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巡礼4日目〈サバルディカ~サリキエギ、20.2km〉

現在21時。空にはまだ明かりが残っている。アルベルゲの2段ベッドの上段に腹這いになって、窓から入ってくる光でこれを書いているが、そう長くは書けないかもしれない。同室の人たちもみなもうベッドに入っている。下段の夫はもう寝入ったようだ。

最高だった昨夜のアルベルゲを後にしなければならないのはさみしかった。「一期一会」は嫌いな言葉だ。誰かと出会って、その人を好ましく感じて、それなのに互いの人生が今後またクロスすることはないのだと知りながら「さよなら」を言い合うのは、本当につらいものだ。

私が感傷に浸っているのに、夫はまるで女の子みたいに準備が遅く、「もうみんな行っちゃったよ?」とせかしても、バックパックのあっちを開いたりこっちを開いたり……。

今日はラ・トリニダッド・デ・アレと、パンプローナ、ふたつの街を行き過ぎたが、いずれもあまり心惹かれるものはなかった。車の騒音に、排気ガスの匂い。大勢の人。街のなかを歩くのはとても疲れる。

一方、どこまでも続く田園風景のなかでためしに深呼吸などをしてみると、細胞が生まれ変わるかのようだ。渋谷や新宿を毎日のようにすいすいと歩いていたはずなのに、どうしたことか、と思う。花を愛でたり、ハーブの香りをかいだり、虫や動物たちを発見して目を細めたりと、まるで自分が知らない誰かになってしまったかのようだ。

ひねった足首に加えてひどい筋肉痛、それにかるいマメもでき、今日も引き続き足が痛く、夫にずいぶんと愚痴を言ってしまった。私の前を歩き続けて、ずっと先で気付いたように振り返って立ち止まって待たれるのはくたびれる、と。早く歩きたいなら目的地まで先に行ってしまっていい、そうじゃないなら一緒に歩いて、とも言った。彼は少し困った顔をしていたが、そのあとからは少しだけスピードを落として歩いてくれているようだった。

これまで付き合ってきた5年間で、彼に対して目立ったいら立ちを感じることはほとんどなかったし、ケンカらしいケンカもしたことがない。しかしどうだ。わずか4日目にして、とげとげしい言葉で愚痴を言ってしまっている。私の「穏やかメッキ」も、ちょっと足が痛いくらいですっかりはげてしまった。情けない。

やっとのことでサリキエギという村にたどり着き、最初に見つけたアルベルゲに転がり込んだ。シャワー、洗濯、昼寝、ディナー。昨日のアルベルゲに比べるべくもないけれど、清潔で快適だ。

夫は喉が痛いと言っている。いつもの風邪の兆候だ(そして先に風邪を引くのはいつも夫のほうだ)。これ以上具合が悪くならないといいのだけど……。

手元が見えなくなってきた。さあ、もうペンを置かなければ。明日は少し楽に歩けるといいのだが。

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※夫の手記はハフィントンポストで連載しています。→夫婦肩を並べて歩くのは...そうそう簡単なことじゃない。

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