第1期 将棋もも名人戦


昨今の将棋ブームにおいて、何となく面白い世界だなと思い始めた人々に、羽生さんはどんな人?と聞かれたとする。
そして羽生がどんな人かと答えるならば、私は森内についても答えたく、更には佐藤康光についても答えたく、加藤一二三についても答えたい。他にもいっぱい、答えたい。とにかくたくさん、答えたいのだ。

けれど棋風が云々という説明は、私には向かない。
だから私は『桃太郎』に置き換えて、話すことにした。

羽生や森内が桃太郎だった場合、彼らはどのような物語を紡ぐだろうか?

* * * 

川からはみ出さんばかりの、大きくて巨大で、かつ大きな桃が、どんぶらこと流れてきた。あまりに大きすぎて、おじいさんもおばあさんも拾えない。 桃はおじいさんとおばあさんの前を、どんぶらこどんぶらこと、元気に通過して行った。

桃の中で森内は、予感めいたものを感じていた。
この先どこに流れ着くのか分からねど、きっと誰か、同じような境遇の、すごい人と出会いそうな気がする―――森内は桃に入ったまま目を閉じて、川を流れ続けた。

時を同じくして、少し離れた川では、羽生が流れていた。
羽生は桃には入っておらず、ラッコのようにおなかの上で手を組んで、ただただ静かに流れ続けた。ときおり首を傾げながら難解な顔を見せたかと思うと、木々の木漏れ日を見上げて優しく笑う。そんな羽生を見て、小鳥も笑う。雲も笑い、陽はさらに輝く。それはなんとも言えない手の届かぬ空間で、おじいさんもおばあさんも、羽生を拾えなかった。

そして2つの川は合流した。
桃に入った森内と、その身ひとつで流れる羽生は、唐突に横並びに流れ始めた。

そのころ上流では加藤一二三が「どんぶらこー!」と自ら声を張り上げつつ、ザブザブしていた。

これより、桃名人戦が開幕する。
解説を務めるのは、羽生・森内の盟友、佐藤康光である。若かりし日、伝説の研究会「島研」で心血を注ぎ合った佐藤は、果たしてどのような言葉で、桃を斬るのであろうか。


* * *

【 第2話を読む 】(全文無料です)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?