見出し画像

マシーナリーとも子ALPHA 刻む真言篇

 腕からワニを生やした女が降ってきた。いままでいろいろ変な奴を見てきたが、こんなのは初めてだ。エアバースト吉村は呆気にとられて2秒ほど固まってしまったが、ようやく気を取り直して尋ねた。

「あ、アンタが切り裂きジャック……?」
「だから! その名前で呼ばないでくださいよ! それはあんた達シンギュラリティが勝手につけた通称でしょうが。私はワニツバメ……バイオサイボーグのワニツバメです」

 ワニツバメはふたたび名乗ると、左手のワニを掲げてその口をパクパクさせた。

「バイオサイボーグ……? 知ってますか吉村さん」

 前澤がロケットランチャーの角度を調整しつつ尋ねる。前澤が飛び退ったのはワニツバメの後方左側。後ろからバイオサイボーグ……ワニツバメを観察するとワニの、ちょうどアゴのあたりに腕が差し込まれており、ワニの身体はそこから腕を這うように両肩と首を覆うように、例えるならストールのようにワニツバメの身体を覆っていた。ここからロケット弾を放っても、ワニの身体で防がれて頭を狙うことは無理そうだ。だが逆に言えばワニ狙いであれば……。

「知らん。少なくとも味方じゃなさそうだけどね」
(バイオサイボーグは、我々の持つ技術……人間にどうぶつの能力を上乗せするエンハンス技術を発展させ、どうぶつと人間を融合させたものです)

 宙に浮かびながらトルーが解説の思念波を一帯に飛ばす。

「つまり改造人間ってことか」
「そうは言っても所詮は人間。我々の敵ではありませんね」
(果たしてそうですか……?)

 吉村と前澤は目配せし、頷きあった。ふたりはグッと身を落とし突撃の構えを取る。いっぽうのワニツバメは軽くふたりを見るだけ。四肢をリラックスさせ、構えない。
 周囲に緊張が走る。風が吹いて鎖と鐶がチャリチャリと鳴った。
 風が止むとともにダークフォース前澤の7連ロケットランチャーが火を噴いた。
 同時にエアバースト吉村が、縮めていた脚の多重関節を解放、バッタの如き勢いでワニツバメに飛びかかる。
 エアバースト吉村の腕の南京錠から擬似徳の粒子が放出される! サイバーボクシングの無限の破壊力が込められたダッシュストレートパンチだ! 凄まじい勢いで繰り出された吉村の破滅ハンドをワニツバメは……右手で受け止めた!

「何ぃー⁉︎」

 続いて7発のロケット弾がワニに着弾! ……するはずだったがワニツバメは身じろぎもせず、代わりにワニが反応! その丸太のような太さの尻尾を鞭のように振るうとロケット弾はソフトボールのように跳ね返され、前澤の背後のビルの6階を破壊した!

「馬鹿なっ!?」
「……池袋のサイボーグもこんなものですか?」
「グッ、グッ、グウウーー!」

 ワニツバメのワニのようにゴツゴツとした、ウロコに覆われた右手がミシミシとエアバースト吉村の破滅ハンドを軋ませる!なんという握力! そしてロケット弾を跳ね返したワニも傷ひとつなく、退屈そうにあくびをしていた。

「なんだこの力は……こいつ本当に人間か!?」
「ワニも強力すぎる……! いったいどんな改造を!?」
「畜生ー!」

 エアバースト吉村はワニツバメの右手を振り払いバックステップ、体勢を整えると両手でのサイバージャブを連打する! だがワニツバメは右手の五本の指を伸ばして正面に掲げ、ふわふわと流麗な動きで吉村のパンチをいなしていく!

「このワザはっ!?」
「遅いですね」

 5回のラッシュをいなしたワニツバメは脚を高く掲げ、足裏を勢いよく吉村の顔面に叩きつけ、そのまま押しのけるように蹴り飛ばした! シャーロック・ホームズがイギリスに伝えた伝説の蹴り技、バリツキックだ!

「ンギャーッ!」

 吉村が吹っ飛び、道路ぎわに積まれていたゴミ袋の山に突っ込む! 前澤はワニを警戒して一歩も前に出れない! 鎖鎌と錫杖は互いに得物の性質上乱戦に飛び込むとフレンドリーファイアが予測されるため動けない! 場をワニツバメに制圧されている!

「てめぇー……そのワザ、バリツか……」

 エアバースト吉村が口の中の血を吹き出しながら、ゴミ袋の山からモゾモゾと這い出てくる。

「その通り。私はあなた達シンギュラリティに滅ぼされたシャーロキアンの生き残り……。仲間たちの復讐を遂げるためにやってきたのです」
「なるほどバリツ・マスターを改造人間にすりゃあ確かに強くなるよなあ……」
「吉村さん、ワニもおそらくただものじゃないですよ……。私のロケット弾をすべて弾き飛ばすなんて……」

 ワニツバメは吉村と前澤を一瞥すると、くるりと振り向いて鎖鎌と錫杖へ目を向けた。得物を構えて身構えるふたり!

「サイボーグへの恨みも果たしたいのですが……今日のところの用事は、あなた方にあるんですよね」
「なにーっ!」

 警戒した鎖鎌がピンと鎖を張り、分銅を回転させる。錫杖もゆっくりと得物を回転させ始める。彼女たちの不思議な本徳が満ち、武器から輝きが漏れ始めた。

***

「ミス トルー、どうしますか? 聞いていた話では錫杖持ちを……との話でしたが」
(そうですねえ。本徳を得るという意味ならどちらでも構わないんですが、時系列の混乱を招かないためには鎖鎌はスルー安定ですねえ。どちらにしろセベクが吸収できるのはひとりだけです)
「かしこまりました。では錫杖を狙います」 

 ワニツバメは錫杖をキッと睨みつけると膝を落として構える。

「おい待てコラてめぇー! まだアタシとの戦いは終わってねぇーぞ!」
(おっと)

 這いずりだした吉村がドスドスとワニツバメに近寄ろうとしたところにすかさずビームが放たれ行く手を遮る! トルーのサイオニックブラストだ!

(このためにいろいろ仕込んできたのでね。邪魔はさせませんよサイボーグ)
「ンだっテメェー! やんのか!」
「吉村さん! ちょっ、危ないですって! その人間もただの人間じゃないんですから!」

 サイキッカーと対峙した上司を見て前澤が慌てて脇に控える! サイボーグVS超能力者、未来の人類VSバイオサイボーグのバトルが池袋の裏路地で幕を上げた!

***

「いやぁーっ!」

 鎖鎌が回転させて勢いをつけた分銅をワニツバメに投げる! だがワニツバメのバリツ観察眼は冷静に分銅の投擲ルートを予測、軽く首を傾けるだけで回避!

「と思うじゃん?」

 鎖鎌はニヤリと笑うと分銅側の鎖を持っていた左手の指をクンと動かし真っすぐ伸ばしていた腕を直角に上げる。ついでグイと後方に引っ張る! すると軌道を変えて戻ってきた分銅に導かれ、鎖がワニの身体にぐるぐると巻き付いた!

「何!?」
「ぶち当てるだけが能じゃないってことよのお」

 ワニツバメが鎖に注目した一瞬のうちに錫杖が急接近、ワニを封じられたことで死角となった左側からゴルフのフルスイングの要領で錫杖を脇腹に叩きつける! ナイスショット!

 「アギャーッ!」

 本徳の込められた錫杖をしたたかに打ち込まれたワニツバメは近場のビルまで吹っ飛ぶ……ことはなかった。鎖鎌の鎖がワニの身体中に巻き付いているからだ! 長さいっぱいまでツバメの身体が吹っ飛んで鎖がピンと貼ったその瞬間に鎖鎌がヨイショと鎖を引き戻す!
 
 「アギャーッ!」

 鎖で引き戻されたツバメの身体が行き着く先には……野球のバッターのように得物を構えた錫杖が! 高い身体能力と徳を持つ彼女は寸分たがわず錫杖の芯でツバメの身体を打ち返した! ナイスバッティング!

 「アギャーッ!」

 本徳の込められた錫杖をしたたかに打ち込まれたワニツバメは近場のビルまで吹っ飛ぶ……ことはなかった。鎖鎌がワニの身体中に巻き付いているからだ! 長さいっぱいまでツバメの身体が吹っ飛んで鎖がピンと貼ったその瞬間に鎖鎌がヨイショと鎖を引き戻す!
 
 「アギャーッ!」

 鎖で引き戻されたツバメの身体が行き着く先には……クリケットのバッツマンのように得物を低く構えた錫杖が! 高い身体能力と徳を持つ彼女は寸分たがわず錫杖の芯でツバメの身体を打ち返した! ナイスバッティング!

 「アギャーッ!」

 本徳の込められた錫杖をしたたかに打ち込まれたワニツバメはギュッと眉を潜め目を細め、怒りを燃やした。自由を奪われ錫杖で繰り返し叩かれているからではない。いまの錫杖の打擲フォームが、シンギュラリティによって喪われたイギリスの文化、クリケットを思わせたからだった。
 そうだ。自分は取り戻さなければならないのだ。シャーロック・ホームズを。クリケットを。イギリスの文化を。そして人類の生を! たとえこの身がすでに人間でないとしても、私は人類の文化のために戦う!

 「調子に乗るなガキがぁーッ!」

 長さいっぱいまでツバメの身体が吹っ飛んで鎖がピンと貼ったその瞬間、ツバメの身体がワニを中心に高速で回転する! ワニのデスロールだ!

「ウワァーッ!?」

 突然の高速回転に巻き込まれた鎖鎌はつられてギュルギュルと回ったあと得物を手放して顔面からすっ転ぶ!

「ウベッ」

 ワニから鎖が解ける! ワニツバメ解放! そしてワニのデスロールによる擬似徳獲得でパワーを増したワニツバメはそのまま空中で姿勢制御、ワニを錫杖に向けるとスカートを花のツボミのようにすぼめ、勢いよく疑似徳を吹き出してロケットのように加速した! 超高速で回転突撃するワニのライフル弾と化したツバメが錫杖に迫る!

「やっべ!」

 身の危険を即座に察知した錫杖は得物をワニと逆方向に高速回転! ワニ着弾! 高速で回転しあう錫杖とワニが本徳と疑似徳の火花を広げる!

「なっ、なにごとだこの力は……!? こんなの2050年のサイボーグでもそうはいなかった……! これがバイオ……なにがしのパワーなのかァーッ!?」
「バリツ! サイボーグ技術! そしてエジプトの神! 3つの力を宿した私は無敵の存在なのです! そして……」
 
 ツバメは回転を続けながら、錫杖から漏れ出る本徳の光を右手でギュッと掴み取ると丹田に力を込めた。

「貴様の本徳を頂き、完全体となってマシーナリーとも子を地に這いつくばらせるのだァーッ!」

 回転同士の衝突の一瞬のスキを読み取ってワニが錫杖を咥え回転を止める!

「しまっ……!」
「事件解決!」

 回転を止められた勢いを止めきれず硬直した錫杖に動くヒマを与えず、ツバメの右腕が唸る! 腹部に右手での強烈なバリツアッパーカットが炸裂! かつてシャーロック・ホームズがセバスチャン・モランの乱射をくぐり抜けて叩き込み、彼を一撃のもとに絶命せしめたというバリツ伝説の奥義だ!

「ンガァーッ!」

 くの字に身体を折り曲げた錫杖が天高く舞い上がる!

(バイオサイボーグが……いよいよ完成するようですねえ)

 サイボーグたちに牽制の射撃を続けていたトルーがその手を止め、満足そうにツバメのほうを見る。

「なんだ……?」
「バイオサイボーグが優勢なのか……?」

 吉村と前澤も釣られて残心を決めるツバメと宙を舞う錫杖を見る。

「ウ~~ン……。……あれ? 錫杖ちゃん……」

 転んで顔面を痛め、悶絶していた鎖鎌がようやくその身を起こす。その霞んだ視界に入ってきたのは宙を舞う親友の姿だった。

「セベク!」

 天高く飛んだ錫杖の真下にワニツバメが仁王立ちし、左腕のワニを頭上に掲げる。ワニは名を呼ばれたことに応えるようにゆっくりとその大口を開けた。
 その場にいるものたちはその奇妙な姿に目を奪われ、沈黙した。さきほどまで各自がしのぎを削り合っていたバトルフィールドは、一転してトルーテンイルガーシカが顔を出しても問題がないような奇妙な静寂に包まれた。

 錫杖が落下する。

 そしてその肉体はワニの口へすっぽりと入っていった。

***

 錫杖が、ワニに丸呑みにされた。鎖鎌は口をぽかんと開けて放心し、吉村と前澤はバイオサイボーグの戦闘力に驚愕し、冷や汗を滲ませた。宙に浮かぶトルーはホチキスが外れないようにゆっくりと口の端を上げ、笑った。
ワニツバメが身じろぎする。閉じていたワニの目がカッと見開き、鱗と鱗の隙間から燐光が漏れる。

「なんだ……ありゃあ」

 エアバースト吉村はそう口に出した。理解ができないものを目にしていると。だが彼女は口ではそう言っても頭ではわかっていた。彼女の鋭敏なセンサーはワニから発せられる本徳を捉えていたのだ。
 ワニの鱗がグググ……と動き、下から押し上げられるように模様が刻まれる……いや、これは模様ではない! 文字だ……。ヴェーダを著すのに用いられたサンスクリット! 真実・愛・勇気の三原理を表した真言! マントラがワニに刻まれていく!

「フォォーッ!!!」

 ワニツバメはドスンと足を踏み込み、大ジャンプした。有り余るエネルギーを抑えきれないかのように空中でギュルギュルと回転を始める……!  ワニのデスロールだ! その回転は先ほどまでと違い、微かに輝きを帯びていた。

「なんです……? なんなんですアレは! 吉村さん、ねえ! アイツは何をしたんですか!?」

 困惑するダークフォース前澤を前にして、エアバースト吉村は観念した。認めたくなかったがこうして目の前に広がっている以上覚悟せねばならない。真実をキチンと言葉にして伝えねばならない。

「アイツは本徳サイボーグになった……。ワニがマニ車になったんだ」

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます