホホホはじめて意見があったじゃねえかトルーよお。やっぱ納豆に卵はねぇよなあ〜〜」
(でも私に言わせればまだ甘いですね……)
「なに?」
(確かにご飯を朝からモリモリ食べたくはありませんが……。あなたはもうひとつ、ここで楽しめるご飯の食べ方を見逃していますよ)
「見逃している……? 私がご飯の食べ方を……?」

 睨み合うとも子とトルー。たか子はどうでもよさが極地に達したためバタバタしている澤村を(ファンネルで)引っ張り起こして帰路につこうとする。

「ウゲーーーつ! 痛いよお。漬物くさいよお」
「ほら徳の低いバカどもはほっといて帰るわよ澤村。臭いのはシャワーで落としなさいな」

 とも子はじんわりと 汗をにじませる。わからない……。どこかで白飯の配分をミスっているのか……? ヒジキの小鉢だけで食べるとか……? それとも海苔……?

(ククク……違いますよ)
「てめぇー……必死に考えてるところの心を読んで先回りするんじゃねぇーっ。どうもお前とのやりとりはテンポが合わねえんだよなっ」
(いいですか? 先ほども言った通り……ご飯はあまり食べたくないので、茶碗に半分だけよそいます)

 超能力でしゃもじが浮く! 茶碗もだ! トルーの手を離れた茶碗はフヨフヨと炊飯器に寄って行き……炊飯器の蓋がひとりでに開いた! もちろん超能力である。そして……空中で飯がよそわれる! 超能力を駆使した恐るべき空中メシヨソイだ!

「待った。その飯、2杯目か?」
(だから言ったじゃないですか。基本的にあなたに同意する、と。だからこれは3杯め……2杯半ですね)
「食い方が同じだと……? じゃあもう、飯のおかずはなくなってるじゃあねえか。後は無限に食える漬物くらいしか……」
(そう、漬物です)

 そう言うとトルーは超能力で漬物をふたつまみ白飯に乗せる。とも子は鼻で笑った。

「漬物ぉ〜〜? おいおいトルーさんよ、そんなおもしろくもなんともねー食い方をわざわざ見せるために私たちに話しかけてきたのか? あぁ〜〜ん?」
(ふふふ……もちろんこれで終わりではありません。これを……こうするのです)

 超能力で操られた茶碗はさらにフヨフヨと移動する……。向かうのは電気ポットの下だ!

「あっ…………!」

 意図を察したマシーナリーとも子の身体中に電流が走る! 漬物を乗せた白飯に……ほうじ茶がかかった! トルーは勝ち誇った笑みをゆっくりと浮かべながら茶碗をキャッチした。

(このように……最後にサラサラとお茶漬けをいただいて示すのが オツなのですよ。理解してもらえましたか? アンダスタン?)
「ぐっ……ぐぬぅーーーーーーーーっ!!!!」

 もはや勝ち目を失ったことを悟ったマシーナリーとも子は店の真ん中でブリッジをする! トルーは肩を震わせて笑うと、超能力でお茶漬けを流し込んで店を後にした。

「ぐぬぅーーーーーーーーーーっっっっ!!!!」
「お客様! どうして店内でブリッジをしてらっしゃるんですかお客様! ほかのお客様の御迷惑になるのでやめてくださいお客様!」
「うるせーーーーーっ!!!」
「グエーーーーーっ!!!!」

 注意してきたホールスタッフにアイアンネイルでの貫手! スタッフは箸を突き刺された半熟の目玉焼きの黄身のように血を吹き出して即死! 悪質クレーマー! だがサイボーグは人類より優れた種なので地球規模では無罪!

「ちくしょーーーーー!!!」

***

 アークドライブ田辺がのそのそとベッドから出て飛行ユニットを背負うとトルーが帰ってきた。

「お帰りなさいトルーさん。なんだかご機嫌ですね」
(ン? そうですか? ふふふ……いえね、あなたが気持ちよさそうに寝ているので外で朝食を食べてきたのですが……)

 トルーは天を仰ぎ、感慨深く首を横に振る。

(思ってたより美味しくてですねえ……。ついウキウキしてしまっているのかもしれませんねえ。勝利の美酒というやつです)
「美酒? 朝からお酒ですか?」
(違いますよフフフ……)
「はあ……まあいいや。私も朝ごはん食べよーっと……」

***

「チクショーーーーーーーーーーーーーー!!!!

 敗北感に身を包まれたマシーナリーとも子は、いつまでも、いつまでも店の中でブリッジをしているのでした……。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます