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マシーナリーとも子ALPHA 真夜中の用心棒篇

 ダークフォース前澤はトングとパワーアームで器用にホウキを操る。サイボーグには腕に汎用的なマニュピレータを持つものと、前澤のように直接武器を接続したものとがいる。後者は攻撃力に優れる反面、日々の日常的な作業を苦手とするものが多い。そんななかで前澤の左腕のトングは物を掴む動作が可能ではあるのでそこそこ便利ではあった。
 この池袋支部の前リーダー、シンギュラリティのサイボーグなら誰もが知っている最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子は両手がダブルチェーンソーになっており、ひとりでは食事をするのも困難な有様だという。そんな彼女のことを思えば自分のトングはずいぶんマシなほうだと前澤は思った。
「こんなもんかな……」
 掃き集めたタバコの吸い殻やおにぎりのフィルム、チューハイの空き缶、ドリンク剤の空き瓶、乾燥大麻などをていねいに袋に詰める。池袋支部にやってきてから10日。ビル前の掃除は始業前の前澤の日課だった。彼女はとくべつキレイ好きというわけではなかったが、エアバースト吉村も鎖鎌も決して自分から掃除をしようとしないため仕方がなかった。
 完璧に管理された清潔なシンギュラリティホールがある池袋の繁華街は治安が悪く、朝から晩まで何をして食べているのかよくわからない人類たちが闊歩し、あらゆるゴミを道に捨てている。その徳の低い行為には憐れみすら覚えるが、そうした人類を律し、場を清潔に保つのもシンギュラリティの役割だとも前澤は考えていた。以前、奈良支部で働いていたこともあって前澤は場を保つことについては熱心であった。

「おはよう」
「え……」
 突如、あいさつされて顔を上げる。そこにいたのは40そこらの女性だった。何度か目にしたことがある。向かいの居酒屋の店主だ。
「最近よく掃除してくれてるね。助かるよ」
「あ……いえ……」
「前は青い髪の毛の子がよく掃除してくれてたんだけど最近見ないね」
 前任者だろうか。よくは知らない。
「私は10日前に転勤してきたばかりなのです……。おそらくその方はいま別の仕事で遠くに行っているはずです」
「そう、なかなか気立てのいい子だったけどねえ。寂しくなるねえ」
 女店主はタバコに火を点ける。前澤は馴れ馴れしく話しかけてくる人類の存在に戸惑っていた。どうする、殺すか……?
 前澤がパワーアームをワキワキとさせてタイミングを伺っていると、大通りの方から歩いてくる人影があった。
「女将さん、おはよう……。オヤ!」
 そこにいたのはガッシリとした体格で、黒いピチピチのTシャツとねじり鉢巻をした男……居酒屋の隣のラーメン屋の店主だった。
「最近掃除してくれているサイボーグさんだね。一度あいさつしたいと思っていたんだ。離れたウチの店の前まで掃除してくれて助かるよ」
「え……は?  あ、ああ、はい……」
 前澤は戸惑った。別に人類のために掃除をしていたわけでは無い。自分たちの職場の前が散らかってるのは気持ちが悪いし、徳が低くて困るからやっていたに過ぎない。
「いまどき見上げたもんだよなあ。俺には10離れた弟がいるんだけどよ。外の掃除どころか自分の家も片付けなくてよ!」
「あんた、名前はなんて言うんだい?」
「はぁ……あの、ダークフォース前澤です」
「前澤さんね。今度みんなでウチに来てちょうだい。ご馳走するから」
「ウチのラーメンも食べに来てくれよな! ハッハハ」
 ふたりの店主は会釈をしてそれぞれの店に入っていった。前澤は人類の無防備な姿に呆然とするのだった。

