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マシーナリーとも子ALPHA ~揚げる徳~

「……じゃあ出すぞ?」
「お願いします」
 マシーナリーとも子がフンと力を込める。すると腕のマニ車の天面に設けられた4つの丸い凹み(彼女の場合はここにコーデックスが収められている)からウニョーと半透明のものがところてんのように出てくる! 
 ところてんのようなものが伸びる先にはアークドライブ田辺が用意した、ボウルに入った氷水が置かれている。氷水に入ったところてん状のものはやおらに色が濃くなり、硬くなる。マシーナリーとも子は、腕から出てくるそれらを魚肉ソーセージ2本分ほど固めると出すのをやめた。

「はぇ〜〜こんなふうになるんですねえ」
「そう。これが徳だ!」

 マシーナリーとも子のマニ車から出てきたところてん状の物体。それは徳だった! なぜ彼女らは徳を氷水で固めているのか!? その理由は30分ほど前にさかのぼる……。

***

 2016年……池袋のサイボーグハウス……。マシーナリーとも子とアークドライブ田辺はヒマにかこつけて自堕落にテレビを見ていた。特集されているのはアメリカの揚げ物フェスティバルだ! ワゴンカーにフライヤーを積み込んだフードトラックたちが、思い思いの揚げ物を売っている。

「すごいもんですねえ。単にフライドチキンひとつ取っても凝ってるなあ」
「やっぱアレか? トンカツ屋としては興味深いもんか」
「ええ、すごく刺激を受けますねえ」

 映像は変わり種の揚げ物を取り扱い始める……。バター揚げ! 冷やしたバターに衣を付けて揚げる、アメリカ揚げ物民主主義が生み出した狂気の料理だ! 映像に映るレポーターは揚げたてのバター揚げをひと口頬張り、実に美味しそうに咀嚼する。

「ウワーッ! 頭おかしいですねえ。油脂がうまいのは道理ですけどあそこまでやりますかね」
「脂を油で揚げるってなんかもうスゴいよなあ。でも、まあ技法としちゃあアイスクリームのてんぷらみたいなもんなのかなあ」

 だがバター揚げはまだアメリカの狂気料理においてまだ序の口である。ふたりを驚愕せしめたのはアメリカ人がこよなく愛する飲料であるコーラを揚げた料理が登場したときである。フライド・コークと呼ばれるそれは、記事にコーラを混ぜ込み冷やして揚げ、コーラのシロップやシナモンシュガーをかけて食べる。

「……たまげたな! ちょっと無理やりな気もするが炭酸ジュースを揚げちまうなんてよ」
「ウーン揚げ物は奥が深い! 確かにあのやり方ならコーラの風味が出せますよ! コーラなんてシュワシュワ以外は風味オンリーですもんねえ」

 呆れるとも子に対して田辺は素直に感心した。

「いままで素直に豚肉を揚げていたのがちょっと恥ずかしくてなるほどですね……。私もなにか揚げたくなってきましたよ! なにか無いかなあ」
「“インスピレーション”受けちまったか」
「あ……そういえば2045年にいたころ、徳のシュークリームというのを聞いたことがあります」
「アレかぁ。食ったことあるぜ」
「……徳も揚げられないですかねえ……」
「……揚げてどうするんだよ……」

***

 田辺はマシーナリーとも子がひり出した徳をロボットアームでつまみあげる。

「こういう感触なのかあ。ベタベタはしてないけどちょっとラードっぽさがあるかもしれない」
「そんで、どうするんだそれ」
「うーん、まずはバター揚げを模して衣を付けて揚げてみますかねえ」
「でも、味ないよ徳って」
「え……そうなんですか?」
「無いこたあないけどスゲーあっさりしてる。火を通すとちょっとプリっとしてくるんだけどな」
「そもそも徳ってそんなに料理に使うのにポピュラーだったんですか……?」
「いや、シュークリームもそうだけどそのまんま食うようなもんじゃなくて……なんだろ、添加物的な? 感じだよ。徳を加えるって感じ。あんまりそのまんま食うもんじゃねーな」
「えーっ……。じゃあもう負け見えてるじゃあないですか」
「うん。さっき言ったとおり味らしい味がないからあんまり量入れると味がぼやけるしな……」

 そうこうしてるうちに田辺がチョークほどの大きさに切り分けた徳に小麦粉、卵、パン粉を付けて高温で揚げていく。

「フライド徳っていうより徳のカツか」
「まあ、言うてトンカツ屋さんですからね私……。徳自体は生でも食べられるんですよねえ? でもまあ一応衣がキツネ色になるくらいまでは揚げてみるか……」
「生でも食えるけどよ……。お前あんまり食わないようにしとけよ」
「なんでですか? けっこうカロリーあるとか?」
「いや、擬似徳が徳食いすぎると食あたりになるだろ」
「あ……あ〜〜そういやそうでしたね……。前に澤村でしたっけ? 呼ばれて言ったら熱出してたのは」
「あのときは焦ったな」
「その後結局私、徳を食べる機会がなかったな……。え、けっこうヤバいですか? これ一本食べたらもうマズい?」
「添加物じゃなくて丸ごと揚げてるから全部食ったらまずいんじゃないかなぁ〜〜……。でもアレよ、そのあと徳のメシ作ってるヤツから聞いたりしたけど徳の食あたりってなんつーか量じゃねえんだってよ」
「なんですかそれ」
「人類が牡蠣食うと腹壊すことがあるって言うだろ。だから食いすぎてお腹を壊すっていうよりはアタリハズレがあるらしいのよ」
「マジすか。じゃあ個体によって違うってこと……? っていうかこの場合の個体って……」

 田辺はとも子の顔をチラリと見る。

「いや……なんかほら、体調とかもあるから……」
「びっ、微妙そう〜〜……。っていうかそうだよな、これマシーナリーとも子の排泄物なんだよな……」
「徳をウンコみてえに言うんじゃねえよぉ〜ッ。それよりホラ、もういいんじゃねえか?」

 カラリと揚がった徳を網がついたバットに載せ、油を切る。

「味はつけてないのでとりあえず……塩でいってみましょうか」

 パラリと塩をかけて軽くひと口頬張る。衣のサクッとした歯触り。続いて舌に触れる徳。確かに 感触はプリッとしている。歯を立てるとプツリと切ることができる。強いて言うなら……形状がまったく異なるので例えとしてはあまりうまくないかもしれないが、茹で卵の白身のような感触。
 そして味の方はというと塩によって立ち上がるものも立ち上がらない、といった感じで確かに味は皆無に近かった。こちらは例えるなら葛をさらにぼんやりさせたような味だ。

「これは確かに……悪い意味でなんとも言えないですね」

 田辺が残りをとも子に渡す。とも子はサクサクとふた口行った。モゴモゴと咀嚼して飲み込む。無表情。

「うん……こうなんだよ徳って。このまま食っても特にウマくねぇーんだ」
「こりゃあどうしようも無いですね……。ちょっとは徳が溜まるのかもしれませんけど、食べすぎると食あたりの危機だし……」
「まぁ〜バターとかコーラのようにはいかねえってことだな。バターとかコーラはもともとうまいもんなぁ」
「うーーーん……でもでも! 悔しい悔しい! なんとかおいしくできないものでしょうか……」

 田辺は氷水に浸かったままの残りの徳をつまみあげて唸る。
 しばらくすると無言のまま徳をふきんで軽く拭き、包丁を取り出して厚さ1cmほどに、金太郎飴状に切り始めた。
 魚肉ソーセージほどの大きさだった1本の徳を、そうして金太郎飴状に切り終わると、上からパラパラと、さきほど徳カツにかけたより少し多めの分量の塩をふりかける。そして5分ほど置く。徳から少し水気が出てくるので、これをキッチンペーパーで軽く拭き取る。次に少量のコショウをやはりパラパラと振り掛けると、次に衣を用意する。
 材料は牛乳にたまご、少量の小麦粉を混ぜた液。そして小麦粉に各種スパイスをまぜたものだ。

「パン粉は使わねーのか?」
「ええ。今度はカツというよりはてんぷら……フリッターにしてみようと思うんです」

 切り分けた徳を液につけて濡らし、衣をつけて揚げる。数分で浮き上がり、キツネ色になったら完成だ。

「どうぞ……徳のフリッターです」

 マシーナリーとも子はフリッターをつまみあげ、ポイと口に投げ入れる。パン粉を使ってないぶん、カツよりも少し控えめなサクリとした歯触りののち、香ばしい衣と油の香りが口に広がる。つづいて塩コショウが効いた徳の、ぷっつりクニュクニュとした食感が現れる。

「あ……これは結構イケるぞ! スナック感覚で食えるしいいかも」
「……うん! 成り立った感じですね! 味がぼんやりしてるのなら、むしろ食感だけで押しきれないかと思ったんですよ」
「なんかいいな。全然食感や味は違うけどよぉー、 感覚としてはフライドピクルスみたいな……。ビールとかと食うといいんじゃないのこれ」
「うん、ポイポイいけますねー。まあ私ポイポイ食べたら食あたり起こすんですけど……。まあとりあえず攻略した感はあるかな一応……」
「まあ、もう一度食いたいかっていったらけっこう迷うラインではあるなよくも悪くも……」
「私、これ以上食べるのちょっと怖いです……。あとはとも子が食べていいですよ」
「えぇー、私もちょっといま半端な時間だしなあ……。夜温めて食うから取っといてよ」
「じゃあ出しっぱなしにしときますんで……」

 徳料理に対してなんとか雪辱を果たした田辺は、残りの徳フリッターにラップをかける。
 そして一応満足したふたりは台所を片付けるとまたテレビをボケーっと見て……そのまま眠ってしまった……。

***

「ただいま〜」

 血まみれのジャストディフェンス澤村が帰宅する。人類を殺してきたのだ! それも仕事ではない、今日は日曜日……オフの日でもサイボーグは場合によりけり人を殺す! 趣味で!
 サイボーグに取って人類を殺すことというのは、子どもが砂場で泥だらけになって城やお団子を作って遊ぶのに等しい遊びでもあるのだ!

「お腹すいた……。なにか食べ物ないかなあ」
「澤村さん、なんかテーブルの上にありますよ」

 澤村の相棒のハンバーグ寿司がめざとく食べ物を見つける……。テーブルの上に放置された徳フリッターを!

「わ! なんかテキトーな揚げ物があるじゃん。これ田辺が私のオヤツに作ってくれたんだろ。いただきまーす」
「よかったですね澤村さん」
「なんだかよくわかんねーけどなんとなくうまいな。パクパクいけるぞ」
「あまり食べ過ぎて夕飯が入らないなんてことにならないように気をつけて……」
「大した量ねぇーって! ポテチくらいだってこんなの!」

***

その夜、沢村は食あたりで倒れた。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます