見出し画像

マシーナリーとも子ALPHA 埋まる役所篇

 人が多い。人類がとても多い。
 池袋支部がエリア分けされている豊島区役所は、2010年代後半に建て替えられたのだという。3階から9階までの役所フロアは吹き抜けで、なかなか開放感がある。そこから上の高層フロアはマンションになっており、結構な数の人類が生息しているらしい。自分たちが寝食をしている直下に役所があるってのはどんな気分なんだろうか。人類の考えることはよくわからない。
 そんな変わった構造も、建った直後は清潔で新鮮に感じられたのだろう。だが建設から30年近く経ったこの2045年では……各地の老朽化が進み、その珍妙さのみが際立つことになった。つくづく人類というのは愚かな生き物だ。未来というのをキチンと見据えていない。

 建物の観察を終えたダークフォース前澤は、180度回転させていた上半身を正位置に戻した。通常、シンギュラリティのサイボーグは排熱のためにどこかしら肌を露出させたデザインとなっている。が、比較的新しい型である彼女は腹部を丸々オミットした特異な構造を採用していた。上半身と腰を繋ぐのは背骨状のフレームと2本のシリンダーのみ。見た目には脆そうな建て付けだが、中央のフレームは彼女を構成する物質の中でもっとも堅牢で、おそらく彼女の左肩に装備された核ミサイルの直撃を受けてもメインフレームだけは傷ひとつつかないだろうと言われていた。
 前澤が正面を見据える。窓口の受付ナンバーは……42。私の整理券は……38。もう少しかかるか。
 ハア、とため息をつきながら前澤は懐から文庫本を取り出す。別に本を読みたいわけじゃない。ただ暇そうにしてると思われたくなかったのだ。誰に? ……隣のやつにだ。
「ねえねえ前澤さん」
「…………」
「前澤さんってば!」
「話しかけるな。いま、本を読んでる。わかるだろう」
「あのさあ」
 隣に座った橙色の髪の毛の人類……鎖鎌は邪気のない笑顔をニッコリと浮かべて言った。
「腕のバウムクーヘン焼けたみたいだし食べていい? こないだ食べてから、それ気に入っちゃったんだよね」
 無神経なやつ! 前澤は怒るより前に血の気が引いた。それって私を殺そうとした時の話だろ!? 私の友人を──パワーボンバー土屋を殺した、あの時の!
 前澤はゾッとしながら一瞬鎖鎌に目を合わせてしまったが、すぐに目線を文庫本に戻して無視を継続した。なんで……吉村さんはこんな奴を私たちの仲間にしようなんて言うんだ……?

***

「本気ですか吉村さん!?」
 ダークフォース前澤のバウムクーヘンオーブンが机を激しく叩き、凹ませた。高い声が完璧に管理された清潔なシンギュラリティホールにキンと響き、吉村は思わず耳を抑える。
「お前、うるっせえよ……。もうちょい声抑えて、な?」
「抑えてなんてられませんよ!だってアイツは……」
「うるせーぞ!」
「ヒッ!ごめんなさい!」
 部屋のドアが外から荒々しく蹴られる。反射するように吉村はドアに向けて頭を下げて謝った。
「なんですか今の」
「下のフロアのネイルサロン屋のオーナーのヤクザ」
「なんで人類に向かって謝ってんですか!」
「ゴメン、アタシ徳が低くて」
「そもそもなんでこのシンギュラリティ池袋支部に人類のネイルサロンが入ってるんですか!?」
「いや、同僚も上司もタイムワープしちゃったからさあ。私やること無くてヒマでさ。本部からは待機でいいって言われてたんだけど、仕方ないから不動産経営始めてみたんだよね」
「じゃ、あのヤクザは吉村さんの客?」
「まあそうだな」
「大家ならもっとドンと構えててくださいよ! なんですぐ謝るんですか!」
「オメェーがでかい声出すからだろっ!」
「うるせーぞ!」
 ドン!
「ヒッ!ごめんなさい!」
 吉村はドアに向けて頭を下げて謝った。
 この人ほんとうに大丈夫か?前澤は心配になってきた。
「ハア……どこまで話したっけ?」
「あの、私たちに襲いかかった人類を仲間にするというところまで聞きました」
「そうそう、まだ概要しか話せてなかったな……。あのな、人が足りないんだよ」
 吉村は大物ぶって机に肘を立て、手を組んだ。その机はかつてネットリテラシーたか子という池袋支部のボスが使用していたものである。昨日、吉村は本部から正式に池袋支部部長代理に任命された。代理というのがかっこつかないが出世は出世だ。
「サイボーグが健全に支部を運営するには最低3人1チームが必要だ。お前と土屋はその最低水準を満たすための補充要員だった。だが……」
「土屋が殺されてしまった。あの人類にね」
 前澤の目がキッと険しくなる。
「そう……。だが、話してみたがアイツは……倫理観はおかしいが、どうやら悪いヤツではない」
「吉村さんこそ正気ですか!?」
 アイツは土屋を殺して私も半殺しにしたんだぞ!
「まあ聞け……。あのあと私は柔道家の大群に襲われて危うく死にかけた。そこをあの人類が助けてくれたんだ」
「人類が、人類を殺したんですか?」
「まあ珍しいことじゃあない。人類って生き物は常にお互いを殺しあうことで発展してきたヤツらだからな……。それにしても普通はもうちょっと段階を踏んでから殺しあうものなんだが、なんにせよアイツは必ずしも私たちに敵意を持ってるわけじゃあないらしい。それに……」
「……それに?」
 前澤は目の前の先輩の言うことのことごとくが信じられなかった。頭にあるのは「そういう問題じゃないだろう」のひと言。いくら人類を殺してくれて、優れた戦闘力が備わっていようとアイツが人類で、土屋を殺したヤツだということに変わりはない。
「それにアイツ、徳を産み出せるんだ……」
「……徳を?」
「聞いて驚け、私たちの回転体や、チベットの人類がマニ車回して得てるような擬似徳じゃあない。正真正銘、モノホンの本徳よ」
 吉村はわざとらしく片眉を上げ、どうよ? とでも言いたげに前澤に語りかけた。
 本徳だって……? 確かに人類の中にも本徳が練れる者はいると聞く。でもそれは高僧や聖人といった、ごく限られた徳の高い人類でなければ不可能なはず。それをあんな奴が……?
「あいつ、本当に人類ですか?もしかしてサイボーグとか……」
「タービンじゃなくて心臓の音がするし、さっき見させてもらったが背中や腕に武器の接続端子も無かった。キチンとスキャンしたわけじゃねーが人類だよ。アイツは」
「そんな……」
「まあそういうわけで、土屋がいない分の穴をあの人類……鎖鎌で埋めることにしたんだ。すでに本部にも電話で口約束はつけてある。書面の提出はまだだけどね」
 前澤は目眩がした。みんなどうかしてるぞ……。私たちサイボーグの目的は、人類を殲滅し、支配してこの星を手に入れるためじゃなかったのか?
 そのとき、ジャラジャラと鎖の音を鳴らしながらドアを開ける者がいた。鎖鎌だ。手には黄色いビニール袋を携えている。
「駅前に大きな店があるのはいいなあ、池袋……。あ、前澤さん。オハヨー」
「……気安く呼ぶな、人類」
「ウエーッ! 冷たいなあ。前澤さんって人からよく取っ付きづらいって言われない?」
 鎖鎌はビニール袋から干し芋を取り出してむさぼり始めた。いやいや、お前自分が何したかわかってんの?私、お前に殺されかけたんだけど?
 前澤は信じられないという目で鎖鎌を凝視する。鎖鎌は気にせず干し芋を食べている。吉村はそんなふたりを交互に何度か見比べると、やがて口を開いた。
「まあ、とにかくだ……。お前ら区役所行ってこい」
「「区役所??」」
 前澤と鎖鎌の声が重なる。
「まだ転居届とか出してねーだろ? 本部にお前らの所属認めさせるためにそういうの必要なんだよ。鎖鎌に至っては戸籍すら曖昧だろ?」
「まーね。私、未来の別のトコから来たし」
「……未来?」
 前澤は首をかしげる。聞いてないんだが。
「ともかく行って届出してきてくれ。あと鎖鎌はサイボーグってことにしとくといい。なにかとめんどくさいから」
「ええー!」
「ええー! じゃないよ。屋根と壁と寝床とメシの世話してやるんだからそれくらい受け入れろ」
「はーい……」
「とりあえず土屋の書類渡しておくから改名したとかなんとかそういうことにしとけ」
「ええー!」
 今度は前澤が素っ頓狂な声をあげる。
「土屋のデータ使わせるんですか!?」
「だって身元が不明のやつについて色々証明するの面倒なんだもん」
 吉村が唇を尖らせる。もしかしてマトモな奴は私しかいないのか? 前澤は自らの置かれた環境に怖れを抱きつつあった。
「じゃ、そういうわけだからヨロシク。今日の業務はそれだけでいいよ」
「はーい! 行こ、前澤さん」
「え? あ?」
 前澤は吉村の顔を見る。来てくれないんスか。
「ケンカするなよ〜〜」
 吉村は目を合わさず、机のパソコンでストリーミング配信のビデオを見始めた。ダメだ。腰を据えてやがる。
「え……?? え? マジで私、こいつと……?」
「ほらー、前澤さん、行くよ!」
 腕を取られ、引っ張られながら前澤は部屋を出た。己と、友人の仇に……。

***

「はい、じゃあ前澤さんと、元土屋さんの……」
「鎖鎌ちゃんだよ!」
「鎖鎌さんですね。こちらとこちらにハンコをお願いします」
「…………」
 窓口に座りながら前澤は状況の奇妙さを噛み締めた。まず隣に鎖鎌。恨み骨髄の人類が、いま親友の戸籍を上書きしている。
 そして窓口の担当も担当だ。豊島区役所の職員はもちろん、みな人類である。本来なら私たちサイボーグに殺され、管理されるべき被支配層だ。私たちが武器を構えれば慌て、泣き、叫び、逃げ惑う弱い生き物だ。それが業務中の今は、落ち着き払って私たちの転居届について作業してくれている。人類というのはそういう奴らなのだ。危機感というものが欠けている。だからこそ我々もこうして人類が構築したシステムを利用しているわけだけど……。
「前澤さん」
「なんだ……。無闇に話しかけるな」
「ハンコ無いよ」
「そうか」
「いや、そうかじゃなくてさ」
 鎖鎌が馴れ馴れしく身体を傾けてしなだれかかってくる。こいつマジか?
「ハンコなんて持ってないんだってば! 2050年にはハンコなかったんだよ」
「お前の都合なんて知るか! だったら買ってくればいいだろ!」
「鎖鎌なんて名前のハンコすぐに見つかるわけないじゃん!」
「あの……でしたらサイン……」
 にわかに一行が集う8番窓口が騒がしくなったそのとき、隣の9番窓口が土に埋まった。

***

「ですから、現行の我が国の法ではあなたはここに住めないんです」
「それはお前らの都合だろ!?」
 地底人バイヨードは憤慨していた。彼は1940年からこの地の底に居を構え、平和に暮らしてきた。地底人の中には地球の支配者ヅラをしている地上人に反感を抱き、戦いを挑む者もいるという。だが彼にはそんな無益な戦いをするつもりはなかった。第一地上は気温とかいうものに縛られていて過ごしにくいし、太陽の光も不快だ。それに、幼馴染だったパーライトは地上人と戦って死んでしまったらしい。なんでも相手はすごい超能力者だったという話だ。地上は怖いところだ。
 そんなバイヨードの生活がある日一変した。豊島区役所の外壁工事の振動で、彼の地底ハウスが壊れてしまったのだ。これは困った。完全なるとばっちりで彼の平和な生活は終わりを告げたのである。だが、そんな被害にあってもまだ彼は人類と争うつもりはなかった。家が壊れたのなら代わりの家を提供してもらえばいい。豊島区役所には高層マンションがくっついているというのは聞いていた。ならそのうちの部屋をひとつもらえれば寝食には困るまい。通勤するのにいちいち地底に潜り直さなければいけないのは面倒臭いが……。そもそもこの土地は彼の所有物なのだ。その地の上に勝手に区役所なんか建てたのは人類だ。その権利と家を壊された旨を伝えれば、彼らも地底人を無碍には扱うまい。こちらは一方的に壊された平和な生活を保障してくれればそれでいいのだ。喧嘩をしに行くつもりはないのだ。
 そうしてバイヨードは意気揚々と区役所に向かった。職員の答えは残酷なものだった。地底の権利のことは地上人には関係ないし、マンションに住みたいのなら正式に家賃を払えと。家を壊してしまったことについては知らんと。
 バイヨードはブチキレ、応対していた職員は彼が召喚した土に埋まった。

***

「聞いていた通りだ……! 地上人はバカばっかりだ!」
 隣で手続きをしていた地底人が土に埋もれた窓口から飛び出し、叫ぶ! 間違いなく穏やかではない!
「あれ、何?」
 閉じたコミュティで生きてきた鎖鎌は見慣れぬデミヒューマンを不思議そうに見上げる。
「あれは地底人だ……! それもなんだかブチキレてるぞ」
「あわわわわ……け、警備員!」
 前澤たちの手続きを行っていた職員が青ざめながら防犯ブザーを押す! すると奥の詰め所からショットガンを構えた警備員たちがロビーに雪崩れ込んだ!
「ウオーッ!野蛮な地底人! 神妙にお縄につけ!」
「野蛮……野蛮だと!?」
 走ってくる警備員の頭上に土が召喚される……。窓口を埋めた地底人の特殊能力だ!
「野蛮なのはどっちだー!」
「わーっ!!」
「ウギャーーーーッ!」
 頭上から数トンの土を浴びせかけられて警備員たちは埋葬! 窒息死!
「バカな地上人め……ダイバーシティを知らんのか!」
 地底人がゆっくりと振り向く。目の先にいるのは……前澤と鎖鎌、そして防犯ブザーを押した職員だ!
「あの目はやばいぞ……」
「え? もしかして私たちも襲われんの? なんで?」
「ヒヒーーーーーッ!!!」
 職員はビビり散らかして失神!
「貴様ら全員死に腐れーーー!!」
 頭上に数トンの土が出現!
「逃げろーッ!!!!」
 前澤と鎖鎌は窓口から脱兎の如く飛び出す!
「ンゲャーッ!」
「うわーっ! 職員さんが死んじゃった」
「せ、せっかく40分も待ってようやく手続きに入ったのに!!」
 前澤は怒りに満ちた瞳を地底人に向ける……!
「てっめえ……。ブチ殺す!」
 死の宣告とともに前澤の右肩に装備された7連装ロケットランチャーが火を噴いた!  だが地底人は眼前に濃密な土の盾を発生させて爆発の衝撃を吸収! 完全防御だ!
「邪魔をするなら貴様も殺すぞサイボーグ!」
 地底人はそのまま盾とした土をフリスビーのように振りかぶり……投擲! 危険な質量だ! このままでは埋まった窓口の職員のようになってしまうぞ!
「させるかーっ!」
 ダークフォース前澤が右腕のバウムクーヘンオーブンを突き出す! オーブンの先端のパワーナックル機構が唸り、土のフリスビーを霧散させる! 
 だがそのとき、まるで雲が太陽を覆い隠すかのように前澤の視界が暗くなった。
「何……?」
 天を仰ぐと、視界を埋めるのは土。本命はこっちか。フリスビーに気を取られている間に前澤の頭上に土を召喚していたのだ。
 ここまでか。池袋は奈良と比べて治安が悪いとは聞いていたが予想以上に早かったな。前澤は防御態勢をとることもなく、眼前に土の塊が迫るのを見ていた。
 だがそのとき、今度は彼女の視界に光が広がった。光は回転している。2秒、3秒、4秒。回転する光に阻まれるように、土の塊は前澤に落ちてくることはなかった。これはなんだ? 人類が死の直前に時間がゆっくりに感じるというアレだろうか。
「──さん!……前澤さん!」
 後ろから自分の名を呼ぶ声がする。振り向くとそこにいたのは……鎖を頭上で回転させる鎖鎌だった。
「あ、やっとリアクションしてくれた。だいじょぶ?」
 前澤はあっけにとられて頭上と鎖鎌を見比べる。どうやら前澤を襲った土の塊を、鎖鎌が抑えているのだ。鎖を高速で回転させることで。当然、鎖を回転させた程度で数トンの土を抑えることなどできるわけがない。だが鎖は、回転しながら光を発していた。心が穏やかに現れるような、尊みのある光を……。
「これが……徳?」
 前澤は攻撃されていることも忘れ、呆然と徳の光を見つめていた。
「なっ、なんだ貴様ら……どういうんだ!?」
 地底人が驚愕!
「前澤さん! ちょっとボケーとしてないで早く!」
「えっ……あっ」
 前澤は我に帰り、鎖鎌と地底人を見比べる。私としたことが! サイボーグにあるまじき動揺!
 前澤はパンパンと自分の頬を叩き、地底人を睨む! 7連装ロケットランチャーがふたたび火を噴いた! 地底人はふたたび土の盾で防御を試みるが、動揺のため初動が遅れる! 充分な質量を形成できなかった土の盾にロケット弾が着弾! 隙間から爆風が漏れ、彼を怯ませる!
「グワッ……」
「その首! もらったァー!」
 爆風の中から殺人的金属が電光のごとき速さで伸び、地底人バイヨードの首を掴む! 前澤の左手に装備されたサイボーグ近接格闘兵器、トングだ!
 その刹那、バイヨードは穏やかだった地底の生活に想いを馳せた。もう戻ってこない平穏を。人類の身勝手で崩された日常を……。
 トングが地底人の首を捻り切る。豊島区役所ロビーに、地底人の茶色い血液のシャワーが舞った。

***

「礼は言わないぞ」
「は?」
 前澤は鎖鎌と目を合わせずに言った。
「土屋のことはまだ許したわけじゃあない。私を助けたからといって仲良くなれると思わないことだ」
「うえ〜〜っ! まだそんなこと言ってんの! 前澤さんほんと取っ付きづらいなぁ〜〜」
 ふたりはトボトボと池袋支部への帰路についていた。結局転居届はうまく手続きできなかった。区役所もしばらくは地底人に荒らされて営業不可能だ。完全に無駄足だった。
「なんで私を助けた?」
「なんでって……仲間じゃないのさ〜〜」
 お前は私の仲間を殺してるし私も殺されかけたんだよなあ! やっぱりこの人類の思考回路はわからない。どこかおかしいんじゃないのか?
「それにさ」
 鎖鎌が前澤に寄りかかる。
「……それに?」
 なんだ気持ち悪い。ほんとパーソナルスペースという概念がないなこの女。
「前澤さんが死んじゃったらもうこのバウムクーヘンが食べれないじゃん!」
 鎖鎌は前澤のオーブンから焼きあがったバウムクーヘンを取り出し、頬張る。
「あっ、コラ!!」
「美味し〜い! やっぱたまんないな〜コレ。なにがふつうのバウムクーヘンと違うんだろ?」
「お前……誰が食っていいといったー!」
「いいじゃん。ほっとくと焦げちゃうんでしょ?」
「お前に食わせるバウムクーヘンは無い!!! 返せ!!!」
「やだよーっと!」
 鎖鎌が無邪気に走り始める。前澤も追いかける。ホントに……吉村さんはなにを考えているんだ!
 自らの置かれた奇妙な状況を憂いながら、前澤は次のバウムクーヘンを焼き始めた。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます