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マシーナリーとも子ALPHA 寿司の怪死篇

 店の中心には円く、輪になったエリアがあり、その外周にはベルトコンベアーが取り付けられている。輪の内側には白い帽子を被った男たちが数名、威勢のいい声をあげながら炊いた米を揉んだり、魚を切ったりしている。寿司を作っているのだ。職人たちによって握られた寿司は、ベルトコンベアーに乗せられて回転し始める。これを円の外側に座った客が思い思いに手にとって食べる。これが回転寿司という店のシステムであった。

「回転寿司の仕組みは2045年とそう変わらないわね」
 店内で轟音を響かせながら寿司を頬張る者がいた。長くストレートに伸ばした髪は紫色に輝き、その頭からは金属ケーブルのようなもので繋いだ球体が生えていた。そしてその轟音の発生源は彼女の両腕に取り付けられた2枚組み一対のチェーンソーであった。彼女こそネットリテラシーたか子……2045年から来たシンギュラリティ最強のサイボーグである!
「次はマグロを取ってちょうだい」
「はい」
 見ての通り、両腕がチェーンソーになっている彼女には手が無い。それを補うため、ふだんの生活の大部分を背中のポートユニットに6基装備したファンネルに頼っている。ファンネルたちのビーム発射口は吸盤としての役割を持っており、なんでもくっつけることができるのだ。いま、右ポートユニット前から2番目のファンネルがたか子の背中から飛び出した。ファンネルはフヨフヨとマグロの皿へと飛んでいき、ビーム口を皿にピトリとくっつける。一瞬、少し重そうにゆっくりとした持ち上げる動作を見せたが、ある程度の高度にたどり着くと出発したときと同じようにまたフヨフヨと彼は戻ってきた。ポートユニット左、いちばん後ろのファンネルが射出され、皿の上のマグロをピトリとくっつける。彼は器用にマグロの切り身にしょうゆをつけ、ネットリテラシーたか子の口に運んだ。
「うまい」
 ネットリテラシーたか子が満足げな声を漏らし、ファンネルたちは安堵した。
「次はなにを食べようかしら」
 ファンネルは、流れていく寿司を主人とともに見つめていた……。

***

「この酢はちょっとケミカルすぎるねえ」
「そうですねえ」
 ある晴れた日……マシーナリーとも子とジャストディフェンス澤村のスレーブユニット、ネギトロ軍艦とハンバーグ寿司は窓際で日にあたりながら酢を吸っていた。暖かで穏やかな寿司日和だった。
「よう、お前らちょっと」
 マシーナリーとも子がヌッと顔を出す。
「とも子くん、この酢はあまりよくないよ。買い替えなよ」
「うるせーぞ。あと490mlあるんだからガンガン飲め。飲み終わらないと次の酢は買ってあげらんねーな」
「料理に使いなよ」
「酢を使うレパートリーがねえんだ」
「寿司を作りなよ」
「嫌だね。……それよりお前らに客だぞ」
「客……? 僕らに?」
 ネギトロとハンバーグは顔を見合わせる。寿司である自分たちに、客?  不思議に思っていると、ドアのほうからふよふよと浮かんでくるものがあった。
「こんにちは」
 紫色の球体……ネットリテラシーたか子のファンネルだ!

***

 ファンネルはマシーナリーとも子に酢を出されて困惑した。自分は酢を吸ったりしない。
「考えてみればこういう風に話すのは初めてだね、ファンネル君」
「遠慮なさらず、酢をどうぞ」
 対面の寿司たちは実にうまそうに酢を吸っている。基本的に100%機械でできている自分たちにはエネルギーの経口摂取は必要ない。たか子さんから供給される徳だけで充分なのだ。だが彼らは……なんなのだ?
「では……失礼して」
 とはいえ無碍に断るのも失礼だろうしと思い酢に口をつける。ビーム発射口から少量の酢が入り込み、エネルギーチャンバーに染み込んでいく。思考回路にザクっとしたノイズが走った。
「グエッ」
 思わず悲鳴を漏らす。
「アハハハハ、やっぱりダメだったね。機械に酢が摂取できるわけないよね」
 軍艦巻きが身体を震わせて笑う。クソ! まずは一敗か。ファンネルはゴホゴホと咳き込みながら話を切り出した。
「……あなた達とは一度話をしたいと思っていました。同じスレーブユニットとして」
「そうだね。なんのかんのとじっくり話す機会がなかったからね。大体君はたか子くんのお世話で忙しいし……」
「僕らはあまり表に出てきませんからね」
「それです。不思議なのは」
 ファンネルがハンバーグに割り込む。
「あなた方のスレーブユニットとしての役割はなんなんです?」
「ン……? どういうことだい?」
「スレーブユニットの役割はマスターをサポートすることにあるはず。だがあなた達は……」
 ファンネルは昨晩のたか子の食事を思い出しながら続けた。
「あなた達はただの寿司だ。失礼ながら、マスターの役に立ってるとは思えませんね」
 ファンネルがぴしゃりと言い放ったのに、ハンバーグは少し怯えて後ずさった。
「おーいとも子君」
「なんだあ」
 ネギトロに呼ばれてマシーナリーとも子がノソノソと現れる。
「とも子君、僕にチップを埋め込んだのってなんでだっけ?」
「なんだよ……あらたまって」
 マシーナリーとも子はボリボリと頭を掻きながら心底めんどくさそうに答える。
「別に……寿司の話し相手がいたら面白くね? って思っただけだけど……。わたしネギトロ食べるの好きだし」
「……だとさ」
 ネギトロがファンネルに向き直る。
「もういいか? そんじゃな」
 マシーナリーとも子は来た時の同じようにノソノソと部屋に引っ込んで行った。部屋の扉が閉まるのを待ってファンネルが口を開く。
「……つまり君たちは話し相手なんだね」
 ファンネルがカタカタと震える。嘲笑っているのだ。その姿を見てハンバーグは屈辱に震えた。
「確かに私たちはあなた達のように澤村さんの生活や戦闘を手伝ったりできませんが、でも……」
「ま、ま。待ちなよハンバーグ君」
 食ってかからんばかりのハンバーグをネギトロが穏やかに抑えた。
「ファンネル君。つまり君はこう言いたいのかい?スレーブユニットとして優れてるのは自分たちだと」
「別にそんなことを宣言することに興味はありません。それは揺るぎない事実ですから」
 ファンネルは誇らしげにカタカタと左右に揺れた。挑発的な態度にハンバーグは腹を立てる! だが、ネギトロは相変わらずどこ吹く風という顔をしていた。
「僕もそんな序列に興味はないよ。でも……見てごらん、ハンバーグ君が君のせいで気分を乱している」
「そのようですね。哀れですね。サイボーグの配下に生まれながら人類を攻撃することもできないなんて……」
「そう、そこに君の勘違いがあるようだね。ファンネル君」
「え……?」
「僕もスレーブユニット同士でどちらが優れているかを競うなんてことには興味がない……。でも、君が僕たちをただの考える寿司だと思っているなら、それは大きな勘違いさ」
「つまり……寿司のあなた達でも人類と戦うことができるということですか?」
「当然さ」
ネギトロは胸を張る。
「どうだい。ファンネル君がこの後ヒマなら……殺しに行かないか、人類を」

***

「おっ……なんだあれ……」
「寿司が飛んでるぞ」
 池袋を歩いていたヤマジとその友人、タムラは突然、目の前に寿司がふたつ浮いていることに気づいた。寿司が浮いているのはおかしいが、明らかに浮いている。あと、その横には大きなブドウの粒のようなものも浮いていた。
「ヤバくない? なんだこれ」
「今日はまだキメてないぞ!幻覚じゃあない」
 現実離れした光景を目にしてヤマジは目を擦る。何度見ても寿司が浮いていた。
「それじゃあ始めようか。まずはファンネル君。君がいつもしているようにしてみてよ」
「はい」
 ファンネルがフヨフヨとヤマジとタムラに近づいていく。ふたりはあっけに取られて身動きが取れなかった。
「なんか来る! ブドウが」
「ヤバくね? あれは何?」
 ファンネルはヤマジまで10メートルほどの距離まで近づくと、突然加速してヤマジの腹部に体当たりを決めた。
「ゴッホ!!!!!」
「ヤマジーーーーーッ!」
 ヤマジが倒れる! その拍子に頭を強かに打ち付けて気絶!
「次はこれです」
 ファンネルはタムラに向けてビームを発射! アフリカゾウを気絶させるほどのエネルギーを持つ徳ビームがタムラを包み込む!
「ウギャーッ!!!!!!」
 当然人類のひ弱な身体では耐えられるはずもなく、タムラは嘔吐、失禁、脱糞しながら失神! 恐るべき破壊力だ!
「……と、私ならこれくらいはちょろいものです」
 ファンネルがフヨフヨと二貫の元へ戻り、ネギトロに向けてどうですか? と言わんばかりにわざとらしく振り向いた。
「うん、大したものだね。飛び道具が使えるのは素晴らしいよ」
 ネギトロはウンウンと頷く。
「でも、どちらの人類も気絶しただけでまだ生きているね」
「どちらも殺したらあなたのやる事がなくなってしまうでしょう? やりやすくしてあげましたから、どうぞトドメを刺してみてください」
 ファンネルは高度を上げ、ネギトロたちを見下す。
「……できるものならね」
 ネギトロはファンネルを見上げずに、ゆっくりと話し始めた。
「ファンネル君。君はネギトロの名前の由来を知ってるかい?」
「なんだって?」
 唐突な質問にファンネルは思わず聞き返した。
「ネギトロの名前の由来は知ってるかい、と聞いたんだ」
「なぜ今そんな話を?」
 ファンネルは首を傾げる代わりに傾いた。
「君を見ればわかる。トロにネギが乗っているからだろう。それがどうしたんだ」
「君は主人と違ってネットリテラシーが低いね」
「何……!?」
 ファンネルは思わずカッとして赤くなった。
「取り消したまえ、ネギトロ君。それは君が思っている以上に失礼な言葉だぞ」
「なら、ネギトロの名の由来を答えてみなよ」
「ム……!」
 空中で、軍艦巻きとファンネルが睨み合う。ハンバーグは両者をオドオドと見比べていた。
「……わからない。ネギのことじゃないなんて……」
「なら、いまからその由来を見せてあげるよ」
 ネギトロはフヨフヨと気絶、痙攣している人類の元へ飛んでいく。
「ネギトロの名前の由来はね」
 ネギトロは急速に速度を上げ……ヤマジの腹部に体当たりした!
「グフォーーー!!!!」
 2度、3度とネギトロが体当たりを繰り返す!
「マグロの骨に残った肉を、ねぎ取ることから来ているのさ!」
「何……!?」
「しかるに……僕の得意技はね……!」
 ネギトロの体当たりがヤマジの腹部を貫く!
「ゲボーーーーーーーッッッッ!!!!!」
「ンン……?」
 ヤマジの叫び声にタムラが眼を覚ます。が、直後に目の前で繰り広げられる惨劇を見たタムラは恐怖のあまりふたたび失神した。
「あ……ああ……!」
 ファンネルも同様に、ネギトロの残酷攻撃を見て恐怖に震えた。自分に恐怖という感情があることをその日ファンネルは初めて認識した。

***

「なんじゃこりゃ……。ひどいな」
 警察官になって30年になるベテラン、カイドウは奇妙な光景に眉をひそめた。池袋市街に人だかりができている、殺人事件らしいという通報を受けて駆けつけた彼の目の前に広がっていた光景……。それはまるで白骨死体のような、骨だけの死体だった。だが奇妙なことに骨にはまだ瑞々しさが残り、そしてその周りにはやはりまだ新鮮な赤々しい血の海ができていたのである。この光景の意味するもの。それは……信じがたいがこの人骨が、どこかから持ってきたものではなくたった今殺されたものであることを示していた。だが奇妙なことに、その肉だけがなかった……。骨にも、きれいにこそぎ落としたように一片の肉も残っていなかったのである。それも屋内というのならまだわかる。こんな白昼堂々、池袋の街中でこの凶行は行われたのだ。
「こりゃあサイコ殺人鬼の仕業ですらねえぞ……。もっと別の……妖怪とか……そういうやつらの仕業じゃねーか?」
 カイドウは思わず独り言を言った。気づけば自分が冷や汗をかき、身体が震えていることに気がついた。こんなことを、わざわざ誰が……?

***

「……なんだあ?」
 マシーナリーとも子はコーヒーを淹れにリビングに出てくると、奇妙な光景を目にした。
「ネギトロさん、もうお酢のお代わりはいいですか?」
「もういいよ。ファンネル君。それにその酢はあまり美味しくない。そうだよね、ハンバーグ君」
「ええ……そうですね。僕も別のお酢が飲みたいです」
「で、では買ってきましょう。美味しいお酢を知っています」
「頼むよ。たか子君もそれくらい払ってくれるだろう?」
「はい。ではすぐに……!」
 ファンネルが猛烈な勢いでマシーナリーとも子の眼前を横切り、外に出て行った。なんでたか子のスレーブユニットがネギトロに媚びへつらってるんだ?
「おいネギトロ……。お前、ファンネルに何かしたか?」
「別に? 同じような立場同士、ディスカッションが盛り上がっただけさ」
ネギトロはいつものように、飄々と答えた。
「あっそ……。まあ、せいぜい仲良くしてくれや……」
 マシーナリーとも子は冷静に考えるとどうでもいいな、と思い直すとコーヒーを淹れ、頭をボリボリ掻きながら部屋に戻った。

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます