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マシーナリーとも子ALPHA ~高田馬場の切り裂き魔篇~

 クラッシュトリガー生天目は緊張から思わず舌を舐めた。学生向けローンが詰まった貸しビルの6Fと7Fにシンギュラリティ高田馬場支部はあった。
その6F。フロア丸ごとを使ったレクリエーションルームに、仲間たちサイボーグの残骸が広がっていた。
 ……まさかトリミングはずきがやられるなんて!  トリミングはずきは高田馬場支部のリーダーである本徳サイボーグで、両腕に取り付けられた4枚ずつのローターブレードにマントラを刻むことで徳を得ながらの飛行、対象の切断、削り取りを可能とする強力なサイボーグだった。池袋支部のネットリテラシーたか子には及ばないものの、都心の支部を任されるだけあって高い戦闘力を持っており、生天目自身も彼女には歯が立たないだろうと常日頃意識していた存在だ。
 そのトリミングはずきが、ローターブレードをすべて折られ、腹部の機構をズタズタにされて床に広がっている。そして仲間たちだった残骸の中心にいるのは……異様なシルエットを持つ女。

「お前が……イギリスから来た切り裂きジャックか!?」
「切り裂きジャック?」

 その女は不服そうに顔を上げ、生天目を見た。

「そんな推理される側みたいな呼び名がついてるんですか? 気にくわないですねえ……。覚えておいてください。私の名前は……」

 切り裂きジャックと呼ばれたことにあからさまな不満を示したその女の、左手が牙を剥く。文字通りに。

***

「錫杖ちゃん!」

 この時代に来てから始めて、聞き覚えのある声を聞いた。

「鎖鎌……!」

 ご飯屋さんで支払いできずに立ち往生しているというシチュエーションがあまりに錫杖ちゃんらしくて笑ってしまいそうになったけど、それよりようやく会えたうれしさや申し訳なさが先に出て私は泣けてきてしまった。

「錫杖ちゃん!!」

 思わずもう一度名前を呼ぶ。私は半泣きになっているのを自覚しながら錫杖ちゃんに向かって走る。その身体を抱きしめてやろう。タイムスリップしてからこれまで、ずっと孤独に過ごしてきた友達を……。

「あぐうっ」

ハグまであと5歩ほどの距離で私の頭に衝撃が走った。

「痛ッッッッッ〜〜〜〜〜〜テ!!!!!!  何!?!?!?!?」

 さっきまで感情が満タンになって泣きそうになってたのに完全に痛すぎて泣いてしまった。錫杖ちゃんがその得物の錫杖で私の頭をゴンとやったのだ。
「いや、完全に私に殴る権利あるだろ。金! 早よう出しなんせ」
「うう〜〜〜〜。いや、出そうとしてたんだけどな。なんだろうなあ⁉︎  友情が足りなくない? もっと気分良くお金出せる感じで接してよ! 感動の再会じゃん」
「うるっせー。金を出してあげるみたいな言い方してるけど半分は私の金だっつーの。ご主人! 面倒かけたな。今こいつが払う。馳走になった」

 私は財布からお札を出してお店の人に渡す。ごめん錫杖ちゃん。ミスTからもらった30万円は使い切っちゃったんだよ。私たちは2050年でそうしてたようにコンビニで適当な飲み物とお菓子を買い、西口公園のベンチに腰掛けてウダウダし始めた。

「ん」

 錫杖ちゃんが手のひらを上にして左手を出す。
「15万円」

 無い。いま私の財布には2万1154円しかない。シンギュラリティに入りはしたもののまだ1ヶ月も経ってないので給料は出てない。仕方がないので吉村さんに5万円お小遣いもらったけどゲームや砥石に使ってしまった。

「とりあえず乾杯しない?」
「何にだよ」
「ふたりの再会に決まってるじゃん。心配したんだよ錫杖ちゃん。何してたの?」
「鎖鎌がお金くれなかったから空き巣して腹を満たしてたんだっつーの」
「だよねごめん知ってる。っていうかこないだ空き巣してサイボーグと戦わなかった?」
「戦った。なんで知ってる?」
「そのサイボーグから聞いたんだ。いま私シンギュラリティで仕事してて……」
「ああ?  シンギュラリティってサイボーグの組織だろう?  お前なんかむしろ目の敵じゃないのか」
「そうみたい。私、よくそのサイボーグから馴れ馴れしくすんなーって言われるし。でもあんがい優しいしバウムクーヘンが美味しいんだ」
「ああ……アレは美味かった」
「錫杖ちゃんも食べたんだ。食い意地が張ってるなあ」
「だから飢えてたんだっつーの」

私は錫杖ちゃんと久々にダラダラできてなんだかうれしかった。錫杖ちゃんはムスッとしてるけど。

「錫杖ちゃんもシンギュラリティ来る?  謝れば前澤さんもわかってくれるって」
「どうしようかな……。いまちょうど寝る場所見つけてさあ。っていうかそうだ、ミスTに似てる人がいてさあ……」
「なにそれ」
「わからん。なんかメシ食わせてくれるから共におる」
「っていうかご飯食べられてるんじゃん」
「サイボーグと戦ったあとの話だっつーの」
「いや、そうじゃなくてなんでさっき無一文でご飯食べてたの」
「なんか家にずっといろって言われてたんだけどヒマだから外出したら空腹になったので……そういえばママ……マシーナリーとも子には会えたのか?」
「いまちょーどいないらしくてさあ」
「そうか……ところで、なあ」

 錫杖ちゃんが手のひらを上にして左手を出す。やばい。3分くらいしか誤魔化せなかったな。次はどうするか。考えろ鎖鎌。やっぱここは吉村さんに……。

「いた!!!」

 でかい声がした方を向くと前澤さんが肩で息をして立っていた。

***

「あーっ!  おのれはこの前のバウムクーヘン!」
「ダークフォース前澤だ……。会えたのか、鎖鎌」
「うん! 前澤さんごめん、心配かけたよね」
「心配? 私が? 冗談抜かすな。だけどお前を改めて探してたのは事実だよ。ちょっとヤバいことになった」
「ヤバいこと?」
「ああ……。こないだの地底人なんかよりよっぽどヤバそうな奴がシンギュラリティを狙ってる。お前の力がいるかもしれないんだ」
「シンギュラリティを? そいつ何者?」
「切り裂きジャックと呼ばれてる以外は何もわからん……。すでに20を超えるサイボーグがやられてる。いまこの辺に向かってきてるらしいんだ」
「そりゃ怖いね。じゃあ錫杖ちゃんも一緒に……あれ?」

 鎖鎌は傍らを見る。そこにいたはずの錫杖がいない。

「えっ、なんで!?」
「あれ……お前の友達、さっきまでいたよな……。全然消える気配を感じなかったぞ?」

 鎖鎌は慌ててキョロキョロと周りを見回す。いない。

「なにかおかしいよ、錫杖ちゃんは錫杖持ってるんだよ! 歩いたり走ったりしたらジャラジャラ鳴るはずなんだ! 前澤さん、聞こえた?」
「いや……全然」
「錫杖ちゃん……! 冗談じゃない、せっかく会えたのに!」

 鎖鎌はあてもなく走り出す。

「お……オイ待て!」

 前澤は慌てて走り出す。くそッ、なんだこれ。これじゃあ3日前と同じじゃないか!

***

 不気味な静寂に包まれて錫杖は移動していた。鎖鎌とサイボーグの話を聞いているうちに、音もなくトルーさんが現れ、そのまま錫杖の音を消し去りサイコキネシスで拉致したのだ。

(困りますよ錫杖……。なんで勝手に出かけてしまったんですか?)

 トルーはミュートを解除し、錫杖を地面に下ろす。

「なんでって……部屋に閉じこもりっぱなしじゃ退屈しまさあ」
(数日の辛抱だから外に出ないでくださいって5回くらい伝えましたよね? しかもドアを破壊するなんて……)
「鍵がかかってたからのう」
(あのドア、厚さ何センチあると思ってるんですか? 戦艦の砲撃にも耐えられる頑丈なドアなのにベシャベシャにしてしまって……)
「私はサイボーグをたくさんやっつけてきたんだ。あんなドアを破ることくらい造作もないことじゃて」
(そういうことではなくてですね……。ハア、まあもういいです。あなたに会わせたい人がもうここから数駅のところまで来てますから)
「それ、初耳。なんのこと?」
(私がただ、真心であなたにご飯を食べさせて風呂に入れてベッドに寝かせてたと思いますか? 私が興味があるのはあなたの徳ですよ)
「なーるほどね……。っていうかこの時代の人間って徳、無いんだね。道理でサイボーグにやられるわけだ」
(ともかくあと少し大人しくしててもらいますよ?)
「そーはいかない。私だってようやく友達に会えたんだ。あとは金さえ回収すればあんたのところにいる義理はないね。ミスTにそっくりなのは気になるけど……」

錫杖が錫杖を構える。トルーはやれやれと首を横に振った。

(野蛮ですねえ。マシーナリーとも子に産み出されたのだから仕方がないかもしれませんが……)
「……あんた、ママを知ってるの?」

 トルーがホチキスで留められた口を歪ませる。笑っているらしい。

(あなたのことはよく知っていると言ったはずですよ)

 錫杖を回転させる。その柄が輝き、本徳を放出させる!

「なら力づくで聞かせてもらう」

***

「待て鎖鎌! そんな適当に走り回って見つかるはずがないだろう!」
「だって! せっかくまた会えたのにまた消えちゃったんだよ! 錫杖ちゃんが! 相変わらずお金持ってないのに!」
「そうやってまた何日も姿を消す気か! もうちょっと考えてから動けって!」
「だって!!!」

 前澤の右手が鎖鎌のエリをつかむ。鎖鎌は勢い余ってつんのめった。

「ぐえっ!」
「ちょっと落ち着け!」
「だって……。じゃあどうすればいいの!?」
「それは……ン?」

 ふたりの頭上からふよふよと漂ってくる手のひらサイズの物体があった。これは……エアバースト吉村のインクジェットだ!

「イエロー! なにかあったのか?」
「あれ? 鎖鎌さんと一緒だったんですか前澤さん」
「意外か?」
「いえね、吉村さんのセンサーが本徳を検知したんですよ。だから鎖鎌さんかなーと思って私に伝えてくるようにと言って向かったんですが……。じゃあ吉村さんが見付けたのは……」

 鎖鎌と前澤は顔を見合わせた。

「錫杖ちゃんだ!」 

***

「ええ、なんだこれ。どういう状況……?」

 本徳を感知したエアバースト吉村が現場に駆けつけると池袋の裏通りは大惨事となっていた。黒尽くめの女と学生服を来た少女が戦っている。ただし黒尽くめの女は空を飛び、周りのゴミやら鉄くずやらをサイコキネシスで飛ばし、腕からビームを発射している。対して学生服の少女はそれらの攻撃を手に持った錫杖で防ぎながら、強烈な本徳を発していた。あれが鎖鎌の言ってた錫杖か。

「どうすんだ? どっちかに味方すべきなのかァー?」

 そうつぶやきながら吉村はビルの陰に隠れた。とりあえず様子を見よう。すると反対側の通りから見覚えある少女が新たに現れた。

「錫杖ちゃんッッッ!」
「鎖鎌ッ」

 ゲェーッ! 鎖鎌! もうちょっと考えろよなあ! 吉村は眉毛をハの字にしながら身を乗り出した。どうしたもんか。

「鎖鎌! 迂闊だぞ!」

 続いてダークフォース前澤も姿を現す。吉村は頭を抱えた。これアタシが出ていかないわけにはいかないよなあ?

(本徳がもうひとり現れましたか……。とりあえずのところ錫杖ひとりでも構わないんですけどねえ)
「なんだあのひと……ミスT?」
「鎖鎌ッ! あのひとがトルーさんだ! 私がここ数日メシ食わせてもらってた人ッ!」
「え……ごはんもらってたの……? じゃあなんで戦ってんの……?」
「なんか私の徳に用があるとか言うからさあ」
(そう……。だからおとなしくしててもらわないと困るんですよ!)

 トルーが袖から強烈なサイオニックブラストを放つ! 錫杖と鎖鎌はそれぞれの得物を回転! 本徳の本流でそれを防御する! が……死角からコンクリートのブロックが迫る! 

「危ない!」

 少し離れたところから戦況を眺めていた前澤が悲鳴をあげる。鎖鎌と錫杖が振り返る。目の前にコンクリートブロック。

「セリャーッ!」

  何者かが通り過ぎたかと思うと、錫杖と鎖鎌の眼前でコンクリートブロックが粉々に砕けた!

(何ッ!?)

 コンクリートブロックを破壊した影はダークフォース前澤の前に着地、ゆっくりと身を起こし、トルーに向かって振り向いた……。エアバースト吉村!

「ウチの新人どもに手ぇ出してんじゃぇよォ超能力者!」
「吉村さん!」
(おやおやおや……大所帯でお揃いで)

 トルーがフヨフヨと浮かびながら笑うように肩を揺らす。一同は戦闘態勢を取った! コイツはおそらく強敵だ……! 前澤はサイバーボクシングを構えながら口を開く。

「オメェーが切り裂きジャックか? なんかイメージと違うね」
(残念ながら違いますよ……。協力者ではありますがね。私の役目は錫杖と切り裂きジャックを出会わせること……)
「錫杖ちゃんと……?」
「切り裂きジャックって誰?」

 錫杖は事態を把握できずにキョトンとする。

(そもそも切り裂きジャックというのはサイボーグが勝手に言ってるだけなんですけどねえ)
「いったい何が目的でサイボーグを襲撃してやがるんだ!」
(いやいやいやあなた達襲われる理由めちゃめちゃあるでしょ。自分たちが人間から怨まれてないとでも思っているのですか?」
「人間……? 切り裂きジャックは人間なのか……?」
(元・人間と言ったところですかねえ。おっと。切り裂きジャックが到着したようですよ)

 そう思念を飛ばしたトルーが上に目線を向ける。シンギュラリティの面々と錫杖も釣られて上を見る。すると異様なシルエットの物体が落下してきた……。鎖鎌たちの頭上に!

「散れッ!」

 吉村の号令で鎖鎌たちが四方に飛び退る! その中心点にドスンと異様な物体は落下した。その勢いでズンとアスファルトにクレーターができあがる。

「高田馬場のサイボーグも言っていましたが……私は切り裂きジャックなんかじゃあありませんよ」

 異様な物体がゆっくりと立ち上がる。それは小柄な少女だった。異様なシルエットを象っているのは……右腕から生えるようにくっついている巨大なワニ!

「こんにちは。シンギュラリティと徳人間のみなさん。私は……ワニツバメです」

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます