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「ファクトフルネス」に見る自分の姿

気になっていた本
「ファクトフルネス 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」を読んだ。
(和訳版は未読なので、何卒ご了承を…)

正直なところ、
著者この本の内容についての予備知識がないまま
話題の本だからと言う理由で手に取った。

イントロを読みながら
著者のとてつもない熱量を感じ、
アウトロで著者が故人であり
この本が遺作だと知った。

この本には、書き留めて置きたくなることが
あちこちに散りばめられているのだが、
今日はその中のひとつを。

まず、イントロを読みながら、
目に飛び込んできたひとつの単語にハッとした。

それは、「humble(謙虚な)」という言葉。

目次を見た時、
どちらかと言うと教科書の様な印象を受け、
「謙虚」などと言う言葉が出てくる本だとは到底想像できなかった。

読み進めると、
この言葉が要所要所で使われており、
謙虚と言う「在り方」こそが
著者の伝えたいことだったのではないかとさえ思った。

私にとって「謙虚」が印象的だった理由は大きく2つあって、
ひとつ目はどこかで耳にした
「自分が『真実』と信じたことが
その人にとっての真実である」という話を思い出したから。

例えば、同じ円錐と言う物体を
下から見ている人にとっての真実は
「丸い物体」だろうし、
横から見ている人にはとっての真実は
「三角の物体」だろう。

そんな時、自分の正当性を主張し合うこともできるが、
謙虚さを備えていれば
自分の無知を認めて見解を正すこともできるし、
互いの見解の違いを認め合い
多面的に見てその物体が「円錐」であると言う
「事実」を導き出せるかもしれない。

なのに、謙虚さを欠いて
自分の見解だけが正しいと
思い込んでしまうことがある…ドキッ

「謙虚」が私に響いたもうひとつの理由は、
この本に散りばめられた著者の経験談から
彼の人間性、謙虚さを垣間見ると同時に、
私自身、自信がない故に虚勢を張りたくなる、
自分の在り方を改めて感じさせられたから。

「正しくあらねばならない」
「間違ってはいけない」と思えば思う程、
自身の間違いを認めたり許すことは難しくなり、
自己防衛策として他者の粗を探して指摘し
自分の主張を正当化する。

そうなる人間の共通点は、
自己受容の欠如ではないだろうか。

無知な自分、間違えてしまう自分、
どんな自分も受容できていれば
健全な自信と謙虚さが備わるだろう。
そうすると、自分の間違いに気づいても、
がっくりきたり落ち込んだりしない。

著者が言うように、
謙虚であれば、自分の知識の限界に気づき
知らないことを素直に知らないと言えるだろう。

どんな自分でも受容できるようになった時に、
常に正しく在ろうと頑なにならず
正しい情報や意見を受け入れられる謙虚さが備わるのだと思う。

Being humble, here, means being aware of how difficult your instincts can make it to get the facts right. It means being realistic about the extent of your knowledge. It means being happy to say "I don't know." It also means, when you do have an opinion, being prepared to change it when you discover new facts. 

(上記抜粋文の大まかな意味は、「謙虚であるということは、本能が事実を見極める妨げになることを自覚していること。自分の知識の限界を知ること。素直に「知らない」と言えること。そして、新しい事実を知った時に、自分の意見を変えられること。」)

人は誰しも多かれ少なかれ、
思い込みの中で生きている。

その思い込みが事実を受け取ることを困難にすると自覚していれば、
自分を省みて古い思い込みを更新したり、
別の視点や見解にオープンであり続けることができる。

その自覚こそが謙虚さで、
著者が「It is quite relaxing being humble...」と言うように、
謙虚で在ると言うことは
リラックスでき、楽に生きられると言うことだと思う。

自分を正当化しようと
自信の無さを取り繕っている時は、
戦闘態勢になってしまう。

でも健全な自信を持ち謙虚であれば、
他者とも自分とも戦わないで済むので
戦闘態勢から解き放たれ、
自分が正しくても間違っていても
一喜一憂することなく、
ただただ「あるがまま」に居られるだろう。

自分があるがままで居られれば、
事実を事実として受け止め
あるがままの世界を見ることができる。

「ファクトフルネス」を実践すると言うことは、
私たちひとりひとりの在り方・ものの見方を
意識し自覚することでもあると思う。

おわりのことばの中で
自分の人生を「fighting ignorance(無知と戦うこと)」に費やしてきた、
と表現した著者。

もしかすると、彼が戦った最大の「無知」は
異国の人々や異文化の事実を知らないことではなく、
私たちが「自分自身」を知らないことだったのかもしれない。

aloha & mahalo!

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