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マシーナリーとも子ALPHA ~涙の鰐篇~

 鎖鎌は顔面から地面に激突し、ようやく立ち上がったところだった。だがすぐに、親友がワニに呑み込まれる様を見て今度は尻餅をついてしまった。

「錫杖ちゃん……?」

 なにが起こったのか、目で見たのによく理解できていない。ワニにはマントラが刻まれ、ワニツバメは力を手にしていた。
 しばらくぼんやりとその様子を眺めていた鎖鎌の意識は、友が奪われたという点に焦点を合わせて突如覚醒した。

「お前ッッッッッ!!!」

 鎖鎌は怒りに駆られて鎌を高速で振り回す。あまりの早さに小規模な竜巻が巻き起こり、周囲の埃が鎖鎌の周りを飛び交った。強烈な本徳の発生に、デスロールを繰り返して飛び回っていたツバメも意識を向ける。

「とりあえずのところアナタは目的外なのですが……邪魔をするなら消えてもらいます」

 ワニの瞳がカッと光る! パカリと大顎が開き、その喉の奥からピンク色の徳の高い光線が放たれた! クロコダイルブラストだ! 鎖鎌は高速回転させたまま鎌を前に向けワニ光線を防御!

「ンギャーッ!」

 だがあまりのエネルギーの強さに鎌の回転が弾き飛ばされる! ワニ光線を受けた鎖鎌は弧を描いて吹っ飛びダークフォース前澤に頭から突っ込んだ! 頭と頭をアリのようにぶつけ合ったふたりは倒れ込んで悶絶!

「ウギャーッ!」
「ギャーッ!」
「なにやってんだお前ら……」

 エアバースト吉村は部下ふたりに呆れ果てながらふたたびワニツバメを注視する。おそらくまともな戦いでは敵わない。どうするべきか。ほかのサイボーグみたいに腹を食い荒らされるのはゴメンだ。

***

 鎖鎌を吹き飛ばしたツバメは、突き出したワニをゆっくりと戻し、右手をニギニギとしながら見つめた。これが、本徳の力……!

(本徳の力の獲得、目論見通りうまくいったようですね)
「はい。セベクの中に捉えた徳人間は正常に徳を発してくれています」
(私からも本徳サイボーグと同じエネルギーをあなたから感じます。少し心配でしたがこれならスクロールの獲得も必要なさそうですね)
「しかしすごいですねこれは……。いったいどういう仕組みなんです? この人間たちはなんなんですか?」
(それは2050年のマシーナリーとも子のみぞ知る、と言ったところでしょうか)
「……マシーナリーとも子!」

 トルーから発された怨敵の名前にツバメはギュウと手を握った。この身体を手にした時に昇華ソーウェルは倒した。あとはマシーナリーとも子だ。あのサイボーグを地に伏せさせることができれば、シャーロキアンの皆の恨みは……。

(ツバメ、あなたの気持ちは理解できます)

 読心術でツバメの心を読んだトルーがなぐさめのテレパシーを送る。

(いま、マシーナリーとも子は2045年にいないようですね)
「では……」
(彼女らから聞き出しましょう。タイムマシンの在り処をね)

***

 本徳による圧倒的戦闘力を手にしたワニツバメがゆっくりとこちらに歩いてくる。こちらは擬似徳ふたりに鎖鎌。産み出される徳の量が圧倒的に異なるとはいえ、必ずしも本徳サイボーグが擬似徳サイボーグに勝るわけではない。だがワニツバメのえげつないほどの実力は先刻嫌という程味わった。それにイギリスを荒らしまわった殺ロボ鬼だ。頼みの綱の鎖鎌も冷静な状態ではない。戦況は非常に悪い。
 吉村は悶え苦しむ前澤と鎖鎌を引っ張り起こす。

「逃げるぞ。とりあえず勝ち目がねー」
「……逃げる!? 錫杖ちゃんが飲み込まれちゃったんだよ!」

 鎖鎌が吉村の腕を振り払いながら憤る。

「逃げてなんかられないよ! あいつやっつけないと!」
「落ち着け、アイツめちゃめちゃ強ぇーだろうが! お前も殺されるぞ!」
「私だって強いし!」
「鎖鎌!」

 獲物を構えて突撃しようとする鎖鎌の肩を、ダークフォース前澤の破滅ハンドが掴んだ。

「よせ……! 今のお前じゃヤツには勝てない!」
「やってみなきゃわかんない! それに友達がやられちゃったのに」
「私だってお前に友達を壊された!」

 前澤の手を払いのけて飛び出そうとしていた鎖鎌の動きがピタリと止まる。

「お前と錫杖のことは知らん……。だけど、お前に倒されたパワーボンバー土屋は、親友だったんだ……」
「……ごめんなさい」

 鎖鎌は力を抜いて謝罪した。

「ようやく謝ってもらえたな」
「前澤さん……私のこと、やっつけたい?」
「そのためには、ひとまずこの場でお前にも無事でいてもらわないといけない」

 前澤は鎖鎌の両肩をポンポンと叩く。

「逃げるぞ」
「うん」

 ふたりは頷きあうと悠然と向かってくるワニツバメに目線を向けた。

「話はついたか? じゃあ鎖鎌ァ! 目くらまし頼ま」
「ほい!」

 吉村の指示で鎖鎌が分銅を勢いよく回転させ、地面に叩きつける。

「ムッ!」
(なに……!?)

 周囲はアスファルトのかけらと土埃に覆われ一時的に視界不良! その隙をついて3人はツバメと逆方向に駆け出す!

「小癪なマネを……! この程度のことで逃げ切れると思うか!!」
(待ちなさいツバメ)

 徳噴射で突撃しようとするツバメをトルーが諌める。ツバメはなぜですかと頭に浮かべながら宙に浮くトルーに顔を向けた。すると視界の外、サイボーグたちが逃げ出した方向で轟音が響き、地面が揺れた。この狭い裏路地を作り出していた両脇のビルが叩き折られ、破片で道が埋め立てられてしまったのだ。視界の悪いなか突っ込んでいれば、ツバメは気づかずに破片に埋もれているところだった。バイオサイボーグの頑丈な身体がそれで破損する心配は無いが、脱出にはかなりの時間がかかっていただろう。

「あ、あいつら……! 人類は敵だからってめちゃくちゃやりやがる!」
(ご近所付き合いもあるだろうに乱暴ですねえ。回り道して追いかけましょう。私の能力なら彼女らの逃走ルートを追うことができます」

***

「ところで吉村さん! 逃げるったってどこに逃げるんです!」
「ああ? 事務所だよ事務所」
「事務所ォ!? そんなところに逃げ込んだら袋の鼠じゃあないですか!」
「まあまあ落ち着け、アタシに考えあんだよ」

***

 崩壊した裏路地から20分ほど、商店街を抜け表通りに出て駅から反対側にしばらく歩き近隣の大学方面に向いた公園の近くにそのビルはあった。

「……池袋山本ビルディング?」

 ツバメがビル看板を読み上げる。

(漢字、読めるんですねえ。感心です)
「ホームズのパスティーシュには日本語でしか出版されてないものもありましたから……。あの、ミス トルー、本当にここにヤツらが逃げ込んだんですか?」
(間違いありません。彼女らはここの4Fに立てこもっています)
「ここ、ヤツらのアジトじゃないんですか? わざわざ自分らの拠点に敵を誘き寄せるなんて頭悪いんですかね?」
(気をつけてください、トラップが仕掛けてあるかもしれませんよ……)
「ここにくる前に高田馬場の基地も潰してきましたけどなーんもありませんでしたよ。ただのオフィスです。ここも同じですよ。じゃ、行ってきます」

 ツバメは低い階段を登り、ガラス製のドアに手を掛けてロビーに入ろうとした。その時である。

「……ダッ……アッ……オイ……」

 ツバメの鼓膜を、粗暴な呟きが震わせた。その呟きを発していたのは入り口の脇でタバコを吸っていた男だった。男は昼間とはいえ曇天の中だというのにサングラスをし、紫に黄色ストライプの派手なスーツを着ていた。頰には切り傷、タバコを持つ手には複数の指輪をはめ、お世辞にも温厚な市民には見えなかった。

(うわ……ジャパニーズマフィア……?)

 ツバメはチラリと男を見て警戒、無視して中に入ろうとするが男が頻繁に舌打ちを始めたので固まってしまった。

(ぇ……何? なんで舌打ちすんの……?)

 ツバメはサッと自分と体温が下がるのを感じた。因縁をつけられている……? 落ち着け。探偵としての力量はこうするときに試される。取れる手段はふたつ。

 A.何の用かと話しかけてみる
 B.無視して中に入ってしまう

 ……無視して中に入ってとっととエレベーターに乗ってしまえばいいのでは? わざわざめんどくさそうな人と会話を試みる必要は無いだろう。ましてや今から敵のアジトにカチコミをかけようという非常事態だ。無用なトラブルは避けたい。
 ツバメはドアノブに掛けたままにしていた右手に再び力を込め、ロビーへの扉を開いた。

「オイ!!!! コラぁアマ!!!!!!!!」
「ヒッ!?!?!?!?!?!?!?」

 男から大音量で怒声を浴びせかけられたツバメはロビーに入ること敵わず尻餅をついた。

「テメッッッッ!!!!!  挨拶!!!!!! なんでできねえ!!!!!!! オイ!!!!!!!!」
「ンギャッッッッッ……!?!?!?!? 何何何!?!?!?!?!?」
「挨拶しろコラ!!!!!!!!! 礼儀!!!!!!!!! 大事にせんかい!!!!!!!! 俺がいるだろオイ!!!!!!!!!!!!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 男のツバがツバメに浴びせかけられる。怒られてるのはわかるがもはや何を言われているのかわからない!!!! 男がキレすぎていて脳が理解を拒否する! ワニも怯えている!!!!

「オイ!!!!!!! コラてめえ外人か!?!?!?!?!? なんで!!!!!!!!!!! 日本に来たのに日本人に挨拶しねぇーんだ!!!!!!!!!! コラテメェ!!!!!!!!!あ!?!?!?!?? あ!?!?!?!?!?!? 挨拶できねえか!!!!!!!!!!!!!」
「無理無理無理無理無理!!!!!!」

 ツバメは這うように男から距離を取るとスカートをギュッとツボミのようにすぼめて徳を噴射、ロケットのように飛び出して逃げ出した。

「コラァー!!!!!!! 逃げんのかテメッッッッ!!!!!!!! 戻ってこいオラァ!!!!!!!!!!!」
「やだやだやだやだやだなんでなんでなんで!?!?!?!?」

 シャーロキアンの仲間がサイボーグに殺されたときにも出なかった涙を流しながらツバメは脱鰐のごとく逃げ出した。

***

「逃げた……」

 ダークフォース前澤はオフィスの窓から泣いて逃げ去るワニツバメを眺めていた。

「な、うまく行ったろ? いやー地下1の物件あの人に貸してて正解だったわ。感心した?」
「いえ、呆れてます……。吉村さんの作戦にも、それに引っかかったバイオサイボーグにも……」
「これでしばらくあいつはこのビルに近寄れねぇーよ」
「そんな犬を怖がるガキみたいにうまくいきますかね」
「いくいく。そのあいだ応援お願いしたり対策立てたりしよーぜ。いやはや忙しい1日だったな」

 確かに……前澤はカーテンを閉めながらここ数日の騒動を思い返した。ここのところ心休まる時というものが無かったが、今夜は安心して眠れそうだ。
 ソファに目をやると鎖鎌がおとなしく座っていた。口には出さないが落ち込んでいるのだろう。いつも無駄に放出している覇気はまったくなく、静かに考えこんでいるように見えた。

「……ン」
「……えっ」

 前澤は鎖鎌の眼前にバウムクーヘンを差し出す。

「ちょうど焼きあがった。焼きっぱなしにしてると擬似徳の出具合が良くないから……食え」
「いいの?」
「いつもそんなこと聞かないで勝手に食うだろ」

 前澤は鎖鎌と視線を合わせず、ローラーの軸を再セットした。

「それで……これからどうします?」
「あのワニ、一瞬マシーナリーとも子がどうとか言ってたなあ」
「……ママ!」
「いま、2010年代に飛んでるんですよね」
「一度連絡取ってみるか」

 エアバースト吉村は本部に時間跳躍通信の申請を行う。異時間と異時間のつながりは繊細なため、受信に比べて送信にはデリケートな対応が求められる。通常、申請から承認の返事までは最短でも24時間ほどかかる。

「私……ママに会いたいよ」
「そもそもそのために来たんだもんなあ」
「っていうか鎖鎌が未来から来たとは聞いているがあまり詳細を聞いてないぞ、私らは」
「私もよくわからないうちに来たし。でもママに会えばなんかわかるってミスTが……」
「まあまあ、明日とも子に聞いてみようや。なんかわかるさ」
「そうですね。明日……」
「明日かぁ〜〜!」

 池袋に憂鬱に濡らしていた雨は、もう止んでいた。

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます