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巡礼2日目〈オリソン~エスピナル、23.4km〉

ああ、さっそくやってしまった! 

歩き始めて2時間ほどしたころ、オリソンの宿に巡礼路のガイドブックとドイツ語の単語帳を忘れてきてしまったことに気付いた。もう同じ道を戻るのはさすがにつらい。昨晩、眠くなるまで眺めていて、ポンと枕元の棚に置いたのがいけなかった。朝の薄暗がりのなかのパッキングで、すっかり見落としてしまっていた。

日本語のガイドブックが手元にないのは痛いし、ドイツ語もこの旅の途中でたくさん勉強するつもりだったのに。宿のスタッフに頼んで先の目的地に郵送してもらう手もあったけれど、まあそれも予定の読めないこの旅では面倒だし、夫が持っているドイツ語のガイドブックを読めば一石二鳥じゃないか、とあきらめることにする。

それにしても、ガイドブックを忘れてくるのはかつてのウィーン、ソウルに続いてこれで2度目だ(前回の2回は飛行機のなかで読んでいて、座席前のポケットに入れたままにしてしまった)。おかげで現地で買った地図だけで、どこが見どころなのかもよくわからないままうろうろする羽目になった。そのときも「もう2度とは」と反省したはずなのに、まったく粗忽すぎて嫌になる。

やはりガイドブックがないせいで、道中の情報などはどうしても夫に頼ってしまう。ところが文句ひとつ言わずすべてを引き受けてくれる彼には驚く。私の分の水のボトルを持ってくれて、洗濯物をすべて洗ってくれて、足をマッサージしてくれて、と本当にかいがいしい。

私の知る限り、ドイツ人は比較的女性に献身的だと思うが(女性陣がワインを飲みながらぺちゃくちゃおしゃべりをしている後ろで、男性たちが料理や洗い物をしているなどの光景はいたって普通だ)、日本人同士の新婚夫婦もこんなものなのだろうか? 

夫と一緒にいるととても楽だが、以前の自分よりなんだか弱くなったように感じてしまう。前はなんでもひとりでしていたし、それが当たり前だと思っていた。男性の助けは必要なかった。それが今はこうだ。はたしてこれが正しいことなのかどうか、少し不安になる。

それでも、この道を一人で歩くことを想像すると退屈でたまらず、こうやって二人で歩いたほうが100倍も楽しいことのように思える。だからまあ、いいのだろう。「人生転ぶなら楽しいほうへ」がいい。

今日は宿を出発してからずっと雨だった。そしてカミーノ最大の難所とも言われるピレネー越え。けれど、想像していたよりずっと楽に越えることができた。

しかし、レインウェアとバックパックのカバー、全身を明るい黄緑色に包んだ私を矯めつ眇めつ眺めて笑いをかみ殺す夫には腹が立った。だってまさか、買ったばかりの赤いバックパックのポケット内に装着されているレインカバーが黄緑色なんて、誰が予想できるだろう。カラーコーディネートに大失敗した姿で一日いるのは気が重い。この先、あんまり雨が降らないといいのだけれど……。

昼の休憩場所に選んだロンセスバージェスに到着すると、オリソンの宿で一緒だった3人のアメリカ人のおばさんグループから「ヘーイ! ハネムーナー!」とひやかしが飛ぶ。きっとあの3人、私たちがこの旅で「カミーノ離婚」するかどうか賭けをしているに違いない。

ランチには美味しい前菜、肉、デザート、そしてワインの「ピルグリムメニュー」と呼ばれるセットを食べた。体にしみわたる赤ワインの美味しいこと! このワインの美味しさはこの道の思い出のひとつになりそうだ。

そして今晩は、巡礼者に似つかわしくないような豪華といってもいいホテルに宿泊。今日下り道で転びかけたときにひねってしまったか、少し足首が痛いのが心配だが、夫のマッサージのおかげでずいぶん楽になった。

明日はぜったいに筋肉痛だと言う私に、彼は「水を飲め」とうるさく言う。ドイツでは、頭痛のときも、風邪のときも、そして筋肉痛のときにまで「水を飲みなさい」と言われるから面白い。水不足は万病の元だと言いたいわけだ。

それに今日、彼が、山中の石橋を文字通り杖で「たたいて渡って」いたときには吹き出してしまった。現実に石橋をたたいて渡る人がいるなんて! それが自分の夫なんて!

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※夫の手記はハフィントンポストで連載しています。→フランスからスペインへ、国境とピレネーを越えて僕らは巡礼路を歩き続けた。

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