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マシーナリーとも子ALPHA ~破滅の談話室~

「お楽しみのところすみません。シンギュラリティのサイボーグの方だとお見受けしますが……」
「あぁ~~?」

 ワニ人類のためにシンギュラリティと人類の関係をホッピーに例えて教えてやってたら、ゴツゴツしたタコみたいなやつに話しかけられた。なんだこいつは? オレンジ色でうねうねしている……。宇宙人か?

「ワニ、知り合いかよ?」
「いや、シンギュラリティって言ってんでしょうが。用があるのはアンタでしょ」
「失礼、ワタクシこういうものです」

 タコは懐からリング型コミュニケーターを出し、空中にIDを投影する。アドレス欄にはソンブレロのエピノスと書かれていた。

「あ……エピノス人? なんか聞いたことあるな」
「……聞いたことあるもなにも、私ですら知ってる宇宙の大勢力ですよ。天の川銀河にはあまり来られないと聞いていますが……」

 ワニが口を挟む。

「そういえば……何ヶ月か前にたか子さんと田辺がなんか会うとかナントカ言ってたなあ」
「そう! それですよ」

 エピノス人は吉村の眼前に触手の先を向ける。

「あなた方側のサイボーグ、ネットリテラシーたか子と会ったエピノス人がいるはずです。名をヴォルテルといいます」

 急速に熱を帯びたエピノス人の話に耳を傾けながら、吉村は怪訝な表情を浮かべてホッピーをすする。
 ……だから? そのエピノス人が……なに? どうしたの? 言いたいことがわからない。
 吉村はチラリと右にいるワニツバメを見る。ツバメは視線に気づくと、エールを煽りながらワニの下から右手を出し、シッシッと払うしぐさをする。関係ないから巻き込まないでくれと言っているのか。吉村はエピノス人に視線を戻す。まだ触手は指されたままだ。こちらの返答を待っているらしい。吉村はもう一口グビリとホッピーを口にしてから応えた。

「……それで? 私なんも知らねえけえど……」
「とぼけロボーーーッ‼︎‼︎」
「ンギャーっ!!!」

 吉村の身体が直角に上昇していく! 手に持っていたホッピーのジョッキはくるくると回転し中身をぶちまけながらバーテンのドラゴニュートの頭にスポッと被さる! ワニツバメは目を見開きながら口に含んでいたエールを噴き出し、ワニは喉を鳴らして威嚇! 周囲の客たちも緊張に包まれた!

「ンゲッ!」

 吉村は高い天井までまっすぐ飛び、顔面から激突! そして勢いを失って今度はまっすぐ落下! したたかに背中を打った!

「ンゲッ!」

 落下した吉村に触手を蠢かせながらエピノス人が迫る!

「ヴォルテルはネットリテラシーたか子と会ったあと行方をくらませたんじゃあ! あの男はいきなり蒸発するような奴じゃない! 家に帰れば嫁も子どもいたんじゃあ!」
「な……なんなんだよ、知らねぇーよ」

 吉村が起こした上半身に、エピノス人が触手を伸ばしてピトと肩に触れる。

「ンギャーっ‼︎‼︎」

 今度は吉村が地面と水平に吹っ飛ぶ! 吉村の身体は4つのテーブルと12のジョッキ、グラス、3人の客、その他もろもろを吹き飛ばし、最後は壁にしたたかに打ち付けられた!

「ンゲッ」

 吉村がうめき声をあげる。
 バーはシーンとしていた。誰もがどうするべきか見計らっていた。エピノス人にもっとも近い距離に座っているツバメは少しずつ身体を回転させ、エピノス人のほうを向くように努めた。なにが起こっているのかよく把握できてないが、この宇宙人に背中を向けているのだけはまずい……!

(なんなんですアレは……少し触れただけでサイボーグが吹っ飛んだ!)
(重力操作だ)
(重力操作ァ?)

 ツバメの意識にセベクが語りかける。

(エピノス人は手で触れたものの重力をある程度操作することができるのだ。いまの攻撃はエピノス人が触れたことによってサイボーグの“後ろ”が“下”になった。あいつは後ろに落ちていったんだ)
(なにそれ、怖ッ! 自由自在なんですか?)
(手で触れればな。奴らはあの能力を利用して宇宙の大勢力になったのだ)
(じゃあ、重力の上下が入れ替わったら……? 空に向かって落ちていくってことですか?)
(ここが天井のある場所で幸運だったな、あのサイボーグは)

 ツバメは自分の血の気が引くのを感じた。なんとなく酒を飲みに来たはじめての店でエラいことに巻き込まれてしまった。どうすれば無事に帰れるだろうか。
 エピノス人がさらに攻撃を加えようとぐったりしている吉村に向けて歩み始める。そこに沈黙を破る声が挟まった。

「お客さん……店内で揉め事は困りますよ」

 バーテンのドラゴニュートだ! 

「すぐ終わる」

 エピノス人は取りつく島もなく吉村へと歩みを進める。だが次の瞬間、耳をつんざくような咆哮と共に強い風が吹き、エピノス人を吹き飛ばした!

「グワーッ!?」
「店内では! 暴れんな!」

 バーテンのドラゴニュートが失われし古代魔法を唱えてエピノス人を吹っ飛ばしたのだ! 恐るべき衝撃! 客たちが予想外のデモンストレーションに興奮して騒ぎ出す! 

「うおーっ!」
「いいぞーっ!」
「うるせーっ! 見せ物じゃねえーっ!」

 ドラゴニュートが客に向けて灼熱の炎を吐き出す! 

「グギャーッ!!」

 地底人、木星人、バイオリニストがたまらず焼死! さらにテーブルに置かれていたウォッカに引火して爆発! 

「グギャーッ!」

 爆発の衝撃で割れて吹き飛んだ瓶やグラス、破壊されたテーブルが四方八方に飛んで相撲取り、海底人、食虫植物が即死! さらに壁にもたれかかっままの吉村に襲いかかる!

「ン……? グゲーっ!」

 一足早く爆発の衝撃音で目覚めた吉村は自分に向かってくるガラスと机の破片に気付いて目を飛び出させた! だがサイボーグ克己によってすばやく己を取り戻し、サイバーボクシングによる光速のジャブで飛翔物を全破壊! 

 「んおーっ⁉︎ クソーっ!」

  破片はエピノス人のもとにも飛来! エピノス人は無数の触手を素早く動かしてすべての破片に触れ重力操作! 周囲四方八方に破片を吹き飛ばして回避!

「ウワーッ!」
「ギャーゥ!」
「モォーッ!」

 吹き飛ばした破片がまわりの無関係な木の精霊、プロキシマ・ケンタウリの民、牛の頭部を突き破る! 全員即死! かわいそう!

「あらーっ⁉︎」

 吹き飛んだ破片はツバメのもとにも襲来! ツバメはすぐれた推理力で状況判断を行う!
 バリツで防ぐか? いや、破片の数が多すぎる。
 セベクに食べさせるか? こちらも破片の数が多すぎて無理だ。ひとくちでは食べきれず後続の破片が刺さる!
 じゃあ身を翻してかわすか? これも破片が飛び散る範囲が広く難しそうだ!

「ならば……」

 ツバメはセベクを前方に構え大きく口を開けさせる。一瞬のセベクの喉の奥からピンク色のエネルギーの奔流が飛び出した! クロコダイルブラストだ! ピンク色のワニビームは向かいくる破片をすべて破壊! 助かった!

「暴れんなコラーッ!」
「ウゲアーッ!」

 ビームを放ったツバメに怒ったドラゴニュートが手に取った宝珠から雷を放つ! 理不尽!

「グヌーッ! サイボーグ! ヴォルテルの行方を教えろぉーっ!」

 ドラゴニュートの攻撃から立ち直ったヴォルテルが吉村に飛びかかる! 重力操作触手が8本同時に吉村に伸びる! だが体勢を整え切った吉村はダッキングで恐るべき重力操作触手を回避! 

「知らねえって言ってんだろクラゲ野郎ォー!」

逆に触手を伸ばし切って隙だらけのエピノス人にサイバーバックスピンナックルを叩き込む!

「グワーッ!?」

 顔面にしこたま裏拳を浴びせられたエピノス人はまっすぐ吹っ飛び後方にいたワニツバメの腕のワニの口に向かって激突! ワニのするどい牙がグサグサとエピノス人の柔らかい背中に突き刺さる!

「ンゲーっ! なんだこのワニ! 死ね!」
「ンギャーッ!」

 痛みに激昂したエピノス人の触手がワニの上顎に触れる! 重力操作! ワニツバメの身体はまっすぐに上に向かって落ちていき天井に背中を強打! 落下して腹部をビターンと床に強打!

「ンギャーッ! おっ、お前この! 宇宙人! なにすんだこのワレ!」

 痛みに激昂したワニツバメがワニの顎をパカリと開ける! ワニは軽く振動したかと思うとずらりと並んだ鋭い牙を煙を上げながら一斉発射した! エジプトの神秘が編み出した魔技・ワニミサイルだ!

「グワーッ!」

 全身にワニの牙が刺さったエピノス人が怯む! それを見たエアバースト吉村は関節が幾重にも連なった脚部をグンと縮ませながら叫ぶ!

「ワニ! そいつ飛ばせぇーッ!」
「はあッ!?」

 ワニツバメは突然の要望に困惑しながらもホームズ判断力を働かせ苦しむエピノス人に向かって徳ダッシュを行う! いっぽう充分に脚部の弾性力を高めた吉村は大ジャンプ!

「セリャアーッ!」
「グワーッ!?」

 ワニツバメが回転しながら下方からエピノス人のアゴに向けて打ち上げ気味に右腕を叩き込む! 得意技のバリツコークスクリューだ! 空中高く舞い上げられたエピノス人の行方には……タイミングを合わせてジャンプしていたエアバースト吉村!

「なんだか知らないが死ねコラァーッ!」

 エアバースト吉村の錠前から徳スチームが噴出される! 高速で繰り出される無数のストレートパンチが空中で無防備になったエピノス人の全身に突き刺さる! これぞサイバーボクシングの秘奥義、エアバースト!

「ンギャアアーーーッ!!!」
「どっせい!」

 締めに放たれたローリングソバットが炸裂! エピノス人は隕石のように叩き落され……その先にワニ!

「事件解決!」
「ンギャアアーーーッ!!!」

 吉村に叩き落されたエピノス人は大きく口を開けたワニの口内に突入! ごっくんと丸呑みされた。

 バーに静寂が戻った。

***

「グッ……グエ! 店内では……」
「てめえがいちばん暴れてんだオラァ!」
「グエッ!!!」

 キレて店内をめちゃめちゃにしていたバーテンのドラゴニュートは客たちに叩きのめされた。騒ぎの発端となったエピノス人はワニツバメに飲み込まれた。バーはおそらく明日から休業せざるを得ないだろうが、ひとまず騒ぎは収束した。

「なんだったんだ……。はじめて来たバーで、ケンカに巻き込まれて、店はめちゃめちゃになって、宇宙人を食べさせられて……」

 ツバメはヘロヘロとカウンターに戻り、すっかりぬるくなったエールを飲み干した。

「よー、ワニ。いい活躍だったな」

 ツバメの背中をぽんと叩きながら吉村が隣に戻ってくる。こいつもなんなんだ。馴れ馴れしくすんな。

「さっきは状況が状況だったから手を貸しただけです。今度はあんた方のアジトを襲いますよ」
「オゲーッ。もうちょっと勘弁してくれねえかな?」

 何様なんだ!? 頼める立場か? ツバメはまた信じられないという目で吉村を見つめた。

「……ところでさっきの宇宙人のこと、本当に知らないんですか? どうせあんた方シンギュラリティが悪いんじゃないですか?」
「だーからわかんねえんだって。知ってそうな本人とは連絡できなくなっちゃったし……マージでどうしようかなあ」
「ともかく……こんなふうにのんびり隣で酒を飲むなんてのは今夜だけです。次会ったときはさっきの宇宙人みたいにあんたを飲み込みますよ。サイボーグ」
「はいよ。そんときはまあ御手柔らかに頼まぁ」

 吉村がジョッキをツバメに向けて傾ける。

「はい?」
「乾杯しよーぜ。宇宙人殺したんだし」
「……もう飲み終わっちゃいましたよ」

 ボロボロになったバーカウンターで、キンとジョッキが打ち合う音が響いた。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます