モスキート・ヘル(1-5)
一晩開けて、きょうは休みをもらったので町に出ていた。とはいっても午前中だけだけど、ねーちゃんだってたまには一人でぶらつきたくなることもあるのだ。
まだまだスラム暮らしには眩しいものが多いけど、わたしが子供の頃と比べたらこれでも暮らしやすくなったよなあ、といろんな店を覗く。
「アヤメちゃんじゃん、今日休み?」
横合いから急に声をかけられてビックリしたけど知ってる顔だった。モスキート・ヘルの仕事場で会ったドラフツって人。赤毛のおかっぱで、なんでか小さい女の子みたいなピンどめしてるんだよな……高そうなスーツと合わなくて変。
「飯行かない? おごるけど」
「バカデカミミズバーガー! バカデカミミズバーガーおごってください! きょうだいのぶんも持ち帰りで!」
「お、おう、おう」
バカデカミミズバーガーは最近ウタマロに増え始めたバーガーショップの商品で、別にバカデカミミズバーガーという名前じゃないのだけどみんなそう呼んでいる。
マントの男が逆さまに落ちてるマークが目印のヒロピンバーガー。「ヒーローになれない人たちだって生きている」が店のキャッチコピーだ。
この間女の食いぶちがキンギョくらいしかないとは言ったが、バーガーショップができたことによってすこしずつ働ける子も増えてきたしいいことしかない。
でかさのわりに安いので「肉、ミミズ?」という噂が出たがそんなのぜんぜんいいんだもんね。そんなわけでみんなバカデカミミズバーガーって呼んでるんだけど、家族六人でたびたび食べるとするとやっぱ高いのでごちそうの申し出なんかばりばり受けるよわたしは。プライドなんか食えないしね。
ご飯をおごってもらったのでやさしいわたしは話し相手になってあげるのでした。
「アヤメちゃんてさ、モスキート・ヘルの旦那がいまなんの案件で仕事してるとか把握してんの?」
「え? 拷問して口割らせる仕事としてしか聞いてないですね」
あのね聞いてバカデカミミズバーガーすげえでっかい。
もぐもぐごっくんの合間に返事をするのであまり軽快なキャッチボールとはいえない会話だけど、ドラフツは楽しそうだ。
「あー、あのおっさん会話の無駄嫌いそうだもんなあ、末端とはいえヤクザ構成員なんだから把握しておいた方がいいぜ」
は? 今ヤクザ構成員って言った? 誰が? わたしが?
「え? わたしヤクザ構成員なんですか?」
「おいおい寝ぼけてんの? モスキート・ヘルとの連絡用に端末もらわなかった? それ構成員しか持てないやつだよ」
うっそお。わたしはポケットの端末に手をやる。確かに仕事請け負ってる間の通信費は気にしなくていいって言われてたけど、ヤクザ持ち?
「今ヒロシゲのやつらと俺ら仲悪いだろ。なんでか知ってる?」
いや、なんでもなにもウタマロとヒロシゲは仲悪いもんだと思ってたけど。そうか、そりゃ理由があるよね。
「アヤメちゃんって特能があるんだよな。しかも明確に使い道があるやつだ。実際それで金稼いでるだろ?」
そうね、丈夫な体。
「いちおう、一般人でも薬で後天的に特能を使うことはできるんだよ。でもその薬は高額だし、開発者がウタマロが雇ってる人間だから流通はウタマロがほとんど独占でやってんだ」
聞いたことある。能力覚醒剤、通称「オハヨー」ってやつだ。
「それの偽物がな、出回ってんだよ。副作用のあるヤバイ奴」
「オハヨー?」
「そうオハヨー。タバコみたいな形してるからバラで吸われてるとわかりづらいんだ。初めはしろがえるたちが売ってるタバコがそうかと俺たちも思ってたんだけど、どうやらしろがえるたちもオハヨーのことをニセピパって呼んで警戒してるみたいだな」
ピパピパの偽物でニセピパか。
「しろがえるたち、そういえばタバコの会社作るって言ってたっけ」
「ああ、ピパピパは味がいいからウタマロでもどうにかしてシノギにできないか話してたんだが、しろがえるたちもいつまでも闇タバコでもないって言ってたし、守るのと引き換えにウタマロに卸してもらう話が進んでるんだな」
ずいぶんペラペラしゃべっちゃってるけど大丈夫なのかねこの人。
わたしの視線にドラフツはおっとって顔をした。
「ああ、まあこのくらいは聞かれても問題ない話なのさ。モスキート・ヘルの話だったな。旦那にはオハヨーを売ってるやつらをあぶり出すための拷問をやってもらってるんだ。そゆこと」
「ドラフツさんってふだんなにやってんですか? こないだビデオの編集がどうとか言ってましたけど」
そこまで興味もないけどなんとなく聞いてみる。
「俺? 俺は色々やってるよ、キンギョの送迎とかもするし、外注の仕事の交渉とかもするし、拷問とかあと、いかがわしいビデオの編集とかもね」
ウィンクするけど全然カッコよくないから。
「モスキート・ヘルの旦那とも長いよ。旦那の拷問は口割らせるってより見せしめの意味合いが強いんだよね。逆らったらこうなるぞって威嚇のためにビデオ作って仲間に送りつけるんだよね。俺がガキのころからやってるし、カテーテルくんのオムツも替えたよ」
「カテーテルくん? テルくんってカテーテルって名前なんですか?」
「そうそう、変な名前だよねえ。あ、今の旦那には内緒ね。俺殺されちゃう」
首をすくめるドラフツだが、突然鳴った端末の音にビクッと跳ね上がる。
「わたしのです、あ、噂をすればミスターだ。なんだろ。」
受信を押した。
『ヴォオオオオオオ!!!』
「ぎゃーっ!!」
耳をつんざくいきなりのデスボイスである。
「どうしたのアヤメちゃん!」
店の客がみんなこっちを見る。くっそ耳に当てるんじゃなかった!
『ヴォア! ォオ! ゴォ!!』
「えっ? ちょ、ミスター!?」
ビックリしたけどよく聞けば声は本人だ。
ふざけてるのかと思ったけど、モスキート・ヘルはそういう愉快な人じゃない。
「すいません、ちょっとモスキート・ヘルの家に行かなきゃ。ごちそうさまでした!」
「まってまってまって、俺も行くよ。旦那の担当俺だからなんかあったら俺がどやされる」
返事を待たずに、わたしは店を飛び出した。
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