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劣等感の調理法

劣等感と聞くと、ネガティブな印象を抱く人が多いが、実際は悪いことばかりではない。劣等感がどんな成分でできているか、どんな味なのかを分析して、適切な方法で調理すれば必ず美味しくなる。

劣等感は、他者と自分を比べて、自分が劣っているように感じることだ。小さい頃から兄弟と比較されたり、生活の中で悔しい思いをしたりする経験が多いと、自己肯定感が低くなりやすい。この自己肯定感の低さが、劣等感にも繋がっている。

辛い経験をした結果、劣等感を持つことが多いが、劣等感をバネに努力して結果を出すなど、劣等感をプラスの方向に活用できている人は意外と少ない。

心について専門的に学び、以前よりも「劣等感を持つ人」に目を向けるようになったが、せっかく辛い経験をしたのだから、辛い経験のままで終わらせていたり、劣等感を間違った方法で処理したりするのは勿体無いといつも思っている。

劣等感をうまく処理できず、失敗している状態の一つに、「空回り」がある。

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私の元恋人(Aさん)例に挙げようと思う。

Aさんは、どちらかといえば大人しい人で、ムードメーカーの隣でニコニコしているような人だ。高学歴で、就職先も大手企業なので、落ち着いたインテリっぽい印象を受ける。なので、周りからは「賢くて穏やかな人」と言われていた。

しかし、実際は全然違った。

付き合っていた当時、私はAさんの言葉の端々に、「目立ちたい気持ち」や、「たくさんの人に好かれたい欲求」を頻繁に感じていた。本人は、賢くて穏やかな人ではなく、よく喋り笑いを取る中心的人物になりたいと強く思っていた。そして、目立たない自分のキャラに過剰に劣等感を持っていたのだ。(Aさんが幼少期にいじめられていたことや、過去の失恋経験が影響している)

このようなAさんの気持ちに共感できる人はたくさんいると思うし、このような気持ちは、様々な方法でうまく消化することができると思う。

Aさんは、この劣等感を、「内弁慶・SNS弁慶」「どんな時にも自分語りをする」という2つの方法で処理しようとしていた。これが、空回りの原因だ。

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まず、内弁慶・SNS弁慶について話す。

Aさんは、友人や後輩の前ではすごく大人しいが、私の前ではよく話す。しかしそれは、親密な相手に対しリラックスして本音をよく話す様子とは少し違った。

「友人や後輩の前の自分は本当の自分ではなく、実際はもっとすごい人間だ」ということをしきりにアピールしていた。「〇〇(人気者の友人)から信頼されている」「〇〇をしているすごい人と仲がいい」という話がとても多い。

最初は何も疑わず聞いていたが、私はだんだんと、違和感を覚えた。Aさんの話は、「今日こういうことがあったよ」「最近友達とこのお店に行って、すごく美味しかったよ」などのごく自然な会話がほとんど無く、Aさんが人気者の友人から信頼されていることなどが分かる具体的なエピソードが無かったのだ。

そのため、Aさんの発言(人から信頼されている・〇〇と仲が良い)の根拠や証拠が無い状態が続くことで、聞き手である私は少しずつ違和感が蓄積され、その違和感から「Aさんは自分を大きく見せたいために、話を大きくしているのではないか...?」という疑いに変化してしまったのだ。

この状態はSNSでも同じだった。
SNS上で最も特徴的だったのは、様々な人(特に後輩)を自分から積極的にフォローし、積極的に話しかけるが、実際に会うと全く話さないことだった。そのため、私はよく後輩から「A先輩がSNS上でリプライをくれるから、親しみやすい人だと思って飲み会で話しかけたら全然話が盛り上がらなくてすごく戸惑った。今後どう接していくのが正解なのか。」と相談を受けた。

次に、どんな時にも自分語りをすることについて話す。

Aさんは、私が明るい話題を出すと、自分も同じ経験をしたことをよく話した。私は当時これを共感だと思っていたが、実は違った。自分も同じ経験をしたとアピールし、私に対抗していたのだった。
(共感的な会話は、相手の話に対し、「すごいね」「それは嬉しいよね」など、相手の気持ちを汲み取る様子が含まれる。「すごいね、俺も同じような経験をして、嬉しかったから分かるよ」なら共感だ。)

明るい話題に対抗してしまう人は結構いるだろうし、超神経質な人間でなければ明るい話題に対して同様の話題で対抗されても気にならないから大丈夫だと思う。(実際私もそういう気持ちになっちゃうことありますし...)

しかし、Aさんは私の暗い話でもすかさず自分語りをするのだ。これは本当に衝撃的だった。

私は、被災経験があるのだが、そのことを話した時だ。「被災した時、本当に辛かった」という言葉に対し、Aさんは、「災害のおかげで春休みが延びて、友達と旅行に行けたし楽しかった」と言ったのだ。そして、その旅行がいかに楽しかったか、どんな風に楽しかったのか、という話を永遠に続けた。

当時、その言葉がショックで何も考えられなかったが、時間が経過して心理学の知識も身につけた今では、Aさんが、「どんな状況でも、自分が優れた経験をしていることをアピールをしてしまう人」であり、思わずアピールをしてしまう背景には、現実世界では人気者になれない自分への劣等感があること理解できるようになった。

Aさんは、私が辛い経験について話している状況でありながら、そこでも自分の経験をアピールしてしまうのだ。
Aさんはそこまでして、「自分は友人に囲まれて楽しい経験をしている」ということを人に見せつけたかったのだ。

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内弁慶・SNS弁慶、自分語りによって得られる効果とはなんだろう?
Aさんは、私の前やSNSだと、人気者の友人のように振る舞えるような気がして、気が大きくなってしまうのだと思う。また、人気者の友人になりきることで、普段抱えている劣等感が薄れるのだと思う。自分は友達に囲まれ充実していることを他人に話すことで、安心感を得ているのだと思う。

しかしその安心感は一瞬だ。気が大きくなってしまって、私に大袈裟な話をしたり、SNSで学年の離れた後輩に話しかけたりしてしまうが、現実に引き戻される瞬間が必ずある。しかも、現実に戻った瞬間、普段の自分に対する劣等感に加え、周囲の人からの「普段は大人しいのに人気者の友人の真似事をしているのかな...?」という違和感を含んだ目が加わる。するとまた、目立たない自分、うまく人気者になれない自分への劣等感が強くなり、それをカバーするようにさらに大袈裟な話をするようになるのだ。負の連鎖だ。

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Aさんの場合、目立たない自分への劣等感の反動で、目立ちたい欲求が強くなっているが、その欲求を満たすための手法が間違っている。手法を間違ってしまう原因として、自分の劣等感について自己分析が足りず、漠然とした感情として捉えていることが考えられる。Aさんはまず、どうして自分が劣等感を感じているのか、どうしてその劣等感が生じたかをよく考える必要がある。

私や後輩など、Aさんよりも下の立場の人に対してだけ大きなことを言っていると、後輩にだけ大口を叩く人になってしまう。そのため、もし本当に目立ちたいという欲求を満たすのであれば、友人や先輩からも目立つ存在として認められる必要がある。

面白いことを言って周りを笑わせたいならお笑い番組を見て学べばいいし、ムードメーカーの友人の言動を研究してもいいと思う。劣等感をバネに、そのような分析と研究を重ね、きちんと自分に合った解決方法を見つけた人だけが、花を咲かせることができる。

逆に言えば、劣等感を抱えていることを理由に闇雲に色々な手法に手を伸ばすと、痛々しい人や何がしたいのかよく分からない人という印象を他者に与える。
これは料理と一緒だ。美味しい調味料を入れればいいというものではない。調味料の組み合わせ、入れるタイミング、量など、バランスが大事だ。心理学と共通するものがある。

辛い経験をしているからこそ、それを乗り越えた人だからこそ、その経験を「空回り」という形に変えてしまうのはもったいない。劣等感をじっくり分析し、自分に合った方法で上手に調理した方がよっぽどいい。私自身も時間をかけながら、一つ一つの辛い経験を消化していきたいと思っている。

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