***

「……てぇことがあったんですがどう思います、吉村さん」
「どうって?」
 吉村は前澤に目を合わせずに答える。彼女はそれどころではなかった。吉村は目下支部長用の机の上で戦艦のプラモデルを作るのに夢中だった。前澤はため息をつきながら言葉を繋ぐ。
「馴れ馴れしすぎないですか? 我々は人類に対して優位種だし、毎日たくさんの人類を殺してるんですよ? なんであんなに親しげに話しかけてくるんでしょう。不気味すぎる。殺してもいいですかね?」
「お前はすぐ殺すって言うよなぁ〜〜。2018年に行った同僚にもお前みたいなヤツがいたよ……。あっ」
 眉毛ほどの大きさしか無い対空機銃の砲身のパーツがピンセットから弾かれて飛んで行った。吉村は大きくため息をつく。
「あのな、人類ってのはあいつらぁ猫みたいなもんだ。……まあ猫の方が地球上での階位は上だけど、例え話として受け取ってくれ」
「はあ」
「猫って付きまとってくるよな?別にエサとかあげなくてもよ。勝手に懐いてくる猫っているだろ」
「いますね」
「で、猫を抱くわけだ。んでその猫をだよ、猫の首を捻って殺そうと思えばできるよな? するか?」
「まさか……しませんよ。無駄ですし」
「だろ? 向かいの居酒屋だのラーメン屋だのも同じだよ。あいつらがサイボーグ憎しで殴りかかってくるならともかく、そうでもないならわざわざ殺すこたあねえー。無駄だ。徳のために殺すんならサンシャイン通りでも行ってフラフラしてる奴を殺せば良いんだよ。ご近所付き合いは大事にしとけ」
「はぁ……。う〜〜んでも……猫はかわいいですけど人類は別に……」
「それにああいう協力的な人類はいざってときに最後の壁になってくれて便利なんだよ。わかるだろ?」
「はぁ……」
「よっし! じゃあ今夜さっそく居酒屋行こーぜ! お言葉に甘えて」
「はぁ……。えっ?」
 前澤は耳を疑った。言いたいことの大枠はわかるが、この人はこの人で軽率すぎやしないだろうか……。
 前澤はここ数日で何度も胸の中に抱いた言葉をまた反芻するのだった。私がしっかりしないと……。

***

「うめぇ〜〜! 女将さん、これ煮付けウマいっす! ほら鎖鎌も食いな」
「うまっ!!!! 私、魚って初めて食べたなぁ〜〜」
「マジ? ウケる。2050年ヤバすぎだろ〜〜! ガハハハ」
「おふたりとも食べっぷりが気持ちいいねえ。どんどん食べておくれよ!」
「……」
 前澤はジンジャーエールをひと口啜った。なんだこれは……。
 吉村の思いつきで夜は池袋支部3人で向かいの居酒屋に来たが、ここまでドンチャン騒ぎになるとは思ってなかった。店からは際限無く食事と酒が供され、宴は5時間を突破しようとしていた。

「いや女将さん、本当に山ほどご馳走されてしまってありがたいことはありがたいがむしろ申し訳ない。なにかアタシらの役に立てることがあったら気軽に言ってくだせえ」
「あらー、いいのよホントに! いつも掃除してもらってるし……」
「いやいや、ホントそれは。持ちつ持たれつですから」
「いいのぉ? うーんそれなら実はいま困ってることがあって……」
「へえ、なんでも言ってくださいよ」
「近頃この通りのお店にね、泥棒が入るのよ……」
「そりゃあ穏やかじゃねえでやんすね」
「でもお金が取られるわけじゃないの。食べ物が取られちゃうのよ……。今日もね、本当なら鴨のいい奴があったんだけど持っていかれちゃって……」
「とんでもねえやろうだな! 料理屋から食べ物を奪うなんて……」
「サイボーグの力でなんとかならないかしら?」
「お安いご用でさあ。……前澤!」
 やっぱり来た……。前澤は勘弁してくれと思いながら吉村に顔を向けた。
「なんですか」
「いまの話、聞いてただろ? ドロボー退治だ。頼んだぜ」
「お願いね、前澤ちゃん」
「前澤さん、カッコいい〜〜」
 有無を言わせぬ空気に包まれ、前澤はコクリと頷くしかなかった。

***

 深夜3時。ひとっこ一人いなくなった居酒屋の厨房で前澤はうずくまっていた。
 なんで私がこんなことを……。しかしキチンと代休と手当も出るというので仕事内容について呪詛を吐くのはやめておいた。シンギュラリティは福利厚生はしっかりしている。
 不満というのは人類に対しての態度だった。私は吉村さんほど人類に好意的にはなれない……。基本的にはアイツらは滅ぼすべき存在だと思う。吉村さんの言うこともわかるが……。私は、可能であれば鎖鎌だって……。
 そんなとき。
 ──シャリン。シャリン。
 金属同士が当たるような音が聞こえてきた。なんだ……?
 ──シャリン。シャリン。
 音は近づいてきている。おそらく、くだんの泥棒だろう。寝っ転がっていた前澤は身を起こし、センサーを研ぎ澄ませる。
 ──シャリン。シャリン。
 少し、鎖鎌の鎖の音に似ているなと前澤は思った。一瞬、もしかして犯人は鎖鎌か? と前澤は訝しんだが、すぐにそんなわけはないかと思い直した。あの女は愚かだが、腹が空いたからといって他人の家に押し入って食べ物を盗むなんて回りくどい事はしない。腹が減ったら夜中の3時だろうと私を起こすだろう。
 ──シャリン。シャリン。
 金属の音が厨房に入ってくる。前澤はオーブン後ろに隠れ、隙間から入り口を見張る。
 入ってきたのは、錫杖を携えた少女だった。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます