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グルーミングとしての雑談ってやっぱり大事。『ファミレスを享受せよ』

ファミレスを享受した


ふと「あっ、そうだこのゲームやってみたかったんだ」と思い出したので『ファミレスを享受せよ』というゲームを買いました。月が変わったし。

英語タイトル、エンジョイ・ザ・ダイナーなんだ。まあ日本のファミレスにあたるものってダイナーなのかな? あれはあれで特殊感があるのでよくわからない。

このゲームに興味を持ったきっかけなんですけど、その風変わりなタイトルと印象的なビジュアルなんですよね。

すげー良くないか?
MS ペイントで描いたようなアンチエイリアス皆無な線、マウスで描いたようなフリーハンド、でも雑なのかと思うとそういうわけでもないキャラクターのかわいさ、絶妙な空間感。月面を思わせるようなイエロー、ブルー、ブラックの3色のみで塗られた色彩。レトロなPCゲームを思わせるフォントワークも惹かれます。

そんなわけで気になるな―と思いつつなぜか買ってなかったんですがそうこうしてるうちに同デベロッパーから新作の報せが出てしまいました。

地下でペンギンを殺すゲーム!! ウワーッおもしろそう!
そんなわけで急激に本作の存在を思い出したので焦って買って遊んだわけです。そして超おもしろかった。これは心に残り続けるゲームだ。


みんなとひたすら雑談に興じるゲームです

本作はジャンル的にはクリックアドベンチャーと言えばいいんでしょうか。画面上のものをクリックしたり会話の選択肢を選んだりしてクリアを目指すゲームになっています。

主人公はふと深夜のファミレスに足を運んだところ、永久の刻に囚われた脱出不可能のファミリーレストラン「ムーンパレス」に閉じ込められてしまいます。果たしてここから抜け出すことは可能なのか…!? というのがゲーム開始時のシチュエーションなんですが、かといって脱出ゲーム風のサスペンスかというとそんなことはない。

むしろドリンクバーはあるし時間ものんびり過ぎていくのでボーッとしちゃうなという感じに時は過ぎていきます。食べ物はケーキすら無いが腹は減らないらしく、登場キャラたちは日がな一日ドリンクバーを飲むか雑談をするか、といった感じでファミレスを謳歌することになります。


そういうわけで本作ですることは「手がかりの入手」というよりは「雑談」。登場人物と雑談するたびに新たな雑談のタネを仕入れ、ファミレスのテーブルとドリンクバーを行き来し、みんなとお話していくというのが本作でやることの8割です。


最終的に雑談のネタが画像編集ソフトのツール選択くらいの量になっていく

ユーモアの温度感もちょうどよく、ドッカンドッカン来るような話題は無いながらも、ちょっとくすぐってくるような話がいかにも深夜のファミレスといった雰囲気で心地よい。


ファミレスといえば、ということで間違い探しも遊べる。難易度は高いがエンディングには関係なし。でも全部クリアすると……?

とはいえただただうだつの上がらない話を続けるだけのゲームでは当然なく、遊んでいくうちにムーンパレスの謎はだんだんと解けていき、最後には心温まるエンディングを見て心地よい満足感を得ることができます。
1週クリアには1時間ちょいほど、トゥルーエンドの見方に気づくかどうかは人によるでしょうが、私は総プレイ時間2時間くらいで見ることができました。エンディングは多分3つ(ノーマルエンドが2パターン+トゥルーエンド)かな? ノーマルエンドも決して失敗したパターンってわけではなく、これはこれでいいものだと思えるよい終わりであった。


人間は誰しも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる



さて本作の8割は「雑談」だと言いましたけどね、この温度感がほんとうに素晴らしいんですよ。
主な登場人物は主人公を含めて5人なんですがこいつらの距離感がすばらしい。拒絶せずくっつきすぎず、互いに永遠のファミレスを謳歌するために適切な距離感を保ち続けている。

ゲーム中ではビビるほどあっという間に時が過ぎ……百年万年といった時間が驚かれもせずに過ぎていくのですが、そんななかでも彼らは決して「仲良くなりすぎない」。

例えばドリンクバーが壊れてコーヒーでびしょびしょになっちゃった、なんてトラブルがあればすぐに助けに来てくれるしちょっと後ろめたい話なんかもしてくれる。でも決して肩を組み合って頬を擦り合わせてウェーイみたいな仲にはならないわけです。

その距離感のリアルっぽさ、リアクションの生っぽさにどうしようもなく惹かれるものがありました。
あとなんだろうな、「トラブルを避けるためのユーモア」ってあるじゃないですか。敵じゃないという表明。雑談が本来持っているという役割。そういったものに自覚的で、それを内心で共有しあっていることから生じる心地よさ、みたいなものをゲームから感じ取ることができて、それがなんかあったけえなと思ってしまった。

まあ正直私も雑談ってぜんぜん得意じゃねーんですよ。飲食店の店員に覚えられるのとかすごく嫌なタイプだし服屋さんで話しかけられるのも嫌なんで。
でもだからこそ雑談が成立したときの心地よさみたいなのも感じるっちゃ感じるってのはあって。こう、雑談のなかにも「オモシロ」や「オチ」が発生しない雑談ってあるじゃないですか。なんだったら「いい天気ですね」みたいな話とか全部そうだよ。言うたら「天気の話とか曜日の話ってくだらねえな」と思うこともある。正直あるけど、でもたまにそういう話がうまい具合に転がって、オチがついたり笑っちゃうようなユーモアが発生しなかったとしてもなんかいい感じに落ち着いて、気持ちいい雑談ができたなってなるときあるじゃないですか。そういうときって別に相手が友達とかじゃなくてもなんか胸が暖かくなったりするんだよな。なんだったら嫌いな上司相手とかでも発生する。あれ、なんなんだろうな! 



でもそういう感じを『ファミレスを享受せよ』は全体から発生させてるんだよ!
それがすごいと思った。出てくるみんなが、無用なトラブルは避けたいと思っているんです。怒ったり争ったりしたくないと思ってるんです。でもそれは恐れとか嫌とかのネガティブな感情由来ではなくて、ただただ「平穏を大事にしたい」と思ってのことなんです。我々は波風を立てたくない! 
そして波風を立てないためには「周囲といい感じの距離感を保つ」これがいちばん大事なんです。

人間にとっての雑談はグルーミング……猿とかが互いに毛づくろいをして過ごすのと同じような行為だと言われることがある。実際にそうなんだと思う。そうすることで「とりあえず俺たちゃ敵同士じゃないってことをここで定義しときましょうや」と思い合うことができる。それは安心につながり、うれしくなる。友情や愛情とは違うかもしれないけど、安心っていちばん大事な感情かもしれない。DIOもポルナレフに言ってたもんな。

実際に遊ぶかどうかは重要ではなく、こういうことを言える仲が構築できているという「安心」が心地よさにつながっている


そして深夜のファミレスには「安心」があるんだ。
そして完全にこいつは安心だと思えたとき、やがては言葉すらもいらなくなるのかもしれない。本作はそんな温かみすらも内包していてすばらしい。

そんなわけで本作はファミレスを軸に安心から来る心地よさを見事に描ききってると言えるでしょう……。多分。なんか書いてるうちに結論っぽいことと、それに向かうための道筋みたいなことを書いてしまったけどどうなんだろうか。でもほんとキャラクターとの会話が楽しくてみんなのことが好きになるので遊んでみてください。1時間で1週終わるから!
NintendoSwitch版もあるぞ!


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます