R0010745_-_コピー

巡礼7日目〈ビジャマヨール・デ・モンハルディン~ビアナ、31.0km〉

ビアナの町、古ぼけたアルベルゲの二段ベッドの下段に腹這いになって、これを書いている。少し姿勢を変えるたびに、鉄製のベッドがぎしぎしときしむ。

今日は約30kmの行軍だったが、足元のよい道が続いたこともあって、存外楽にここまで到着することができた。筋肉痛や疲れによる耐え難い足の痛みもだいぶ軽くなり、だんだんと長距離を歩ける体になってきているらしい。

道のりがそれほどつらくなかったこともあり、夫とも終始なごやかに過ごせた。私たちはそれほどおしゃべりなほうではないし、無言の時間がずっと続くこともある。けれど、それでも一緒にいるだけで楽しく、ときに意味もなく笑いがこみあげてくるのは不思議だ。

しかし、足元にそれほど気を配らなくていいとなると、今度は気持ちがあちこちに飛んで忙しい。

これからの仕事のこと……これまでの仕事のこと……家族のこと……友達のこと……そしてもちろん夫とのこと……。

日本を去り、ドイツでやっていくことにした夫のもとへ行くと決めたのは自分自身だが、「日本の仕事や暮らし、人間関係を彼のためにあきらめざるを得なかった」という気持ちはゼロではない。が、この気持ちが少しでも残っている限り、いつか精神状態のよくないときに噴出して、彼を責めてしまいそうで怖い。

「あなたのためにドイツに来てあげたのに!」

は、ぜったいに言いたくない言葉だ。

そのためには、ドイツで満足のいく仕事をして、(少なくとも気持ちの上で)日本以上の暮らしを自分自身の手で作り上げていくしかない。この旅からドイツに帰れば、やらなければいけないこと、やりたいことが山積みだ。

そんな力みが伝わったのかどうか、夕食の席では、夫が久々の“ロマンティックモード”に入り(ごくまれにこうなる)、自分たちの会話がそれほど多くないことを気にしていないか、自分が先を歩きがちなのは妻である私の安全のためであること(本当か?)、ハッピーでアイラブユーであることを手を握りつつ繰り返し話してきた。

一見ひょろひょろと頼りないようだけれど、その手はあたたかくてがっしりとした働く男のもので、「ああ、やっぱりこの人を選んだ私の判断は間違っていない。日本に多くのものを残してきたけれども、きっと大丈夫だ」と感じると、不思議と泣けてきた。食事も美味しく、いい夜になった。

巡礼をはじめて今日で1週間。彼とはこれまで一緒に暮らしたこともないし、いきなりのハードな旅でどうなることかと心配だったが、なんとかうまく乗り越えられそうな気がしてきた。もしこの5週間を問題なく過ごせたら、きっと今後の互いの生活にとって、大きな自信になるだろう。

前日へ     翌日へ→

※夫の手記はハフィントンポストで連載しています。→巡礼路で見つけた、「あってはならないもの」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?